塔を崩すことなかれ ②
「うおー、かっけー!」
「でっかいワンちゃーん!」
「先生なにそれー!?」
「亜獣型ゴーレムのダイゴロウだ、よろしく頼む」
『わふっ』
ダイゴロウの背に乗って午後の授業に出向くと、生徒たちが早速群がってきた。
男子はみな目を輝かせてダイゴロウの装甲をベタベタ触り、女子をそれを一歩引いた位置から眺めている。
警備用ゴーレムなら見慣れているはずだが、そこまで珍しいものなのか。
「先生ー、ダイゴロウってご飯食べる?」
「燃料は内部に埋め込まれた魔石で賄っているよ、足りなくなれば外から供給すれば事足りるから食料は必要ない」
「せんせ……私がやってみても、いい?」
「構わないけど、まだ魔力には余裕があるぞ?」
つい先ほど届けられたばかりのダイゴロウは魔石に満タンの魔力が込められている。
あれから多少の時間は経っているが、その間に消費した魔力量などたかが知れているだろう。
それでもかまわないと言わんばかりに、シュテル君はダイゴロウに触れて魔力の注入を試みる。
「待った、そこじゃない。 鼻先より背中側に手を回すんだ、コアとの距離が近いほど単純に減衰も少なくなる」
「ん……ここ?」
「そうだ、うまいぞ。 対ゴーレム戦は常にコアの位置を意識しろ、ここを潰せばゴーレムはたちまち機能を停止する心臓部だ」
『わ、わふ……』
「コアを重厚な装甲で隠せば魔力の供給効率も悪くなる、かといって薄くすれば弱点をさらす。 このコア問題はゴーレム使いが常に抱える永遠の問題だ」
「せんせなら……どうするの?」
「僕はゴーレムを使い捨てと割り切っている、馬力が増えるのは便利だが燃費も悪いし術者以上のポテンシャルは発揮できないからな」
かつてノヴァ相手にぶつけたように、ごく短時間だけ動かす分なら簡単な魔法陣に魔力を込めればゴーレムは動かせる。
だがそれはあくまで簡易的なもので魔法陣に干渉されてしまえば崩壊してしまうほどに脆い、魔術師にとってゴーレムとはその程度の扱いだ。
「ここまでコストを掛けて継続運用するというのはなかった発想だな、魔導学もなかなか侮れない」
「ふんっ、魔術師が魔導を褒めるのか。 落ちたものだな白髪教師!」
「驕る魔術師ほど寿命は短いものだぞプレリオン、敵と定めた相手の力量は正しく認めるように」
「うぐぅ……」
「せんせ、満タン」
「ありがとう、初めてにしては上手く魔力を扱えていたな。 それじゃ早速ダイゴロウの性能を君たちの目で確認してもらおうか」
シュテル君に魔力を充填してもらったダイゴロウに再度またがり、群がる生徒たちには一度離れてもらう。
当初の予定では僕が皆の魔術を受ける予定だったが、動かない的を狙うだけでは味気ないというものだ。
「杖を構えろ、そして好きに魔術を撃ち込んで来い。 ただしダイゴロウは躱すからちゃんと狙うように」
「“愚かしくも我が眼前に立ちふさがる者よ塵と化せェ”!!」
「プレリオンさん!?」
待っていましたと言わんばかりに早口で詠唱をまくしたてたプレリオンが火球を飛ばしてくる。
よくもまあ噛まずに唱えられると感心するが、方向性を間違えた努力の結晶はダイゴロウが振るう爪の一撃で叩き潰された。
「な、なんだとぉ!?」
「詠唱をいくら早くしても肝心の構築が雑では意味がないと何度も言ったはずだが? 舌を噛まない努力よりも基礎からやり直せ」
「クソッ、ならばもう一発ぐべぁ!?」
落第点の生徒には圧縮した空気弾をお見舞いだ。
小石ほどのサイズに丸めた空気がプレリオンの額に衝突してはじけると、彼の上体は大きく後ろにのけぞって転倒する。
そもそも火の魔術は派手で不意打ちには一切向かない、それくらいは自分で気づいてほしいものだがまだ先は長そうだ。
「ほら、全員かかってこい。 今のプレリオンを25点として一人ずつ採点していこう」
「「「ひえっ……」」」
――――――――…………
――――……
――…
