塔を崩すことなかれ ⑤
「レグルスは王権都市……いえ、わたくしが知る中で最大の暴君都市です」
「暴君都市」
もうその言葉だけで師匠とは相性が悪そうだ、地雷のど真ん中を駆け抜けている。
そんな王様が治めるところに乗り込んでいって、私が追い付くまで平和でいられるだろうか。
「あの王様は悪い人では……悪い人ではないのですが……わたくしの10倍はわがままで奔放なお方です……」
「大変だぁ」
話しているロッシュさん本人も濃縮青汁を一気飲みしたような苦い顔をしている。
その反応だけでどんなすごい王様なのか想像もできないけど、とんでもない人ということはとてもすごくわかってしまう。
「でもそれだけならまだ……」
「ちなみにレグルス周辺の気候は乾燥したいわゆる砂漠地帯です」
「死んじゃう!!」
「ミンターク、あの白髪の嬢ちゃんって不治の病か何か患ってんのか?」
「いやはや、ただの病ならまだよかったのだが」
ちょっとしたウォーキングで息切れどころかバタンキューしてしまうのに、師匠の体力で砂漠なんて歩けるわけがない。
ダイゴロウがついているのが不幸中のなんとかだけど、それでも早く合流しなきゃ師匠の命が危ない。
「ろろろロッシュさん、申し訳ないですけどまた飛行艇貸してください! はやく師匠を追わないと!」
「うふふ、もちろんです。 ……と、言いたいところなのですけどもぉ~」
ほっぺたに手を添えて困った顔でほほ笑むロッシュさんの身体がぐらりと揺れる。
そのまま彼女の身体は立った状態でゆっくりと後ろに倒れて……
「って、わー!? ロッシュさーん!!」
「聖女様ぁー!!」
間一髪で頭を打つ前に体をキャッチすると、すぐにほかの信者さんたちが駆け付けてきた。
たぶん気絶しているロッシュさんの表情は笑顔のままで顔色一つ変えていない、とんでもない人だ。
「だ、大丈夫なんですかロッシュさんは!?」
「問題ない、ただの過労だよ。 負傷者の治癒に力を使いすぎたのだ」
「あわわわ、リゲルで聖女が倒れたとなれば我々の責任問題……」
「相変わらず肝が小さい奴じゃなミンターク! 工房の裏手に仮眠用の小屋がある、そこが無事なら使うといいわい」
「感謝いたします。 君、悪いけど手を貸してほしい」
「は、はい!」
信者さんと一緒に気絶したロッシュさんの身体を運ぶ、師匠ほどではないけどかなり軽い。
こんなに細い体でずっとずっと多くの人を助けてきたと思うと、尊敬しかない。
「すごいですね、ロッシュさん。 おかげでザイフさんも助かりました」
「その言葉は目を覚ましたら本人に伝えてほしい、いつもこの人は失った命ばかりを数えてしまうのだ」
「はい、バッチリしっかりお礼を言います! それと助かった人たちは……」
「3名とも瀕死の重傷だったからな、今はまだ意識も戻っていない。 会話ができるまで回復するには時間がかかるだろう」
「そうですよね、でもよかった……」
たった3人、だけど3人だ。 あのひどい環境で3人もの命が助かったんだ。
ロッシュさんが亡くなった人たちのことを思うなら、私はその分助かった人たちの代わりにお礼を言おう。
今の私にできることはそれぐらいなのだから。
「君はたしかレグルスに向かいたいのだったか? それならしばらく飛行艇は飛ばせないぞ、聖女様には休息が必要だ」
「で、ですよね~……」
さすがにこれ以上ロッシュさんに無理は言えない、レグルスに向かいたいのは私のわがままだ。
でもそうなるとどうやってレグルスに行こう? そもそも私は場所すらわからない。
砂漠までの道のりはたぶん遠い。 ご飯や水が必要だ、あとできれば乗り物も。
「うーん、どうしたらいいんだろ」
「なんじゃ、そういう事ならワシに任せんかい!」
「ウワーッ!? あ、アルニッタさん!」
