ライカ・ガラクーチカという人間について ③
「結論から言うと、ユウリ・リンという人物の最期は他殺だった」
「し、死んじゃったんですか!?」
「モモ君、1000年前の話だぞ。 大抵の生き物は死んでいる」
「ああ、そういえばそうでした……」
いや、あの怪物なら酒さえ摂取する限り生き永らえていてもおかしくはないが。
それでもユウリ・リンは1000年前に亡くなった、安らかな天寿ではなく理不尽な悪意によって。
「た、他殺? そんな、いったいどんな魔物に!?」
「人間だよ、ほかに銃を扱える生物がいるなら知らないが」
「それは……たしかに人間でしょうな」
「僕も現場に居合わせていたわけじゃない、買い出しから宿に戻った時には死んでいた。 心臓を一撃、即死だったはずだよ」
殺しても死なないと思っていたというのに、ずいぶんとあっけない最期だった。
彼女の故郷に習ってこの手でしっかりと弔ったはずなのに、1000年過ぎた今でも死を実感できていない。
「当時は戦争中だった、理由なんてくだらなすぎて忘れてしまったけどな。 戦火に巻き込まれて家族を失ったスラムのガキも大勢いたよ」
「1000年前の戦争というと、終末戦争か!」
「あいにく現代で何と呼ばれているのかは知らない。 ただ当時は人手不足でね、魔術師や魔法遣いなんて貴重な戦力だ」
「なるほど、それでリン様も」
「あの人は戦争を嫌っていた、徴兵も拒んでいたよ。 だから殺された理由は理解できた」
「寝返るかもしれない戦力ならば、手ずから間引いてしまおうというわけですな」
しかし“理解”と“納得”は別だ、僕はユウリ・リンの死に納得できなかった。
ゆえに彼女が最も望まないやり方で、くだらない戦争に八つ当たりしたんだ。
「……これ以上話すと長くなりそうだ、僕はもう疲れた。 容疑は晴れたかな?」
「もちろん十分だ、疑うような真似をして申し訳ないことをした」
「まったくだぞ貴様、アルデバランの英雄を疑うなど!」
「ええいお前はあれもこれも受け入れすぎなのだ! そんなことだから魔術師は節操がないとやっかみを」
「喧嘩はよそでやってくれ、用事が終わったなら僕らもそろそろ帰りたい。 外で生徒も待たせているからな」
「申し訳ない、今回の謝罪はのちほど……」
「あとで宿に甘味でも送ってくれ、それで手を打とう。 いくぞモモ君」
「はい!」
モモ君を連れ、地上に続く階段を上っていく。
彼らはまだしばらく言い争いを続けるつもりだが、地下なら外に飛び火する心配もないし放っておいても大丈夫だ。
「モモ君、あれが短絡的な行動で身を滅ぼす悪い例だ。 決してマネするなよ」
「はい、今回は本当にごめんなさい!」
「僕は警告した、そして君は反省した、話はそれで終わりだ。 改善がないなら見捨てるだけだからな」
「頑張ります、見捨てられてもしがみ付いていきますので!」
「頼むからその時はあきらめてくれよ」
モモ君なら実際にやりかねない、というより十中八九やるだろう。
その時に必要なのは強靭な精神力と体力だ、今のうちに鍛えていた方がいいかもしれない。
「おや、密談は終わりましたか? こちらも事後処理を進めておりました」
「白髪教師、人使いが荒いぞこの聖女!」
「覚えておけプレリオン、上に立つ人間というのはいつもそういうものだ」
地上に戻ると、ヘルメットをかぶって現場を仕切る聖女の姿があった。
周囲には煤けた顔をしたアスクレス信徒もせわしなく動き、ガレキや木材を運搬している。 その中には文句を言いながら手伝うプレリオンも混ざっていた。
回復したとはいえ病み上がりのシュテル君は現場の隅に座って見学中だ、誰かにおごってもらったのかその手には焼き菓子が握られている。
「さすがに手際が良いな、本職より慣れているんじゃないか?」
「ええ、皆さん今回のような衝突は初めてじゃないようで。 家が壊れたのも1度や2度で済まないそうです」
「互いに実力があるから力づくで止めるのも難しいな、どうせ理由も毎回くだらないだろ」
「前回はどちらの区域が広いのかmm単位で測定して争っていたそうです」
「想像の10倍はくだらない理由だった」
「他人から見ればどれほどくだらない理由でも本人にとっては譲れない一線というものがあるものです、ライカさんは違いますか?」
「……はっ、どうだろうな」
「おい白髪ー! 私を無視するな、いい加減帰らせろ!」
「プレリオン君、女の子に白髪なんて言っちゃダメですよ。 師匠は綺麗な白髪です!」
「人を女児扱いするな。 それと何が違うんだそれは」
「わかんないですけどなんとなく違うんです!」
理解できないがモモ君にはモモ君なりの拘りがあるようだ、面倒なのであまり関わらないでおこう。
それはそれとしてやはり女性として扱われるのは違和感がある、自業自得とはいえ難儀な体になってしまった。
果たして将来慣れることはあるのだろうか、その場合の性自認はどうなる? まさか男と付き合うことになるのだろうか。
「……うん、深く考えないようにしよう。 聖女、僕たちは先に引き上げようと思うが」
「了解しました、ではもう少しだけプレリオン君をお借りしても?」
「構わないぞ、それじゃシュテル君は一緒に帰ろう」
「ん……」
「待て、聞いてないぞ!? 私は魔術師だ、一緒に帰らせろー!!」
「ところでトゥールーの教えでは力自慢の男性は異性にモテるという話があるのですが」
「……これも人助けだからな、もう少し手伝ってから帰ろうじゃないか」
「そうか、せいぜい頑張ってくれ」
掌で転がされる哀れな子羊を置き去り、眠そうなシュテル君を連れて帰路に就く。
空を見るとすでに日はとっぷり沈んでいる、魔結症の後遺症などではなく単に疲労からくる睡魔だろ。
プレリオンはまあ、明日はひどい筋肉痛になるだろうがせいぜい頑張ってくれ。
「……そうだ、僕も体を鍛えないとな」
「師匠はまず筋トレをする体力をつけるところから始めないとダメじゃないですかね」
「馬鹿にするなよ、基礎的なトレーニングくらいこの身体でも十分こなせるからな!」
その日の晩、腹筋を1度もこなせないまま気絶するように眠ることをこの時の僕はまだ知らない。
そして次の日、プレリオンとおなじく筋肉痛に苛まれながら授業をすることも。
 




