渡来人と渡来神 ⑤
「……聖人、君の知り合いか?」
「いいや、幼女に顔見知りは居ない。 しいて言えば今隣にいるやつが初めてだ」
「そうか、ならあれは敵と見なしていいな?」
殺風景な部屋の中央、苦悶の表情で絶命している男のそばに立つ少女へ視線を向ける。
最低限の肌着だけを纏った肢体は青白く、肩のあたりで切りそろえた髪は寒気がするほどの蒼に染まっている。
何より異様なのは、その体は一切の魔力を感じないということだ。 モモ君の方がまだかろうじて魔力を感じられる。
「ま、待ってください師匠。 まだ敵だって決まったわけじゃ……」
「敵なのですよ、渡来人。 ウォーの名はウォー、おめーらをぶちのめす災厄なのです」
「こりゃまたずいぶんかわいらしい災厄だな、足元の死体に目を背ければ……」
「同感だな、そこの男は君が殺したのか?」
「ああ、これなのですか」
ウォーと名乗った少女が、足元の死体を踏みつける。
フードに隠れてわかりにくいが、男の体に目立った外傷はないように見受けられる。
魔力を使った痕跡も感じ取れないなら、魔法や魔術を使ったわけではない。 あの非力そうな少女がどうやって男を殺した?
「こいつは渡来人以外に手を出したのですよ、だから滅っ!したのです」
「滅っしちゃったかぁ」
「ということは、プレリオンの呪いは解けたのか?」
「アホガキ、術者が死ねば呪いは解けるものなのですよ。 常識なのです」
「師匠、落ち着いてください! 石投げちゃダメですって師匠!」
「離せモモ君! 奴には年功序列というものを肌で覚えさせなきゃだめだ!」
「まあまあ、子ども同士の喧嘩はむなしいぜ?」
「オメーはなにカッコつけてやがるのです渡来人、その全身真っ黒のファッションクソダセェこと誰かに教えてもらわなかったのですか?」
「なんだとお前この野郎!!」
「加賀瀬さん、子ども! 相手子どもですから!!」
危なかった、モモ君がいなければこの場にさらなる血の海ができていたところだ。
プレリオンの命がつながったならむしろ少女には礼を言うべきだろう、ここは冷静に大人の余裕を見せつけねば。
「……ウォーといったな、君の目的はいったいなんだ? 聞いた限りでは、どうやら渡来人をおびき出すためにその男を利用していたようだが」
「その通りなのですよ、まともな理解力を持っているようで安心したのです。 正確に言えば、こいつが渡来人共を皆殺しにしてくれればそれでよかったのですが」
少女は足蹴にした死体をさらに踏みにじる。
死体を冒涜するような行いに、モモ君がわずかに顔をしかめる。
「アマツガミの聖人としては聞き捨てならない言葉だな、君が黒幕ってことでいいんだな?」
「そうだとしたらどうするのです、ここでウォーを殺すのですか?」
「殺しはしない、だが事情はうちの教会でゆっくり聞かせてもらうぜ」
「うちの教会? オメーらの居場所がこの世界にあるとでも思っているのですか、ずうずうしい」
「……二人とも、下がってくれ」
刀を構えた青年が一歩前に出る。 少女との距離は一歩踏み込めば容易に切り裂ける間合いだ。
しかし少女は怖気づくこともなく、死体の代わりに今度は手ごろな瓦礫を靴底で転がして弄び始めた。
「知っているのですよ。 お前のそれ、“カタナ”なのです。 この世界じゃ存在しなかった技術なのです」
「物知りだなお嬢ちゃん、だとしたら分かっていると思うが、こいつは玩具じゃない。 ケガする前に降参してくれ」
青年の構えに隙は無い、大言壮語ではなく相応の実力が身についているのが分かる。
一方の少女は何の武器も構えもなく、自然体のままだ。
「斬ることに特化した剣、熱を加えながら何度も叩いた鉄によって鍛えられたオーバーテクノロジー……この世界には不要なのです」
「…………」
「ところでお前、投石器は知っているのですか? 石礫を投擲して人を殺す兵器なのです」
「何の話だ、時間を稼げば仲間でも駆けつけるのか?」
「いいや? ただ知っているのなら話は早いと思っただけなのですよ、投石器が兵器ならばこの石ころも――――」
少女が足を振り上げる。 まるでボールをけり出すような隙だらけの仕草に、青年も虚を突かれて一瞬動きが止まってしまった。
石ころひとつ蹴り出したところで、聖人である彼に通じるとは思えない。 避けられておしまいだ。
……しかしそれは、彼女がただの少女だった場合の話である。
「――――“すなわち、これは兵器である”」
「……駄目! 加賀瀬さん避けて!!」
「っ……!?」
少女が石を蹴り出したその瞬間、モモ君が僕の手を引いて部屋の端へと退避する。
ほぼ同時に青年も石を避けたその直後――――壁に衝突した拳大の石礫が、すさまじい衝撃音とともに巨大な風穴を開けた。
「な、ん……だ、今の!?」
「あらためて自己紹介をするのですよ、ウォーの名前はウォー。 お前らを殺す七大災厄が一人」
ありえないほどの破壊力、しかし魔力は一切感じられなかった。
あれは魔術や魔法ですらない、まるで生物として振るう当たり前の生態のようななにかだ。
「――――以後お見知りおきを、なのです」
 




