大惨事対戦 ①
「あっ……ぶねぇ!? なんだってんだよ今の!!」
間一髪で死を免れた青年が、床を転がりながら叫ぶ。
もしあの石礫に掠りでもしていたら、おそらく命はなかったはずだ。
「モモ君、よくわかったな……」
「いや、なんか首の後ろ辺りがぞわっときて避けなきゃってなりました!」
よくみれば、僕を押し倒すモモ君の腕には細かい鳥肌が立っていた。
野生の勘というものだろう、考えずに動く悪癖が今回は良い方向に作用した。
「……ふむ、そこのアホピンクに救われたのですね。 バカブラック」
「アホピンク!?」
「バカブラック!?」
「気にしてる場合じゃないぞ渡来人ども! 相手の得体が知れない、まずは距離を取れ!」
「クソザコホワイトの言う通りなのですよ、次は当てるのです」
「2人とも構えろ、あいつだけは全力でぶっ飛ばす!!」
「師匠、さっきと言ってることが逆です!」
落ち着け、簡単な挑発に乗ってはいけない。 頭に血が上ると致命的な判断を誤る。
今重要なのは相手の行動を見極めることだ、幸いにも矢継ぎ早に第二射が飛んでくる様子はない。 一度放つと次弾の準備に時間がかかるのか?
……いや、ちがう。 あの少女はただ、こちらを弄んでいるだけだ。
『ヴウウゥウウゥゥ……!!』
「大五郎、下がってて! ウォーちゃんに近づいちゃダメです!」
「ほう、勇敢な犬っころなのですよ。 今のを見てウォーに威嚇してくるとは」
ゴーレムとして主を守る様に命令されているのか、ダイゴロウがモモ君をかばうように前に出る。
鋭い牙をむき出しにして唸る様はなかなか迫力があるが、少女は一切気にする様子もなく、それどころか悠々と歩み寄る。
『バウッ! バウワウッ!!』
「強そうなゴーレムなのですよ。 そのキバは人の肉を容易く裂く、そしてその爪は鉄の鎧を紙のように切り裂くのです」
「だ、大五郎はそんなことしないですよ!」
「いいや、“すなわち、これは兵器である”」
『バウ―――ヲァッ!!?』
飛び掛かるダイゴロウの鼻先に少女の手が触れた途端、金属製の躯体がビクリと跳ねた。
喉笛に食らいつかんとした勢いはたちまちに失せ、その場に伏せるダイゴロウ。
その姿はまるで、少女と主人として忠誠を誓っているかのようだった。
「だ、大五郎……?」
「……! 待て、近づくな!!」
『グガアアアアアア!!』
様子がおかしいダイゴロウに手を伸ばすモモ君の背を、青年が引っ張って阻止する。
次の瞬間、口元からオイルを垂らしながらモモ君に飛びついたダイゴロウの牙が空を切った。
『グガ……ガガガガガガガッッ!!!!』
「大五郎!?」
「ふむ、惜しい。 腕の一本ぐらい取れると思ったのですが」
「……モモ君、下がってろ。 どうやらあのゴーレムは敵の手に渡ったらしい」
全身を激しく痙攣させ、オイルをこぼしながら不明瞭なノイズを吐き出すダイゴロウの姿は、誰がどう見ても異常だ。
なにより主人として設定されていたはずであるモモ君に襲いかかってきた。 少女が触れたあの瞬間、ゴーレムの制御権を書き換えたとしか思えない。
「聖人、あのゴーレムは壊せるか?」
「壊すだけならたぶん問題ねえ、だがちょっと良心が痛むな……」
「こ、壊すんですか……大五郎を……?」
「モモ君、悪いが無駄な慈悲を見せている余裕はない。 それにゴーレムならば核を回収すれば復元は可能だ、腹をくくれ」
「っ……わ、わかりましたぁ!」
涙目で震え声ながら、モモ君は握りこぶしを作ってダイゴロウと対峙する。 この切り替えの早さは彼女の長所だ。
モモ君の身体能力ならば単純な1vs1で負けるはずはないが、石礫のような強化がダイゴロウにもかかっていると考えると少々危ういか。
「ウォーと言ったな、さきほどの台詞は固有魔術の詠唱か?」
「似て非なるものなのですよ、ウォーたちの言葉はもっと原初にさかのぼるのです」
「原初だと? 大きく出たな、そんなガラクタばかりを操っているくせに」
「……少々喋りすぎたのですね、行くのです」
『グガガガガガガガ!!!』
耳障りなノイズをかき鳴らしながら、ダイゴロウが跳躍する。
少女に制御権が奪われる前よりも一つ一つの動作が早い、対峙するモモ君の脇をすり抜け、僕へ狙いを定めるほどに。
だがダイゴロウの爪が僕を切り裂く瞬間、その機体は反転し、その攻撃はあえなく空を切った。
「……? お前、何をしたのです?」
「おや、気づかなかったのかな? それなら君はさしずめマヌケブルーと呼ぼうか!」
「めっちゃくちゃ根に持ってますね、師匠!」
何も隠し札があるのは相手ばかりではない、すでにこちらも仕込みは終えた。
「僕はやられたらやり返す主義でね。 まずはそのゴーレムを返してもらうぞ、盗人」
「……お前本当うぜーのです。 そんなに死にたければ、まっさきに殺してやるのですよ」




