オアシスを目指して ①
「あ、アルニッタさん……これは!?」
「変形機構搭載大型ゴーレム、コストを度外視して作った趣味の逸品よ。 少し埃をかぶっておるがな」
でっかい倉庫に寝かせられた巨人は、10トントラック以上の大きさだ。
横でこれなら立ち上がるともっとすごい、しかも変形までできるのでとてもすごい。 子供のころ夢見た巨大ロボットが今目の前にあるのだ。
「ちなみに試運転も何もしておらん、完全ぶっつけ本番じゃ。 だが計算上は砂漠程度なら余裕で踏破できる性能がある」
「計算してるなら大丈夫ですね! 私計算できないので!」
「ガハハ! そうじゃそうじゃ、構造上問題ないならなんとかなるわい!!」
「待て待て待てそこのマッドエンジニアがぁー!!」
「あっ、ミンタークさん」
息を切らせて階段を駆け下りてきたのは、私たちを追いかけてきたミンタークさんだ。
なんだかとても怒っている様子だけどどうしたんだろう。
「ぶっつけ本番でこんなバカデカいゴーレムを動かすなど正気か!? 魔導の連中はイカれたやつしかおらんのか、検証と実験をおろそかにするんじゃない!!」
「なんじゃとォ!! 今は時間がないのだ、チンタラ準備している間に手の届かぬ所へ犯人が逃げたらどうする!!」
「だからこそだバカ者!! 貴様一人ならどこにでもいって勝手に自爆するがいい、だがモモセ様まで道連れにする気か!!」
「ぐ……ぬ……」
「魔導は他人の幸せを願い、より多くの人間に魔術のような利便性を届けるのが目的だろう。 砂漠のど真ん中で整備不良など起こしてみろ、結果など分かり切っているだろうが!」
青筋を立てて叱るミンタークさんの言葉はごもっともだ、巨大ゴーレムに興奮していた私たちの頭がスーっと冷えていく。
アルニッタさんも何か言い返したくて口をパクパク開くが、結局何も言い返せずに項垂れてしまった。
「……すまん、孫たちの仇を討ちたくて気が早いでおった。 納期に急かされて完成度を落とすなど愚の骨頂だ」
「分かればいいんだ、未遂で済んだのだからな。 モモセ様、あなたの命を危険にさらすような真似をして申し訳ない」
「い、いえいえとんでもない! 私だって乗り気だったので……」
巨大ロボットに乗りこめると聞いて私もちょっと……いや大興奮していた。
アルニッタさんのことを責められる立場じゃないので、ミンタークさんの謝罪はむしろ罪悪感をチクチクつつかれる気分だ。
「うむ、冷静になると色々見直さないとならんところも多い。 人手があれば何も問題はないのだがな……」
「わ、私も手伝います! 力仕事ならどしどし任せてください!」
魔導について詳しいことは分からないけど、このサイズのロボットを一人で整備するのは大変だということは私でもわかる。
だけど今は整備を手伝えるような人もいない、猫の手でも貸さないと師匠に追いつくまで何日かかるか。
「ふん、頭領としてふんぞり返る間に腕まで落ちたか! 仕方あるまい、私が腕を貸してやろう!」
「貴様ァ、いちいちワシに喧嘩売らんと話ができんのか!」
「まあまあまあ! ありがとうございますミンタークさん、けど魔導もお詳しいんですか?」
「元より魔導は魔術より派生したもの、魔術師ならばある程度力になれますとも」
そういえば師匠もゴーレムについてかなり詳しかった、ゴーレムの制作ノウハウのようなものは魔術師が元祖なのか。
それなら魔術のことはほとんどわからない私よりずっと戦力になるはずだ、こっちはこっちで力仕事に専念しよう。
「それでも3人か、とても1日2日で終わる作業量にはならんぞ」
「モモセ様ばかりに重労働も押し付けられない、男手が欲しいところですな」
「男手……あっ、それなら」
――――――――…………
――――……
――…
「我が名はウィリアム・シュセー!!」
「我が名はウィリアム・バンセー!!」
「「強者モモセ・カグヤ殿の命により馳せ参じた偉大なるトゥールーの信徒であるッッ!!!」」
