七大厄災 ①
「……はい、これでおしまいです。 かすり傷ばかりなので治療も簡単ですね」
「ありがとうございます、ロッシュさん! 師匠、あなたの弟子が完治しましたよ!」
「あーはいはいよかったな」
密談の場所をアスクレスの教会に移してから、聖女に寄るモモ君の治療は行われた。
とはいえ、暴走したダイゴロウにじゃれつかれていくらかひっかき傷ができたぐらいだが。
「暴走したゴーレムを素手で千切ってその程度のケガか、人間じゃないな」
「人間ですよ! もー、ウォーちゃんも師匠も失礼ですね!」
「まあまあ、ライカさんも照れ隠しで意地悪を言ってしまうんですよ。 ここは温かい目で見守りましょう」
「聖女の妄想癖は放っておいて本題に入るぞ、話の主題はそのウォーと言う少女についてだ」
余計な方向に逸れそうな話題を咎め、無理やり修正する。
わざわざ教会まで場所を移したのは歓談が目的ではない、今回の事件について情報共有が必要だったからだ。
「そうですね、わたくしも気になります。 “ラグナ”と“ウォー”、二人の関連性について」
「モモ君、言い出しっぺは君だろ。 彼女たちのどこに共通点があった?」
「なんとなくです!!」
「そうかそうか、君はそういうやつだったな」
モモ君に関することで頭痛を伴うのはこれで何度目になるだろうか、もはや数えるのもバカらしい。
正直あまり期待はしていなかったが、彼女の直感だけでは根拠としては薄い。
「でもなんというか……なんとなくですがウォーちゃんもラグナちゃんも空気が似ているといいますか」
「双子という事でしょうか?」
「僕の記憶ではそこまで類似性がある顔じゃないな、ただどちらも人間に対する殺意はあった」
ラグナは手あたり次第の人間に殺意を向け、ウォーは渡来人に対する強い憎しみを持っていた。
おまけに2人とも方向性は異なるが、見た目の年齢とはかけ離れた実力を持っていた。 共通点がないわけではないが……
「かたやトゥールーの聖人に近い戦闘力、かたや石礫すら兵器に変える妙な能力、か」
「仮にモモさんの言葉を真としましょう。 ともすれば気になるのが彼女たちの目的です」
「そういえば師匠、ウォーちゃんが自分たちのことを七味と野菜がどーのって言ってませんでしたか?」
「…………ああ、七大厄災か。 原型がほとんどないからわからなかったぞ」
「それですそれ、さすが師匠」
いい加減な記憶力だ、この場で本人が聞いていたら怒髪天を突いていたところだ。
だがうろ覚えとはいえ、記憶を引っ張り出してきたおかげでこちらも一つ思い出した。
「ラグナは自分のことを終末装置と呼んでいたな。 そのときに姉妹や仲間がいるのかと聞いたが、たしか“7”と言いかけていた」
「七大厄災と数字が合いますね」
「ほら師匠! やっぱり私の予想通りじゃないですか!」
「いや、君の直感がすんなり当たるのは癪だからもう少し根拠を求める」
「ひどい」
冗談はさておき、この共通点はあまり蔑ろにしていいものではない。
たとえ偶然だとしても、七大厄災という字面は物騒にもほどがある。
「……聖女、もしもラグナと同じレベルの怪物が7人いるとしよう。 アスクレスが一丸となれば勝ち目はあるか?」
「善処はしますが、ほぼ無理でしょうね。 なにせラグナ一人にトゥールーの聖人が敗北しておりますから」
「そうか、やはり無理……なんて?」
「ああ、そういえばこの件を伝えるためにお二人を探していたのでした。 残念ながらつい先日、トゥールーの聖人が決闘に敗北し、自決なされたそうです」
「し、死んじゃったんですか……?」
「ええ、同じトゥールーの信者として幼い少女に負けたことがよほど辛かったのでしょう」
聖女は胸の前で両手を組み、亡き聖人に向けて黙祷を捧げる。
トゥールーの聖人ともなれば、魔法遣いの中でもトップクラスの武闘派だ。 それを1vs1で下すとなれば、非戦闘派のアスクレスが束になっても勝ち目はない。
「詳細を聞きたい、相手はラグナで間違いないのか? 勝負の決め手は? 何か特異な力は振るっていなかったのか?」
「すべて現在調査中です。 なにせトゥールーの者がなかなか口を割らないので、今は煌帝が一人ずつ決闘を仕掛けながら口を割らせている最中です」
「またコウテイさんが酷使されてる……」
「とはいえ聖人の死なんて隠し通せるものじゃないぞ、時間の問題だ」
「そうですね、世間は荒れることでしょう。 聖人を倒す戦力が野放しになっている、というのが問題です」
「師匠、どういうことでしょうか!」
「腹を空かせた野獣が首輪もつけずに出歩いているようなものだよ。 次の犠牲者が出る前に止めたい人間、首輪をつけて戦力に引き込みたい人間、どいつもこいつもこぞって動き出すだろう」
「じゃあ私たちが先にラグナちゃんを見つけましょう!」
「それができたら苦労は……いや、手掛かりはあるのか?」
そういえばラグナと初めに出会った発端は、クラクストンに宿る竜玉をめぐる争いが原因だ。
しかしその火種自体はモモ君が呑み込んでしまったわけで、ラグナは竜玉を手に入れることができずに撤退した。
「……聖女、ここ最近で竜が死んだという話は?」
「聞いたことはないですね、もし竜が死亡すれば聖人の死以上のニュースです」
「ならラグナはまだ竜玉を入手していないな……よし、方針が決まった。 モモ君、僕らも竜を探すぞ」
「倒すんですか?」
「倒せるかバカ、クラクストンは運がよかっただけだ。 ヤマを張るんだよ、次にラグナが狙うであろう竜をな」
七大厄災、終末装置、人類を殲滅しようとする少女たち。 すべて忘れて熟睡するにはしこりが残る言葉ばかりだ。
それにいずれ僕たちに降りかかる火の粉ならば、元を絶ってしまいたい。 今までは受け身だったが、今度はこちらから彼女たちを攻める手番だ。
 




