オアシスを目指して ④
「あっづぅい……」
「こればかりはどうにもならんのう……」
巨大五郎に乗り込んで出発した私たちは、さっそく大きな壁にぶち当たっていた。
リゲルを出て大きな山をひとつ超えたあたりで、いっきに気温が上昇して運転室はまるでサウナのような暑さだ。
「あ、アルニッタさん……エアコンはないんですか……?」
「それがな、空調設備は稼働エネルギーの余剰を再利用することで賄っておる」
「えーと、つまりどういうことですか?」
「ある程度ゴーレムを動かして余剰エネルギーが溜まらんと空調も動かんのだ、わははは!」
「なにがわははだ、欠陥構造ではないか貴様ァ!!」
「うっさいわいミンタァーク!! 夜中に思いついたときは天才の発想だと思ったんじゃ!!」
「シュテルちゃん、一回外出よ……死んじゃう……」
「 ヴ ぁ 」
すでに溶けかけているシュテルちゃんを連れ、部屋の上部に張り付いたハッチを開けて外に出る。
外の気温もあまり変わりはないけど、喧嘩を始めた2人の熱気に巻き込まれるよりはいい。
それに、空気が籠る室内とは違って外に出ると空気に流れがある。
「はぁー……風が気持ちいい」
「ヴぁぁ~……」
ハッチから顔を出すと、走行中の巨大五郎に吹き付ける風を全身で感じられる。
日の光がサンサン照りつける暑さは変わらないが、汗がにじむ身体で風を浴びるとそれなりに涼しい。
なによりカラッカラに乾燥した砂漠は日本の夏とは全然違う、肌にベタつくような湿気が全然ない。 同じ猛暑でもジメジメしないだけ全然マシだ。
「シュテルちゃん、お水お水。 ちゃんと水分補給しないと倒れちゃうよ」
「ん……ありがとごじゃます……」
まだちょっと溶けているシュテルちゃんに革袋の水筒を渡すと、小さい口で少しずつ飲んでいく。
なんだかハムスターみたいで可愛い。 だけどシュテルちゃんでもこの調子なんだ、師匠がこの環境で生きているのかますます不安になる。
「ふぅ……先輩弟子も、どうぞ……」
「わーい、ありがと。 けど本当どこ見ても砂漠だなぁ、山を越えるまで草木も生えてたのに」
「あのお山に湿気が阻まれて……乾燥した空気だけが砂漠に届く、らしい……」
「ほえー、そうなんだ! 詳しいねシュテルちゃん!」
「勉強、したもん」
自慢げに胸を張るシュテルちゃんの頭をなでると、師匠では感じられなかった年相応の振る舞いになんだか胸がほんわかする。
もしも妹がいたらこんな感じなのだろうか、クセになりそうだ。
「けど山ひとつでここまで変わるのかぁ、すごいな大自然」
――――いや、すまない。 この気候は吾輩による影響も大きい。
「えっ、そうなんですか? いやーそれはそれですごいことですけど」
――――ああ、君はとても素直な魂をしているな。 誉め言葉と受け取ろう。
「先輩弟子……? 誰と話してるの……」
「…………あれ?」
そういえばつい返事を返してしまったけど、この声は誰だろう。
シュテルちゃんでなければアルニッタさんたちとも違う、もっとお年寄りな声だ。
それにどうも私以外には聞こえていないらしい、シュテルちゃんは話の内容が分からず首をかしげている。
――――すまない、驚かせた。 吾輩はそこにはいない、探しても無駄だ。
「えっえっえっ? どどどどういうことですか? お、お化け?」
――――幽体ではない。 波長の合う君にだけ念話を飛ばしている、すまないが吾輩の元まで足を運んではくれないか。
「おーい嬢ちゃん、やっと空調が動き出し……なんじゃそんなところで固まって? 砂を食いたくなけりゃ中に入れぃ」
「え、えーと……アルニッタさん、申し訳ないですけど行先変更です! ちょっとだけ寄り道してください!」
「お、おおう?」
――――――――…………
――――……
――…
「おい嬢ちゃん、本当にこっちでいいのか? だいぶ元のルートからそれてしまったぞ」
「はい、合ってます。 合ってるはずなんですけども……」
謎の声に呼ばれた方へ進み続けておよそ5時間、本来の道のりを外れて巨大五郎をどれだけ走らせても見えるのは砂ばかりだ。
あまりに景色が変わらないから本当に進んでいるのかわからなくなってきた、だけどお爺ちゃんの声はたしかにこっちと呼んでいる。
その証拠に、頭の中に響く声もどんどんくっきりしてきた気がする。
「もしもーし、そちらから私たちの姿は見えますか? なんだか不安になってきたんですども……」
―――――大丈夫だ、君の気配ははっきり捉えている。 しかしずいぶん奇天烈で小さい姿をしているな。
「うーん? 育ち盛りなので身長はそこそこある方なんですけども」
「のうミンターク、さっきから嬢ちゃんは誰と話しておるんじゃ?」
「わからない、我々には聞こえない声と交信しているように見えるが……」
「……暑さで、おかしくなった?」
「「さすがにそれは……」」
「――――――むっ?」
なんだか後ろでこしょこしょ話が聞こえるけど、そんなことが気にならないくらいの何かが首すじにビリっときた。
静電気のような衝撃が走って、“理解”する。 私を呼んだ声の人は近い、今ならその気配がはっきりと感じ取れる。
――――すぐそこだ、君の目と鼻の先に吾輩はいる。 どうか顔を見せてくれ
「了解です! アルニッタさん、進行方向もうちょっと右です、あの穴を目指してください!」
「おう、やっと目的地か。 しっかり掴まっておけぃ」
ハッチから顔を出した先には、砂漠の中にベッコリと凹んだ大きなくぼみが見える。
……だけどなんだか様子がおかしい、大穴の周りは空気がゆらゆらしているように見える。
これだけ暑いと陽炎ができるのは私でもわかるけど、あの穴の周りだけやけに揺らぎが激しい気がする。
しかも大穴に近づくほどにどんどん熱くなってくる。 「暑い」じゃなくて「熱い」んだ。
日の光だけの問題じゃない、巨大五郎の中も空調の力を超えてだんだん熱がこもってきた。
「……先輩弟子、あの穴……燃えてる」
「え、えぇー!?」
それでも近づいていくと、異常な熱気の正体が見えてくる。
巨大五郎が何台も収まりそうな大穴には、激しい炎が吹きあがっていた。
砂の茶色ばかりが広がる世界の中で、穴の内部だけが真っ赤に燃えているんだ。
―――――これは、驚いた。 同類だと思っていたが、まさかこんなに小さい客人だったとは
そして燃えていることよりも驚いたのは、穴の中から顔を出した声の主だった。
人間ではない。 黒い鱗は冷えて固まった溶岩みたいで、体の表面からはチロチロ火の粉が吹きこぼれている。
なにより私の身長よりも大きいヘビのような瞳が、巨大五郎を静かに見下ろしていた。
――――お初にお目にかかる。 吾輩の名はヴァルカ・ムェッタ、この砂漠を終生の巣とする竜である