「お疲れ様です師匠ぉー! なんだかシュテルちゃんたちが落ち込んでましたけど何かありました?」
「なにも。 しいて言えばダイゴロウの性能確認を行ったぐらいだよ」
本日の授業をすべて終えてエントランスで合流したモモ君は、肩を落としてすれ違う生徒を見つけて首をかしげる。
結局、午後の実技では誰一人としてダイゴロウにまともな攻撃を加えることができなかった。
もし機体にダメージが加わるときは背中の僕がフォローするつもりだったが、そんな必要もなかったほどにダイゴロウは優秀だった。
「獣らしい俊敏性に高い感知能力、おまけに装甲も盛ったな? これは相当コストかけて改修してあるぞ」
『わっふん』
「大五郎がすっごく強くなったってことですか? 本当に私たちで預かっていいんですかね」
「ガッハッハ、気にするな! そいつはわしらからのほんの気持ちだ!!」
「わっ! あ、アルニッタさん!?」
エントランスの出入り口から豪快な笑い声とともにやってきたのは、まさしく話題の渦中であるミンタークだ。
その方には身の丈ほどの麻袋を担いでいる、中身はおそらくこの学園を警備するゴーレムの強化素材だろう。
「お前たちの生の反応も聞きたかったから仕事のついででな、どうだうちのゴーレムは?」
「はい、大五郎最高です! でも、本当に私たちが引き取っていいんですか?」
「構わん構わん、お前さんたちが持ち帰らねばもとより壊れていたゴーレムよ! 魔術師も魔法遣いもゴーレムは使い捨てと割り切っとってなぁ……」
「ははは、酷い奴がいたものだなまったく」
「師匠、なんで顔を逸らすんですか」
「ガハハ! そういうわけだからお前さんのようなゴーレムを大事に扱う人間は少なくての、本人も嬉しそうじゃ」
『わん! わん!』
アルニッタに向けて尻尾を振るダイゴロウはたしかに感情が宿っているように見える。
さきほどの授業内容からしてちょっと気が引けるが、無料でもらえるならもらっていこう。
「それと白髪のお前さん、名前はライカだったか? うちのバカ孫がなんぞ用事があるらしいぞ」
「ああ、その話は聞いたよ。 授業も終わったしこれから話を聞きに行くつもりだ」
「そりゃよかった、昨日から神妙な顔で望遠鏡を弄っておってな。 どうも研究が行き詰っているという感じではないんじゃが……」
「なんでしょうかね、師匠?」
「さあな、それを今から聞きに行くんだよ。 頼むぞダイゴロウ」
『わっふん!』
アルニッタに軽く別れの挨拶を残し、ダイゴロウの背に乗ってエントランスを出る。
周囲からの視線は浮いて移動しているときよりも集めるが、これはいい。 歩かず移動できるというのはなんとも楽だ。
「あっ、師匠ー! 私はまだちょっとだけ仕事残ってるんで後で合流しますねー!」
「別に急がなくていいぞ、用事があるのは僕だけのようだからなー!」
ダイゴロウの脚は軽く駆け出すだけで馬車より早く、おまけに屋根を飛び交って進めるので人ごみに引っかかるような心配もない。
文句なしの乗り心地、しいて言えばこの機動性は風魔術に馴染みがなければ目を回しそうだ。 モモ君はきっと乗りこなせない。
あっという間に3区域の境をくぐり、魔導区の工房にたどり着くまで10分とかからなかった。
「いいぞダイゴロウ、期待以上の性能だ。 駆動部のオイルは高い油を差しておこう」
『ヴァッフ!』
ダイゴロウの背を降り、工房の扉を叩く。 呼ばれた身とはいえ無言で立ち入るわけにはいかない。
しかしいくら待てども反応はない。 まさかこの規模の工房で皆で払っているということはあり得ないはずだが。
「……? おーい、もしもし? 誰かいないのかー?」
強めに呼び掛けて何度も戸を叩くが、やはり反応はない。
おかしい、なんだか胸騒ぎがする。 扉をそっと押してみると不用心にもカギは掛けておらず、簡単に開くことができた。
そして…扉の隙間からあふれ出してきたのは、むせかえるほどの血の匂いだった。




