七大厄災 ②
「というわけで、この学園の教師も辞めることになる」
「うぅーん……」
「わー! 倒れた!」
翌日、学園に顔を出した際にギルドマスターへ今後の方針を話すと、泡を吹いて倒れてしまった。
念のため談話室を借りておいてよかった、人に見られていたら大騒ぎになるところだ。
「あー、なにも今すぐってわけじゃない。 こちらも方針を決めたばかりだ、引継ぎが決まるまで今まで通り仕事は続けるよ」
「よかったぁ!! 本当によかったぁ!!!!」
「わー! 生き返った!」
「そりゃ生き返りますとも、今ライカに抜けられてはたまりませぬ。 それに我が学園の生徒を救っていただいたと……」
「あれは元々僕らを狙った襲撃だったからな、もののついでだ」
「あの、それでプレリオン君は……」
「念のために今日は寮で療養しておりますが、じきに回復することでしょう。 それにお二人にも礼を伝えてほしいと」
「へえ、あの捻くれ小僧が。 明日は竜でも降るな」
「もうっ、師匠! お礼くらい素直に受け取りましょうよ」
モモ君は怒るが、あれほど反発していた生徒が急に礼など裏を疑いたくもなる。
プレリオンのことだ、今なら油断していると踏んで奇襲を企んでいてもおかしくはない。
「しかし“渡来人殺し”ですか……じつはこの学園にも何名か渡来人がおりまして」
「そうか、それは心中穏やかじゃないだろうな。 しばらく学園も気を付けた方が良い、ゴーレムも増員するべきだ」
「加賀瀬さんもしばらく街の警備を頑張るって言ってましたよ、事情を話せば協力してくれると思います!」
「……それは魔法区や魔導区と手を組めという事ですかな」
途端にギルドマスターの顔が苦虫を百匹ほど嚙みつぶしたようなものに変わる。
理屈では協力すべきとわかっている、しかし魔術区の責任者としてプライドが邪魔をするのだろう。
「我々が口を出すことではないが、なにかが起きてからでは遅い。 プレリオンは実に幸運だった、どうか後悔のない選択を」
「……おっしゃる通りで」
「さて、僕は授業があるから失礼する。 後任の教師もできるだけ早く見つけてくれ」
壁の時計を見ればそろそろ予鈴が鳴る時刻だ、そろそろ授業に向かうべく席を立つ。
これより先の方針はギルドマスターが決めることであり、僕らが関与すべきではない。
「師匠、もしかして自分の仕事が増えるのが面倒くさくて逃げてません?」
「なにを言うんだモモ君、僕は彼の意思を尊重しているだけだ。 決して責任を被るのが嫌で誤魔化しているわけではない」
「もう自白みたいなものですよねそれ」
「なに、責任が取れないのは事実だ。 それに学園の状況は僕らより彼の方が把握している、余計な手出しをしたらかえって邪魔になるだけだよ」
「そう言われるとそうなんですけど……」
廊下を歩きながらモモ君を言いくるめるが、いまいち納得していないようだ。
最近は慣れてきたのか、なかなか弁舌で誤魔化すのが難しくなってきた。
「身の丈に合わぬ仕事量は精神を壊すだけだ。 それに頼まれてもいないのに首を突っ込む義理もない」
「うーん……じゃあ師匠はいざってときまで体力を温存してください。 私は私で首突っ込んできます!」
「君なぁ……」
「大丈夫です、もし私が失敗しても師匠が何とかしてくれるって信じているので! それじゃまたお昼休みに会いましょう!」
こちらの返事も聞かず、モモ君は廊下を引き返してギルドマスターのもとへ向かう。
どうせ彼女のことだ、人のプライバシーに土足で踏み込んで面倒ごとを抱えたまま僕の元へ戻る気だろう。
だがそろそろ彼女にも現実は甘くないことを教えなければならない。 今回ばかりは手を貸さず、せいぜいせせら笑ってやろうではないか。
どれほど泣きつかれようが絶対に慈悲は与えまい、絶対にだ。 絶対だぞ。
――――――――…………
――――……
――…
「せんせ……ケンカ、したの……?」
「なんだシュテル君、藪から棒に」
午前中の授業をすべて終えた途端、心配そうな表情を浮かべたシュテル君に声を掛けられる。
「だって……姉弟子と、一度も会ってない……」
「そりゃ授業があるからな。 モモ君だって暇じゃないんだ、授業ごとの小休憩くらいで……」
「……いつも、顔見せてた……」
「……そういえばそうだったなぁ」
ここ数日の学園生活で、モモ君は10分ほどの小休憩や廊下を通る暇を突き、何度もこの教室に足を運んでいた。
彼女にも自分の仕事がある、さすがに毎時間やってくることはなかったが、それでも思い返せば午前中いっぱい顔を見せないのは今日が初だ。
「せんせ……ケンカの理由は……」
「ケンカはしていない、ただ彼女が余計なおせっかいをかいているだけだ。 そちらで忙しいだけだろ」
「ケンカだと!? 貴様あの桃髪の娘にどんなひどい仕打ちをしたというのだ!!」
「どこから現れているんだプレリオン、君は療養中だろ」
「そんなものもうとっくに回復している、休んでいるふりをして貴様の隙を窺っていたんだよ!」
僕とシュテル君の話を盗み聞きしていたのか、天井から欠席しているはずのプレリオンが落ちてきた。
なんとなく妙な気配は感じていたが、やはり転んでもただでは起きないなこいつは。
「何度も言うがケンカなどしていない、モモ君が勝手に多忙を極めているだけだ! それに昼休みになればどうせ腹を空かせて……」
「あっ、ライカ先生ー。 ピンクのお姉ちゃんが魔法区域に行ってくるから先のご飯食べててってー、伝えてって頼まれた―」
「…………」
ランチに向かう生徒の一人が、廊下を歩きながらモモ君からの伝言を僕に伝える。
一切顔を見せないと思えば、一人で魔法区まで出かけていたとは。
「……せんせ、午後の授業は……?」
「自習! あのバカ娘のせいで余計な疑念を買った、一言文句言ってやる!」
どうせまた余計なおせっかいを焼いた結果なのだろう、手を貸すつもりはない。
まっっっったく手を貸すつもりはないが、それでも文句は言いたい気分だった。
 




