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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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ライカ・ガラクーチカという人間について ④

「ほらほら、あと1セットー。 出来なきゃご飯抜きだぞー?」


「ふんぎぎぎぎ……!」


 草木が枯れ、土がむき出しとなった不毛の大地の中、聞こえるはずのない声に夢を見ているのだと気づく。

明晰夢というやつか、柄にもなく昔話に話を咲かせたせいで懐かしい夢を見てしまった。


「女々しい奴だね、私が子供のときは腕立ての100や1000軽くこなしたものさ」


「お前みたいなバケモンと一緒にするんじゃねえよ……!!」


 玉のような汗を流しながら腕立て伏せを続ける当時の自分、その背中には師を自称する不審者が胡坐をかいて座っている。

僕が忘れてしまったのか、夢の中の彼女は編み笠に顔が隠れて見えない。

それでも片手にしっかりと酒瓶と握っている当たり、酒癖の悪さは1000年過ぎても覚えているようだ。


「おまけに品が悪いときたものだ、不出来な弟子だよ全く。 もう少し師匠のお淑やかさというものを見習ってほしいものだよ」


「昼間っから酔っぱらって追い剥ぎの身ぐるみを逆に引っぺがすような女のどこがお淑やかごっふぅ!!?」


「おっと手が滑った、いやぁ申し訳ないあっはっは」


 体重の乗った肘鉄が僕の背中に突き刺さる、結構な衝撃を与えたはずだが片手に持った酒は一滴も零れていない。

そうだそうだ、ユウリ・リンという人物はこういうやつだった。 結局恨みも何も晴らせないまま先に逝ってしまったのだが。


「ま、魔術師にこんな特訓必要なのかよ……」


「必要さ、君はもやしのような腕と足でどうやって怒った竜から逃げる? 詠唱の時間を稼いだり、剣士に距離を詰められたときの対処は?」


「そもそも間合いを詰められない立ち回りができないなら負けだ、それに竜を怒らせたのはあんただろ!!」


「あれー、そうだっけ? うーん私酔っ払いだからわかんないや」


「こいつ……!」


「まあ冗談は置いて、この戦乱の時代にそんな言い訳は通用しないよ。 いつどこで誰が死んでもおかしくはない、自分の命を守れるのは自分だけだ」


「…………」


 酒を片手にふざけたかと思えば、途端にまじめな顔をして正論を語りだす。

雲のように掴みどころのなく、風のように自由な人柄。 あまりにも飄々とした態度は不思議と人を引き付ける魅力があった。

たとえ、民の心が荒むような醜い戦争な時代であろうとも。


「私は君が死ぬと悲しい。 君がいないといったい誰が泥酔した私を宿まで運んでくれる? 寝ゲロの処理は? 洗濯は? 料理……は二人ともダメダメか、あと君が管理しないと私はすぐに財布を無くすぞ」


「全部テメェでなんとかしろ」


「ひどい弟子だなまったく! そんなんじゃ将来女の子にモテないぞ、ピンク髪でちょっと天然入った元気いっぱいハツラツお転婆ガールとか!」


「なんだその具体的な人物像」


 おそらく夢なので僕の勝手な補完が入っているな。

さすがに当時の記憶はないが、もし彼女が素で言い当てていたなら恐ろしいなんてもんじゃない。


「ん……弟子よ、そこから5歩右に避けなさい」


「あん? なんだよ急に」


 言われた通りに過去の自分が右に歩くと、先ほどまで立っていた場所がいきなり爆ぜた。

巻きあがった土砂をかぶることになったが、もし彼女の忠告を聞いていなければ無事じゃすまなかっただろう。


「砲弾だね、しかも運がいいことに不発弾だ。 この近くでもドンパチ始まっちゃったかな」


「……気づいてたなら言えよ、爆発してたら無事じゃすまなかったぞ」


「大丈夫、私はあんなものじゃ死ねないし君のことはなんとしても守ったよ。 師匠としての務めだ」


 全身に降り注いだ土くれを払い落としている間に、師匠を名乗る編み笠の怪物はトントンと軽い足取りで先を歩く。

その姿は自分勝手に歩いているようで、後ろを歩く僕を気にかけながら進んでいたことが今ならわかる。


「ライカ、君はどんな魔術が使いたい?」


「なんでもいい、とにかく強い魔術師になる」


「強さとはなんだろうね? あの山を片手で持ち上げることかな、それとも難しい数式でも一瞬で解き明かすことかな、またはどんな困難でも挫けずに立ち向かえることかな」


「……わかんないけど、どれもすげぇことだとは思う」


「そうだね、答えはどれも“強い”だ。 だから私は問おう、君はどんな強さが欲しい?」


「…………」


 その時の自分は、どこまでも見通すような彼女の瞳に何も答えることができなかった。

自分の中にある理由に形を付けて出力できるほど、大人ではなかったから。


「うん、即答しないこともまたよろしい。 艱難辛苦こそ人生なり、悩んで苦しんで出した答えなら価値があるよ」


「……あんたは、どんな強さが欲しかったんだ?」


「こんな拳なんて振るわない強さが欲しかった、あっちでもこっちでも御仏は叶えてくれなかったけどね」


 これは夢だ、夢はいつしか冷めなければいけない。

前を歩く彼女の姿は次第にぼやけ、戦火に包まれる風景は次第に崩れていく。


「ねえライカ。 もし君だけの強さを見つけたらさ、その時は――――」



――――――――…………

――――……

――…



「師匠? しーしょーおー! 朝ですよー、そろそろ起きてください!!」


「…………モモ君か、ということは夢じゃないな」


「現実ですよ! もう、師匠が寝坊なんて珍しいですね?」


 朝っぱらから賑やかなモモ君の存在は頭に響く、どうやら珍しく熟睡してしまっていたらしい。

情けない、これが戦地なら寝首を搔かれて死んでいたところだ。


「ああもう寝ぐせがひどい! ちょっと体起こしてください師匠、そんな恰好じゃ生徒たちに笑われますよ?」


「気にするな、自分でなんとかす……グハァ!?」


 体を起こそうとした瞬間、全身に何とも言えぬ激痛が走る。

そうだ、思い出した。 たしか昨日から体力を付けようと昔のように特訓を始めたんだ。


「ガ、ハ、グエェ……! う、腕と足と腹と腰と首が……!」


「つまり全身が痛いんですね、貧弱過ぎません?」


「そ、それは僕も実感していたところだ……体力をつけるための体力がない……!」


 結局のところ、昨夜は腹筋も腕立ても1度すらできず疲労困憊のまま眠りについた。

モモ君から教わった「ぷらんく」とやらも10秒と持たない始末だ、軟弱にもほどがある。


「も、モモ君これは駄目だモモ君……今日の授業は中止だ……!」


「そんな理由で休むなんて駄目ですよ師匠、昨日だって午後は自習だったんですよね?」


「君を探したせいでなぁー!」


「それは申し訳ないですが、ここは弟子として心を鬼にします! 筋肉痛の時こそ軽い運動が必要なんですよ、ほら立って歩いた歩いた!」


「うぎゃー!!? なんてことをするんだ君はー!!」


 懐かしい夢の余韻などなく、今日も今日とて騒がしい一日が始まっていく。

あの師匠面め、化けて出るならもっといいタイミングがあっただろうに。 なんで今日なんだ。


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