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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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塔を崩すことなかれ ④

「レグルス……? 師匠、どういうことですか、何があったんですか一体!」


「すまないが説明する時間がない、学園には謝罪しておいてくれ。 ダイゴロウを借りていくぞ」


『わ、わふ?』


「ま、待って師匠!」


 師匠は困った顔をするダイゴロウの背に飛び乗ると、そのまま割れた窓から跳び立ってしまった。

私ならたぶんすぐに追いかけることもできたけど、脚は前に進まない。

思わず足を止めてしまうぐらい、今の師匠はものすごく怒っていた。


「…………ザイフさん」


 大五郎もいなくなった静かな部屋の中、横たわるザイフさんの手に触れる。

まだ温かい、ついさきほどまで生きていたんだ。 死因は肩からお腹にかけて大きく切り付けられたような傷だと思う。

ザイフさんと喋ったのはほんの少しの間だけだ、それでもこうした形で再開すると胸の奥が冷たいものでギュっとなる。 アルニッタさんのことも考えるとなんて声をかけていいのかわからない。


「誰が、こんなことを……」


「……いた! 君、その人はまだ生きているか!?」


 汗をにじませて部屋に入ってきたのは、ロッシュさんと同じ教会の人たちだ。

でも今はザイフさんを弔う事よりも、生きている人の治療が優先される。 この部屋にロッシュさんたちの仕事はない。


「駄目です、もう死んでいて……」


「待った、診せてくれ! ……まだ温かい、聖女様!! ()()()()()()()!!」


「へっ?」


「――――患者はどこですか!!」


 教会の人が廊下に向けて大声で呼びかけると、3秒もかからずに今までで一番真剣な表情のロッシュさんが飛んできた。

そのまま部屋に入ってすぐに私たちの姿を見つけると、彼女はまっすぐこちらに走ってその掌をザイフさんの額にベチーンと叩きつけた。


「ろ、ロッシュさん!?」


「“神よ、どうかわが手に一滴の軌跡を”!!」


 神様への短い祈りが捧げられると、ザイフさんの身体が暖かい光に包まれる。

ロッシュさんが治癒の魔法を使う時に出る光だ、だけど治す相手のザイフさんはもう死んで……


「――――ガハッ! ゴホッ……グ、エェ……!」


「い、生き返ったぁ!!?」


 暖かい光が収まると、突然ザイフさんの身体がビクリと跳ねて口から血の塊を吐き出した。

さっきまでたしかに息がなかった。 だけどだんだん白くなっていた顔色には血の気が戻って、手首からは脈が測れる。


「ま、まだ体に生きる力が残っていたので……ギリギリ、間に合いました……」


「ロッシュさん! 大丈夫ですか、すごい汗……!」


「死者蘇生の領域に片足を突っ込んだ御業だ、ご本人にもかなりの負担がかかる。 聖女様、ありがとうございます。 あとは我々にお任せください」


「大丈夫、です……まだほかにも生存者がいるかもしれない……!」


「わ、私も手伝います! 肩に捕まってください!」


「モモさん……ありがとうございます……」


 師匠が「あとで会おう」と言った意味が分かった、私はこの状況を見過ごせない。

ロッシュさんの手伝いも、生存者の救助も、まだいるかもしれないミニ恐竜の退治も、全部全部見過ごせない。

師匠のことを考えるのはあとだ、まずは目の前の手が届くところをなんとかする。


「その青年はまだ予断を許しません、引き続き治癒を掛けて体温を保ってください……それと血液が足りていないので……」


「君、聖女様のことを頼む! 気絶するまで無茶をする人だから手綱を握ってくれ!」


「任せてください、わがままな人の管理は得意です!!」


「ああ、ライカさんの気持ちが今なら少しわかりますね……」


――――――――…………

――――……

――…


「……なんだ、これは」


「あっ、アルニッタさん……」


 気づけば夕方になっていた工房に、アルニッタさんが帰ってきた。

彼の表情には学園で見た若々しさはなく、気力が抜けた顔で茫然と並べられた「それ」を見ている。

工房の外に並べられた、数えきれない人の遺体を。


「も、モモセ様! これはいったい何事か?」


「ミンタークさんも一緒だったんですね、実は……」


「その先はわたくしが説明しましょう。 あなたがこの工房の責任者でしょうか?」


「あ、ああ……」


 質問に答えるアルニッタさんは魂が抜けて10歳は老けたように見える。

普段は仲が悪いミンタークさんもこれにはとても心配そうだ。


「残念なご報告ですが気をたしかに持ってください。 簡潔に述べますとこの工房はラプトルの群れに襲われました、生存者は3名です」


「さ、さん――――っ!?」


「こちらが我々が確認し、照合した死亡者のリストです。 損壊が激しい遺体も多いため、行方不明者となる名前も多いですが」


 アルニッタさんは差し出されたリストを震える手で受け取り、並んだ名前を指でなぞりながら読む。

ひとつひとつ確かめるたびに顔色はどんどん青ざめ、ついには涙をこぼしながら膝から崩れてしまった。


「アルニッタさん!」


「あ、アルニッタ! 大丈夫だしっかりしろ! お前の孫の名はないぞ、大丈夫だ!!」


「これを……これを、喜べというのかミンタークッ!!」


「違う! 今は失ったことを嘆くよりやるべきことがあるだろう、上に立つ人間としてお前は立たなければならないんだ!」


「ぐ、うお……うおおおおおおお……!!!」


 ミンタークさんの激励を受けて、アルニッタさんは再び膝に力を入れて立ち上がる。

握りしめた彼の拳には血が滲んでいた。 工房で働いていた人々の死は、アルニッタさんにとって自分の身体が引き裂かれるよりずっと苦しいはずだ。


「ラプトルだと? そんなものが偶然工房に入り込み、ワシの仲間を皆食い殺したとでも言うのか!?」


「わたくしどもも今回の事件は人為的なものと考えております。 失礼を承知でお聞きしますが、人に恨まれるような覚えはございますか?」


「ミンタークどもの確執はたしかにあった、だがこんな非道な真似をされる覚えはない!!」


「アスクレスの聖女よ、そもそもラプトルはどのように工房へ持ち込まれた? 犯人の手口は判明しておられるか」


「いいえ、残念ながら何も。 そのために生存者の証言を聞きたいのですが今は集中治療中です」


「左様か……モモセ様、一つお聞きしたいがライカ様はいずこへ?」


「あっ、そうでした! 師匠は工房で何か手掛かりを見つけたみたいなんです、それでレグルス?って街に行くと言ってました!」


「「「レグルス……」」」


 街の名前を出した途端、3人の言葉がぴったりと重なって返ってきた。

あまりいい印象がないのか、みんな数学テストの結果が戻ってきた私のような顔をしている。


……師匠はいったい、どんなひどいところまで犯人を追いかけていったのだろうか。

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