「ルニラさんに頼んで借りてきました、男手です!」
「絵面がうるさいのう」
見事なマッスルポーズで挨拶をするトゥールーのお二人に、アルニッタさんが真夏の鍋料理を見るような目を向ける。
見ての通りムキムキマッチョなトゥールー教の人たちだ、力仕事でこれほど頼りになる人はいない。
「話は聞いた、まずはヴァルハラに旅立った者たちには哀悼をッ!!」
「そして先立つ仲間たちのために戦う決意を秘めたご老人よ! 我々はあなたに敬意を示すッ!!」
「おう、暑苦しいが話の分かるやつじゃ! 頼むぞシュセーとバンセーよ!」
「「応ッ!!」」
「よかった、こっちは大丈夫そうですね」
ちょっとだけ魔法と魔導をぶつけて大丈夫か心配もしたけど、思った以上にすぐ意気投合した。
アルニッタさんもトゥールーの人たちに負けないぐらいムキムキだからかもしれない、やっぱりムキムキはムキムキ同士分かり合えるものなんだ。
「いやはや、まさか3区が力を合わせるような時がくるとは……」
「ピンチに魔法も魔術も魔導も関係ないですよ、肉体労働は何とかなりそうですがそちらは大丈夫ですか?」
「いやはやなんとも、しばらくはアルニッタが書いた設計図を基に知識から必要な作業を照らし合わせるところからですな」
「うーん、頭脳作業も分担した方が良いですよね……学園の生徒さんから手を借りることはできませんか?」
魔術師がゴーレムについて理解できるなら、魔術師の生徒でも同じはずだ。
なにもミンタークさんほど詳しい知識と腕がなくても、負担の少ない作業を任せられる人は必要だ。
「せ、生徒をですかな? さすがにそれは……」
「けどアルニッタさんとミンタークさんの2人だけでは仕事量が大変なことになる気がします、声をかけるならただですよ! 私ちょっとシュテルちゃんたちに聞いてみますねー!」
「く、くれぐれも怪我がないように万全の装備を整えるよう伝えてくださいー!」
「はーい!!」
魔法区の次は魔術区だ、私の足と体力ならまだまだ走り回れる。
駄目で元々、生徒さんの手を借りれないならまた次の方法を考えればいい。 まごまごするより行動だ。
「待っててくださいね師匠、ダイゴロウ! すぐに追いつきますからー!」
――――――――…………
――――……
――…
「…………ん?」
気のせいか、今どこからかモモ君の声が聞こえた気がする。
周囲を見渡してみるが当然それらしい人影はない、日射にやられて幻聴でも聞こえただろうか。
「どうした銀髪ちゃん? 暑いなら水飲みなよ」
「いや、なんでもない。 それに貴重な水をそう簡単に浪費するわけにはいかないさ」
「アッハッハ、遠慮すんなって! 銀髪ちゃんに助けてもらったこと考えりゃ安いもんよ」
荷を引くラクダの手綱を握りながら、荷車で揺られる僕に話しかけてきたのはターバンを巻いた商人たちだ。
レグルスに向かう道すがら、困り果てていたところに手を貸した礼として荷車に乗せられている。
「いやーラクダたちが毒サソリにやられた時はどうしたもんかと思ったが、本当に助かったよライカさん」
「君たちが必要な薬草を運んでいたからだよ、レシピが必要なら売るので次から気を付けるんだな」
「その商談はあとでリーダーに持ち掛けてくれ、本当にしっかりした子だ。 どこでそんな知識を身に着けたんだ?」
「昔はサソリを酒に漬けて飲み干すようなバカがいてな……いや、なんでもない。 それよりあれがレグルスか?」
「ん? おお、見えてきた見えてきた。 相変わらずスゲーところだな」
ジリジリと日が照り付ける砂漠の向こう、揺らめく陽炎の中に砂以外の人工物がぼんやりと浮かぶ。
この距離でもわかるほど巨大な都市だが、なにより驚くのはこの枯れた地平の中で異様に潤っていることだ。
「……まるで巨大なオアシスだな」
レグルス、その正体は砂まみれの中にぽつりと浮かんだ巨大な“水上都市”だった。




