ライカ・ガラクーチカという人間について ①
「……見ての通り、どこにでもいるようなただの女の子だが?」
「「あなたのような子供がいるか」」
渾身の演技力で放った詭弁は、2人声を揃えて突っぱねられる。
一寸の狂いもない見事なハーモニーだ、じつはこの2人仲がいいな?
「ふざけているわけではないのだよ、ライカ殿。 小生は真剣に質問している」
「なんだ、僕も割と真面目に答えたつもりだったけどな」
真面目でも、決して真実を述べたわけじゃないが。
とはいえ素直に身の上話を並べたところで信じてもらえるものじゃない、どこを探しても前例がない境遇だ。
たとえ信用を得ても、刑期を終えたとはいえ罪人であった過去を白状するのは気が引ける。
「大丈夫です、師匠は悪い人じゃないです! ちょっと人より捻くれて意地悪で性格はなんというかアレですけど良い人です!」
「モモくーん、何一つフォローになってないぞー」
背後から飛んでくる援護射撃はすべて背中に着弾だ、後で覚えておけよ。
「しかし困ったな、問い詰められても僕から話せることは何もない。 このまま沈黙を貫けばどうなる?」
「場合によっては、少し手荒な真似をする必要がある」
「おいルニラ、お前何を……待て、まさかそのために私を招いたのか!?」
「なるほど、そのための地下室か。 まったく抜け目がないな」
逃げ場は背後の階段に限定され、ルニラたちに背を見せなければならない。 のうのうと逃げる余地は残してくれないだろう。
ギルドマスターはルニラの性急な行動に戸惑ってはいるが、彼もリゲルの人間だ。 僕に味方するとは言い切れない。
「リゲルを統べるトップ2人が相手か、さすがに骨が折れそうだ」
「師匠、ケンカは駄目ですよ。 私ミンタークさんたちに着きます!」
「そして君は君で何をやってるんだモモ君」
隣に座っていたはずのモモ君は、いつの間にか対面の席へ移動していた。
両手の拳を握りしめ、徹底抗戦の構えだ。 2人だけならまだしもこの何をしでかすかわからないアホの申し子を相手にしたくはない。
「それに皆さん、上ではロッシュさんが待っていますからね。 ここで騒ぎを起こすとまた怒られますよ」
「「「………………」」」
「はい、ケンカはおしまいです。 師匠も隠し事ばかり多いから信用されないんですよ、バーッと話しちゃいましょう!」
「だがモモ君、とてもじゃないが信じてもらえる話じゃないぞ。 人類が皆君と同じ構造をしているわけじゃないんだから」
「もしかして今遠回しにバカって言いました?」
「さてな。 だがこのままにらみ合っても埒は開かないか……とはいえ何を話したものか」
モモ君の根気に観念し、両手を上げて降参する。
この強情張りに真っ向から言い負かしていたら日が暮れてしまう、それならいっそ話してしまった方が気が楽だ。
「まず見た目以上の年齢を重ねていることは認めよう、少なくとも隣のモモ君よりはずっと年寄りだよ僕は」
「……冗談ではないそうだ、むしろ納得すらある。 しかしどのような手法で?」
「禁呪が関わっている、だが僕の意思ではない。 他者にかけられた呪いのようなものだ」
人間の魂を縛り、別の器へ移し替えるなど呪法中の呪法だ。 使用がバレるとそれだけでまず命はない。
話すべきか迷ったが、僕の成り立ちについて触れるなら避けられない話題だ。
「罰するなら好きにしてくれ、僕も抵抗しよう。 それに僕を雇用したそこのギルドマスターにも責が及ぶだろうな」
「えっ」
「あなたを責めるような真似はしない、我々も命は惜しい。 だがミンタークについては私とアルニッタが責任をもって処罰する」
「えっ」
「あっはっは、そりゃいい。 ついでに僕の後任もできるだけ早く探してもらえると助かる」
「アルデバランの窮地を救い、リゲルでもご活躍の噂を聞くあなたの後任か。 荷が重いが何とかしよう」
ギルドマスターは額から脂汗を流して完全に取り残されているが、これで後任の目途も立った。
まだ引継ぎ前にやることも多いが、旅立つ前に足かせが一つ外れたと考えていいはずだ。
「さて、僕の身の上はざっくり話したぞ。 まだ何か質問はあるかな?」
「はい!!」
「…………どうぞ、モモ君」
「すごい嫌な顔しますね師匠! でも聞きたいです、師匠ってなんでそんな強いんですか?」
「とても抽象的なことを聞くな君は、だが僕より上はごまんといるぞ」
魔術師として研鑽を認められるのは悪い気分ではないが、それでも「強い」という認識は間違っている。
学園に通うぺーぺー共に劣るつもりは一切ないが、僕自身魔術としての才能は中の下止まりだ。
世の中を探せば僕以上の怪物なんていくらでもいる、シュテル君たちも10年20年と経験を積めば僕を超すことだってあるだろう。
「ミンターク、貴様の目から見て彼女の実力はどうだ?」
「10戦交えて1度相打ちに持ち込めれば御の字だ、魔術の操作と解析能力がずば抜けている」
「なるほど、貴様にそこまで言わせるなら化け物で間違いない。 失礼だが師に当たる人物は?」
「えー…………僕はあれを師と呼びたくない」
「たしかユウリさんでしたっけ、学園の像にもなってる人ですよね」
「あっ、バカ」
「「ユウリ・リン?」」
またしても2人の声が重なり、驚愕の視線が向けられる。
わざわざ像を建てて奉るほどの人気だ、リゲルの人間にとって“ユウリ・リン”の名は軽く出していいものではない。
「まさか、ユウリ・リン様のご関係者と!?」
「それが本当なら歴史的な資料になるどころの話ではないぞ、謎多きリゲルの英雄の弟子だなんて!」
「顔は!? 声は!? 匂いは!? あのお方はどのようなお言葉を仰っていたのか……!!」
「リゲル開放について彼女はどのように指揮を? 素手で城壁を破壊したという記述は果たして正しいのか……」
「あーもう! こうなる気がしたから嫌だったんだー!!」




