転ばぬ先の杖 ⑥
「クソッ、あのエセ教師め……今に見ておけ!」
「一応あいつ正式な教師っすよプレリオンさん、もうやめときましょうって!」
「うるさい、元はといえばお前のせいだぞコニス!!」
「そ、そんなぁ……」
魔導工房から離れたところにある路地に身を潜め、プレリオンは地団駄を踏みながらコニスへ食って掛かる。
コニスとしては理不尽な物言いでしかない。 しかし、ウムラヴォルフ家としての後ろ盾を失った彼にとって、プレリオンにはあまり強く反論できないようだ。
「コニス、別の工房を探すぞ! 私の杖をハチャメチャの無茶苦茶のメタメタに強化できる職人を見つけるのだ!!」
「は、はぁい……」
どうやら彼らはまだあきらめる気がないらしく、肩で風を切りながら次なる犠牲となる工房を探しに歩き出す。
何たる無謀、そして傲慢だ。 これほど無駄な時間を過ごすより、一分一秒でも修練を重ねた方が有益だろうに。
なんとも青い。 そんなこともわからないから、これから私のような大人に使い潰されるのだ。
「――――もし、そこの坊ちゃん」
「ん? なんだ、貴様は」
「しがない商人でございます。 よろしければ、お坊ちゃんの望みを叶える品物をご用意いたしましょうか?」
「私の望みだと?」
「ええ、ええ。 憎い相手がいるのでしょう、殺したいほどに。 ほんの少し坊ちゃんに身を削る覚悟があればブベラァ」
自分の口から出たとは思えない間抜けな声が漏れ、視界が反転する。
路地裏に積まれた雑多なガラクタに背中から突っ込み、鼻から零れる流血と遅れてやってきた鈍痛のおかげで、ようやく自分が殴り飛ばされたのだと気づいた。
「な、が、ぐぁ……っ! 何者だぁ!?」
「も、百瀬かぐやと申します! ごめんなさい、あまりにも怪しくて言葉より先にグーが出てしまいました!!」
――――――――…………
――――……
――…
「……異常なし?」
「うむ、隅から隅まで調べてみたが何の異常もなかったぞ。 ほれ、カルテ」
アルニッタは検査結果が記されたカルテをめくり、その内容を僕に向けて開示する。
たしかに記載されている数値は、どれも常人の域を出ないものだ。 “神の恩寵”が反映された握力などの数値を除けば。
「筋力に関しては……イレギュラーが多くて何とも言えんな。 しいて言えば保持魔力の割に、血中魔力量が人より多いくらいじゃわい」
「魔力量が多いと何か弊害があるのか?」
「魔結症を発症しやすくなる。 余分な魔力が血に混ざって体内を回っているわけだからな」
「モモ君の貧弱な保持量で血に紛れるほど余剰が出るとは思えないな……」
なにせ、指先に蝋燭程度の炎を灯すだけで枯渇するような魔力量だ。
赤子の方がもう少しマシな魔力量を貯蔵している。 もしほかに原因があるとすれば、それこそ竜玉しか思い当たる節がない。
「……所感でいいから聞きたい、魔結症以外のリスクは今後現れると思うか?」
「あり得る。 そもそも血中魔力濃度が上がっていることが異常なのだ、竜玉を取り込んだ影響ならば、これで終わるとは思えない」
「実際に竜の息吹も吐いたわけだからな、最終的に本物の竜になりかねない」
自分で言っておいてなんだが、あまり考えたくない未来だ。
あのうるさくてお人好しな人間性のまま、竜になったと思うとストレスだけで死にそうになる。
「できりゃ体内まで調べたかったが、うちの魔動機じゃ難しいな……この街にはいつまでおる?」
「仕事も残っている、まだしばらくは滞在するが1か月以内には出るつもりだ」
「そうか、なら間に合えばこちらから連絡するわい。 もしかしたら伝手が当たれるかもしれん」
「助かるがいいのか? 魔術区域の人間にそこまで手を貸して」
「ガハハ! 気にするな、ミンターク共とは仲が悪いが、関係のない客にへそを曲げるほど耄碌してないわ」
「ありがたいが、なぜそこまでして三区域は仲が悪いんだ……?」
「良いのか? チヨちゃんをめぐる確執を語ると5時間は貰うぞ」
「次の機会にさせてもらおう。 いやあしかし遅いなモモ君、早く帰ってこい!」
本気で5時間は語りそうな男の話題をそらし、壁掛け時計に目線を逃がす。
気づけばモモ君がプレリオンたちを追ってから30分は過ぎている、さすがに遅すぎじゃないだろうか。
「……失礼、僕はそろそろお暇するよ。 このカルテは貰っても?」
「ああ、好きにせい。 魔導に興味があるならいつ来ても……」
「――――師匠ぉー!! 大変です急患ですSOSです!!!」
噂をすればなんとやら。 工房の扉をけたたましく開き、件のモモ君が文字通り跳びこんでくる。
その背中に、青い顔でぐったりとしたプレリオンたちを背負いながら。
「おい、うるさいぞモモく……なにがあった?」
「怪しい人がこの子たちにひどいことしようとしてて、私じゃ何されたか分からないんです!」
「わかった、いい判断だ。 すまない、少し場所を借りるぞ」
「おう! 待ってろ、うちの医療班もつれてくる!」
工房の広い床にプレリオンとコニスを寝かせ、その首筋に触れる。
脈は速く、息は荒い。 そして何よりもこの感覚は、本人たちとは異なる歪な魔力が混ざっている。
「……たしかにこれは君じゃどうしようもないな、連れてきて正解だ」
「し、師匠! この子たちはいったい何をされたんですか!?」
「呪いを仕込まれた、しかも相当強力なものをな。 術者を探さないと命が危ういぞ」




