ライカ・ガラクーチカという人間について ②
「申し訳ありません、お見苦しいところを……」
「いやはや、知恵神を信じる者としてもどうも興奮が抑えきれず……」
「なに、落ち着いてくれたのならそれでいい」
ユウリ・リンの名を出してから、トップ2人が落ち着くまで10分ほど時間を要した。
もういっそこのまま帰ってやろうかとも考えたが、あとで宿に突撃されても困る。 ある程度満足するまでこの場に付き合った方が面倒も少ない。
「そ、それでその……ライカ様がユウリ・リン様のお弟子というのは」
「弟子かどうかは知らないぞ、一緒に行動していた時期はあった。 証明する手段なんて持っていないがな」
「いや、荒唐無稽だがむしろその齢に比例しない実力にも合点がいく。 しかしいったい何年前の話なのだ……?」
「およそ1000年前になる」
「せん……っ」
予想を上回る桁だったか、ルニラは言葉を失って目を見開く。
すんなり信じてもらえるのは話が早くて助かるが、地区のトップがこうも純粋だと不安になる。
「ちなみに僕が生きていた時代にはバベルなんてものはなかった、だからあれがいつ生まれたものなのか気になっているんだよ。 すべての人間に統一した言語を与えるなんて魔法ですらあり得ない」
「つまりバベルは1000年……終末戦争以降の代物なのか? だとすればこれは歴史的な……おお、おおお……!!」
「おーいトリップしないでくれ、話が進まなくなる」
「あの、ライカ様? 自分からも一つご質問よろしいでしょうか」
自分の世界に入り込んだルニラを肘で退かしながら、ギルドマスターがおずおずと手を上げる。
別に質問は挙手制ではないのだが、モモ君という前例ができたせいで妙な流れになってしまった。
「1000年前から生きていると仰るならば、バベルの発生時期はわからないものなのですか?」
「残念だが僕に1000年間の歴史に関する知識はない、ほとんど監禁されたまま過ごしていたからな」
「なんという損失だあああああああ!!?」
トリップしていたルニラが意識を取り戻し、卒倒する勢いで立ち上がる。
それほど僕から1000年間の歴史を聞き出せなかったのがショックか、敬虔な知恵神信徒め。
「ええいお前はちょっと黙ってろルニラ! それでその、監禁というのは……?」
「あー……いろいろあったんだ、あまり気にしないでくれ。 とにかく自分の掌も見えない闇の中に閉じ込められて、1000年間暇で仕方なかった」
目をつぶるだけで今でも鮮明に思い出せる、投獄された当時の環境は最悪だった。
湿っぽく薄暗い部屋、呼吸のたびにかび臭い空気が肺に充満し、ざらついた岩で作られた床や壁は身体を預けるだけで肌が擦り切れていく。
3日も過ごせば十分気が狂う最悪の牢屋に閉じ込められて1000年、慣れるまではとにかく退屈が苦痛だった。
「まず初めに必要だったのは“灯り”を捻出することだった。 長い年月を暗闇の中で過ごしては目が使い物にならなくなる、それに光の有無は精神的に大きな違いだからな」
「師匠はその時から脱出した先のことを考えていたんですねー」
「そりゃそうだ、だって……」
「だって?」
「……いや、なんでもない。 話を戻すと光源を作るために魔力を必死に絞り続けたよ、こんな風に」
火球を一つ指先に生成して見せる、もはや息をするように行使できるようになったものだ。
炎の揺らぎもなく、ほぼ真円に近い形状の火球は室内を均等に照らしてくれる。
「師匠師匠、それなら私にもできますよ!」
「君の魔術は赤点だよ、慣れてもいないのに室内で下手に火を灯すなよ」
「……おい、ミンターク」
「無理だ、いくら詠唱を重ねてもあれほど安定した球は作れない」
ギルドマスターも僕と同じように無詠唱の火球を生成するが、その炎は風に吹かれているようにときおり揺らめいて見える。
魔力の伝導に粗がある証拠だが、それでも十二分に安定している。 彼の出来栄えで文句を言う魔術師は居ないはずだ。
「い、維持するだけでもかなり神経を使いますぞ……これを、1000年……?」
「時間だけはいくらでもあったからな、火を灯せば次に水、その次は風、最後に土。 室内の環境を整えながら、ひたすら魔術ばかり触っていた」
はじめのころは火を灯すのさえ苦労した、なにせ両手は拘束されているうえに魔術師殺しの鎖まで巻かれているのだから。
唱えた魔術は鎖の効果で即座に散らされ、酷く効率の悪い火花を散らすだけで終わる。 喉が枯れ、魔力が尽きるまで一日中石を積むような作業を続けた。
ロウソク程度の炎を安定して灯すまでたしか3年、それから目を慣らすまで2年はかかった苦い思い出だ。
「なんてことはない、同じような環境に放り込まれたら誰でも鍛えられる。 それを1000年分だ」
「師匠、それ普通の人なら耐えられないやつですよ」
「僕は耐えたぞ」
「師匠がおかしいだけですよ」
「そうかなぁ……」
たしかに1000年はちょっと長いが、過ぎてしまえばあっという間だ。
むしろほかにやることがない分、魔術の研鑽に集中できると思うのだが。
「えーっと……いかんな、話が逸れてきた。 ライカ殿、小生からもひとつよろしいか」
「別にいちいち許可を取る必要はないぞ、好きに聞いてくれ」
「申し訳ない、前置きが必要な内容なのでな……あなたの師匠であるユウリ・リン、その死因について聞きたい」
「――――……」
ユウリ・リン、竜と素手で喧嘩するような殺しても死なない怪物の死因。
忘れもしない、忘れるわけもない。 なぜならそれこそが、僕が1000年自由を封じられた原因なのだから。




