渡来人と渡来神 ④
「…………ここか?」
『わっふん!』
「どうやらそうみたいだな、大五郎も自信満々だ」
モモ君に背負われ、魔導区域を走り続けてたどり着いた場所は、人気のない廃墟だった。
いかにも見つかると困るような悪人が隠れるには“らしい”建物だ、ゴーレムがつつけばいかにも倒壊しそうな廃墟に、好き好んで近寄る人間はいない。
「おーよしよし、よくやったねぇ大五郎~。 師匠、一度下りてください」
「はいはい、ここから先はたしかに徒歩の方がよさそうだな」
「浮いた方がいいですよ、ガレキいっぱいで師匠だと足取られて転んじゃいそうです」
「僕を赤子か何かと勘違いしてないか? ……まあ、魔術を備えておいて損はなさそうだが」
魔導区域の外円部に近いこの場所は、僕が知るリゲルとよく似た荒廃した景色が広がっていた。
倒壊した建物や瓦礫の影からは、みすぼらしい格好の子供たちが、物珍しそうな視線をこちらに向けている。
どの町にでも貧富の差というのは生まれてしまう、どうやらこの辺りはお世辞にも治安がいいとは言い難い。
「モモ君、君も財布には気を付けろよ。 手癖の悪い連中にスられないようにな」
「大丈夫です、すでにどこかで落としてきました!」
「はっはっはそうかそうか、しばらく小遣いは与えないから来月まで野草でも食って生きろよ」
「そんな殺生な!?」
「おーい、コントなら後にしてくれ。 大声出すと気づかれるぞ」
青年はあきれ顔でこちらを見ながら、またしても見えない何かを操作するそぶりを見せる。
僕の感覚では魔力のかけらも感じられないが、彼はたしかにそこにある“何か”を動かしているのだ。
「うん、中に人間の反応あり。 ここで間違いないらしいな、“ストレージ”」
見えない何かを閉じると、次に青年は虚空に手を伸ばす。
すると何もない空間に彼の手が沈み込み、その中から不思議な形状の剣を一本取り出した。
「…………なんだ、今のは?」
「ん? 空間魔法だよ、アマツガミの加護の一つ。 常に見えない倉庫を持ち歩いてるとでも思ってくれ」
「無茶苦茶だな、もしも普及したら荷運びの概念がひっくり返るぞ」
「アマツガミの魔法は渡来人以外にゃマネできねえさ、まあ魔導師が再現できないか色々試しているらしいけど」
会話を続けながら、青年は剣を鞘から引き抜く。
軽く湾曲した形状、片方だけ鋭利に研がれた刃には波のような模様が生まれ、刀身の厚みは鉄板のように薄い。
芸術品としては美しいだろうが、戦闘に持ち込むにはいささか耐久性が気になる剣だ。
「ライカちゃんだっけ? こいつは刀ってんだ、浪漫があってかっこいいだろ!」
「かっこいいかは知らないが、すぐ折れ曲がりそうで不安になるな」
「大丈夫だよ。 魔法で補強してあるし、使い手の腕が悪くなければ長持ちする」
「その言い方だと腕に自信はあるようだな」
「自慢じゃないが、この通り神に愛されているんでね。 君たちは外で待っていてくれてもいい」
「そんな、ここまで来たら私もついていきます!」
「正直に言うとな、ライカちゃんの体力が心配になる」
「それは……はい……」
「モモ君、反論をあきらめるなモモ君」
ここまできて待っているだけなんて冗談ではない、元凶の術師はぜひとも一度ぶっ飛ばさないと気が済まないところだ。
まさかいくら僕といえど、廃墟の探索程度で体力が尽きるわけがないだろう。 だというのにモモ君は目を伏せて口を閉ざすばかりだ。
「まあ、ついてくるなら俺の後ろから離れないでくれよ。 もし呪いを受けたら面倒だ」
「はい、いざとなれば私が前に出ます! 呪いならへっちゃらですよたぶん!」
「モモ君、確証がないんだから無茶はするんじゃない。 いくら免疫があろうと、許容量を超えたらアウトかもしれないんだぞ」
「準備はできたか? それじゃ突入するぞ」
準備もほどほどに、カタナを握った青年を先頭にして廃墟の中へ忍び込む。
内部は瓦礫や腐った床材などでかなり荒れた状態が、物音ひとつ立てずに手際の良さは、聖人というよりも盗人や斥候に向いているとさえ思える。
「モモ君、あまり派手に動くなよ。 君の体を軽く浮かして補助しているが、完璧にカバーできているわけじゃない」
「あっ、なんか体が軽いと思ったら師匠のおかげだったんですね。 ありがとうございます」
「静かに。 ……反応はこの部屋からだな」
先行していた青年が再び虚空に指を滑らせると、扉が閉ざされた部屋の前で足を止めた。
どうやらこの部屋の中に呪いの主がいるらしい。 ……だが、なんだが妙な気配を感じる。
「いいか? 3,2,1で突入するぞ。 逃げる隙は与えたくない、できるだけ一撃で意識を刈る」
「待て、様子がおかしい。 術師がいるにしては魔力の気配が……」
「3,2,1……今!」
しかし制止も空しく、青年は扉を蹴破って内部へ突入する。
静から動への俊敏性はモモ君以上のものだ、気配を消した不意打ちならば文句のない出来と言える。
部屋の中にはたしかにローブを被った男の姿があった……だが、結論から述べると奇襲は失敗した。
「…………なん、だと?」
なぜなら、ローブの男はすでに血を吐いて絶命していたからだ。
床に零れた血の量からして、致死量であることに間違いはない。
「―――――ああ、やっときたのですか。 まったく、今代の聖人はずいぶん出来が悪いのです」
そしてその男の傍らには、この血まみれの部屋の中で一切の汚れを身に着けていない、蒼い少女が立っていた。
 




