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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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138/296

塔を崩すことなかれ ①

「はい……それじゃ……出席を……とる、ぞ……」


「せんせ、死に体」


「ふははは……! い、いいザマだな白髪教師ぃ……!!」


「プレリオンさんも死に体!」


 その日の授業は苦痛だった。 少しでも体を動かすと全身の筋肉が悲鳴を上げる。

座学でこの始末なのだから実技なんてとんでもない、たとえ浮いていても痛いものは痛いのだ。


「というわけで午後の実技は座学にしようじゃないか諸君……」


「「「「「「BOOOOOOOOOOOOO!!!!」」」」」


 精一杯のお願いをしたつもりだが、身体を動かしたい盛りの子供たちは非難轟々だ。

ほぼ僕と同じ状態であるはずのプレリオンすらブーイングを飛ばしている、いったいどこから元気が湧いて出るんだ。


「わかったわかった、訓練場を借りてあるからそこで実技を行おう。 僕は寝てるから自信のある魔術を打ち込んで来い」


「過去一投げやりな授業だわ!」


「でも髪の毛にかすりすらせずダメ出しばかりされる未来が見えるわ!」


「めっちゃくちゃためになるやつだわそれ!」


「ははは……聞いたかコニス……! 今度こそあの生意気な教師をぶちのめすチャンスだぞ……!!」


「さすがですプレリオンさん、そのメンタル何でできてるんですか!?」


「ほらほら騒ぐな、出席取るから全員席につけー」


 先ほどのブーイングから一変、教室内には和気あいあいとした活気に満ちる。



――――――――…………

――――……

――…


「モモ君、僕はもうだめだ。 骨は拾ってこの街の外にでも埋めてくれ」


「大丈夫ですよ師匠、筋肉痛で人は死にません」


 脆弱な身体が恨めしい、午前中の座学だけで力尽きた。

腹筋を1度もこなせず筋肉痛、翌日は痛みを避けるため余計な力が入るせいでさらに体力を消耗する負の循環だ。

この日の学生が昼の食堂に足を運べば、テーブルに突っ伏した僕の亡骸を拝むことだろう。


「体力づくりは一日にしてならずですよ、ご飯をしっかり食べて午後も頑張りましょう!」


「体力をつけるための体力がないんだ、僕はもうあきらめている」


「大丈夫です、師匠が諦めても私が諦めない限り特訓は続きます」


「君は僕を殺す気か?」


 冗談ではない、彼女なら間違いなくやる。 僕の目前に積み上げられた大量の食糧がそれを物語っている。

これを食って体力を付けろと言いたいのだろうが、この身体の容量で摂取できるのはせいぜいこの1/10以下だ。


「師匠の限界は大体わかりました、あまりにもあんまりなもやしですが私が何とかしましょう!」


「弟子が出しゃばるんじゃあない、君だって素人だろ」


「これでも元陸上部なんですよ、まあケガしてやめちゃったんですけど……」


 そう話すモモ君の表情はどこか寂しげだ、望郷とも違う後悔の念が混じった目で遠くを見る。

こんな表情もできたのかと少し驚いている隙に僕の皿へどんどん食料を待て待て待て待て待て。


「このバカ! 食えない量を積むなもったいない!」


「師匠が食べられない分は私が美味しくいただくので問題ないです! 鉄分ビタミンBをしっかり摂って実技も頑張ってください!」


「嫌なことを思い出させるな、もー嫌だ僕はここを一歩も動かないぞテコでも動かない!」


「おーおー駄々っ子か、ようやく年相応の姿を見た気がするな」


 僕とモモ君が言い争いを続けるテーブルに、黒い聖装束を身に纏った男が割り込む。

学園という場に全くなじまないその恰好と聖女に似た独特の魔力ははっきりと覚えている、魔術師の巣窟に乗り込んでくるとは見上げた根性だ。


「あっ、カガセさん! お腹のケガはもう大丈夫なんですか?」


「おう、聖女様のお墨付きだ。 心配かけたかな」


「いや、正直話しかけられるまで存在を忘れかけていた」


「一応聖人よ俺? もうちょい敬意払ってくれてもいいんだぜ?」


 カガセ ミカボシ、自称アマツガミを信仰する宗派をまとめる聖人だ。

ウォーとの交戦時、手痛い反撃を食らって一時は致命傷を負っていた。


「魔術教師が魔法遣いに過剰に敬うほうが問題だ、それに君もそういうのは苦手だろ」


「そうだけどさ……まあいいか、今日は用事があってきたんだ」


 すると彼はポケットから手のひらサイズの箱を取り出し、中央のくぼみを軽く押し込む。

すると箱は真っ二つに開き、その内部から明らかに体積を超えたサイズのゴーレムが飛び出した。


『ワン! ワンワン!!』


「あっ、大五郎!」


「魔導区のおっさんたちが急いで直してくれたんだ、あんたらに渡してくれってさ」


「渡してくれって、もともとは彼らのゴーレムだろ?」


 箱の中身から飛び出してきたのは、もはや壊れた形跡が分からないほどに修復されたダイゴロウだ。

モモ君が破壊した四肢は付け替え、コア以外の破損した装甲もすべて一新されている。 こうなるともはや新規造成よりコストがかかったはずだが。


「壊れた経緯を話したら完全に破壊せず持ち帰ってくれたお礼だってよ、職人ってのはものを大事にしてくれる人間が大好きなんだ」


『わふん!』


「貰えるというならありがたいが、正直僕たちだと持て余しそうだ」


「ちなみにあんたを背負って運べるぐらいの知能と性能は保証するそうだ」


「よろしくダイゴロウ、僕は君を歓迎しよう」


「師匠の掌すごい回りますね」


 心の底から求めていた逸材じゃないか、これで移動のたびに余計な魔力を消費する必要もない。

荷物の運搬効率も大幅に上がる、これからのたびに大助かりだ。


「あともう一つアルニッタのおっさんから伝言だ、ザイフってやつがあんたと話がしたいんだとよ」


「ザイフ……ああ、彼の息子だな。 しかし話か」


 その名前はたしか望遠鏡を研究していた青年のものだ、工房内を案内してくれた人間なのでよく覚えている。

好奇心から彼の研究内容につい口を出してしまったので、おそらくその件で呼ばれたか。


「わかった、ダイゴロウの礼もかねて会いに行こう。 今日の午後で問題ないか?」


「ああ、あっちにも伝えておくよ。 あとルニラのおっちゃんからはこいつ、多忙のため代理で失礼するが受け取ってほしいとのことだ」


 箱をしまって次に彼が取り出したのは、豪奢な彫り細工が施されたブリキ缶だ。

中身はフタを開かなくてもわかる、印字されている名前はこの街でも有名な菓子専門店とものと合致していたのだから。


「ふふふ分かっているじゃないか素晴らしい脚の軽さだよ魔法遣いにもいい奴がいるんだなどれこれは僕がしっかり責任を持って預かって」


「駄目です、ご飯食べない人にお菓子はあげられません。 私が預かります」


「…………」


 僕とモモ君が同時に手を出すと、無情な青年は迷うことなくモモ君へ缶を預けた。

さらに強奪されないよう間にダイゴロウが挟まってこちらを威嚇するそぶりまで見せる、これが恩人に対する仕打ちか?


「これは授業が終わってからいただくことにしますね、ありがとうございますカガセさん」


「いやいや、モモセちゃんもだいぶ苦労してんだな」


「……チクショー!」


 叫んだところで奪われた甘味は帰ってこない、それどころか全身の筋肉痛が一層痛むだけだ。

僕はこの身体になって初めて、あまりの悔しさに涙をこぼした。

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