後ろから私の背中をバシバシ叩いてきたアルニッタさんは、ロッシュさんの身体を一人で抱えてズンズン先を歩いていく。
私たちが口を挟む暇もなく力強い足取りでまっすぐ目的の小屋についてロッシュさんを寝かせると、グルっと体を反転させてこちらに戻ってきた。
「あ、あんた聖女様をそんな雑に……!」
「ようわからんが疲れとるだけじゃろ、ならさっさと暖かくして寝かせるのが一番だわい! それより嬢ちゃん、レグルスに行きたいのか?」
「へっ? そ、そうです!」
「ならちょっとついてこい、まだ残っているといいがな……」
アルニッタさんに手招きされ、速足で進む彼の背中を追いかける。
工房の裏にある仮眠小屋……のさらに後ろの広場。 そこは使わなくなった道具や何かを作る材料がゴチャゴチャに積まれたガラクタ山だ。
元からこんな感じだったのか、それともミニ恐竜たちに在らされたのかわからないぐらい散らかっている。
「待ってろ。 このあたりに……おお、あったあった」
「わー、地下室ですか? ルニラさんの家と一緒だ」
アルニッタさんがガラクタ山の一部を退かすと、その下から土に埋もれた四角いフタが現れた。
あからさまに鉄板に取り付けられた取っ手は人の手にあまる太さとサイズだ、たぶんもっと大きなゴーレムを使って開けるように作られている地下扉だ。
「ふんっ、あんなちんけな家よりワシの地下工房のほうが立派じゃわい! しかししくじったな、この扉を開けられるゴーレムが今おらんかった……」
「代わってください。 よい……しょっと!」
太い取っ手を両手で掴み、腰に力を入れて引っ張り上げる。
錆びついた扉は少し抵抗するけど、頑張って引っ張れば上に乗った土やがらくたを吹き飛ばしながら勢い良く開いた。
「おおう、馬鹿力だな嬢ちゃん!」
「これだけが取り柄ですから! それで、この地下に何があるんです?」
「それは降りながら説明しよう、ついてこい」
開いた扉が何かの拍子で閉まらないようにロックを掛けると、アルニッタさんは先に階段を降りていく。
私もそのあとに続いて降りると、階段の脇に張り付いたランプがぽつぽつと点灯し始めた。
「人感ランプは正常か、どうやら地下までは壊されていないようじゃの。 やれやれ……」
「うわー、すっごい! まるで秘密基地ですね!」
「まあワシ個人が趣味で作るもんを放り込むための倉庫じゃ、秘密基地みたいなもんだわい」
「なるほど、浪漫ですね」
「ガハハ! 分かるか嬢ちゃん!」
豪快に笑うアルニッタさん。 だけどその笑顔は階段を降りていくたびに曇っていく。
ランプに照らされた彼の目は、メラメラと怒りの炎が燃えているように見えた。
「この工房はわしの宝じゃ、こんな理不尽な仕打ちは到底許せん。 嬢ちゃん、レグルスに行けば手掛かりがあるんじゃな?」
「……………」
「だからな、ワシも一緒に連れて行ってくれ。それがこいつを貸すための条件と思ってほしい」
階段を降りた先にあったのは、見上げるほど大きな壁だ。
だけどアルニッタさんが迷わず壁に手を触れると、シャッターのように下から上へ壁が自動で持ち上がっていく。
「…………アルニッタさん、これは……?」
「言ったろう? ワシが趣味で作った―――ゴーレムじゃよ」
「いや、これは……ロ、ロ、ロロ……」
完全に壁が持ち上がった後、隠れていた広い空間には一体の巨人が寝かされていた。
ランプに照らされて輝く超合金のボディに、腕や足にくっついたタイヤやドアガラスのようなデザイン。
なによりいかにも変形しそうな人型の巨人を表す言葉を、私は一つしか知らなかった。
「――――ロボットだー!!」
魔法と同じく、アニメや漫画でしか見たことがないファンタジーがそこにあった。




