転ばぬ先の杖 ③
「そういえば、魔導にちゃんと触れるのって初めてですね?」
「完全に未知の領域だったからな、現代でもまだ新しい分野らしい」
翌々日。 学園の休暇を利用し、モモ君とともにリゲルを隔てる関所をくぐる。
魔導区域の街並みは、魔術や魔法区域に比べると、なんというか近未来的な風景だった。
平らにコーティングされた道、薄いガラス板をはめ込んだ石造りの建物、等間隔に設置された魔石灯。 どれも魔導学の力とやらが込められているのか、目に映るものすべてが異質に見える。
「コンクリートジャングルって感じですねー、ちょっとだけ日本を思い出します!」
「君の故郷はずいぶん奇天烈なんだな、興味深いがその話はあとにしよう」
『ナニカ オサガシ デスカ?』
手元の地図と現在位置を照らし合わせていると、筒に車輪を生やしたようなゴーレムが話しかけてきた。
見た目も奇妙だが、「ゴーレムが話しかけてきた」というのが驚きだ。 聖女が連れていた煌帝ほど流暢な喋りではないが、自分でものを考える力があるということになる。
「わー、可愛い! 道案内してくれるんですかね?」
「どうやらそのようだな。 魔術区域のギルドマスター・ミンタークの紹介を受けてきた、すまないがこの建物の場所はわかるか?」
『スミマセン ヨク キキトレマセン デシタ』
「はははこいつぅ」
『マイゴ デショウカ? オカアサンノ ナマエハ ワカリマスカ?』
「駄目ですって師匠、そんな魔術ぶつけたら壊れちゃいますって!」
「離せモモ君、一度中身を解体して僕が一から組みなおしてやる」
「バカバカバカバカ! 何やってんだそこのガキ!!」
掌に圧縮した空気弾を生成すると、僕とゴーレムの間に白衣を着た青年が割り込んできた。
そして親の仇を見るような目を向けた彼は、モモ君と同じ指輪型の杖をこちらに向けて威嚇する。
「な、73号はこれでも対話性能が一番高い個体だぞ! 勝手に壊すんじゃねえ!」
「む……まさか制作者か?」
「そりゃ怒りますよ! 謝ってください師匠!」
「いや、たしかに不用意な発言だったのは謝罪しよう。 それより君、もしかしてミンタークが紹介した魔導学会の人間かな?」
「…………は? まさかお前、爺ちゃんが言ってた魔術師か?」
――――――――…………
――――……
――…
「イヤーハッハッハ! ミンタークの阿呆がやけに褒めるからどんな傑物かと思ったら、こんな可愛いお嬢さんとはな。 うちのバカ孫が失礼した!」
「先に無礼を働いたのはこちらだ、誠に申し訳ない。 私はライカ・ガラクーチカ、こちらは連れのモモセ・カグヤだ」
白衣の青年(と例のゴーレム)によって案内されたのは、モモ君が「オフィスビルに似ている」と形容する奇天烈な工房だった。
室内には魔力を伝達するためのケーブルが幾本も張り巡らされ、その先につながった円筒状の水槽には、多種多様なゴーレムが紫色の液体に浸かっている。
まだ昼前だというのに、魔石灯に照らされて眩しいほどに明るい室内は、僕が知る魔術師の陰気な工房とはまるで違うものだった。
「ワシぁ魔導区域の頭張ってるアルニッタだ、こっちは孫のザイフ!」
「お前本当にガキなのか……いっでぇ!?」
丸太のような腕で拳骨を落としたアルニッタという老年の男性は、肩書抜きでも相当な実力者であることが分かる。
クマのように大柄な体には、体積にふさわしい量の魔力で満ち溢れていた。
おそらく魔術師としての道を歩んでも成功を収めることはできただろうが、それでも歩むだけの浪漫が魔導学にはあるというのか。
「なーにかっこつけとるバカモン! こんな小さい嬢ちゃんも謝ったというのにこんのアホンダラは!!」
「師匠、怒っちゃダメですよ?」
「何を言い出すんだモモ君、僕が子ども扱いされて怒るようなせせこましい人間性をしているとでも?」
「でもさっきのちっちゃいゴーレムには怒ってましたよね」
「ところで本日訪ねた要件だが」
「露骨に話題を変えましたね」
何やら後ろでモモ君が喋っているようだが、後ろで駆動する試作ゴーレムたちが鳴らす雑音にかき消されてまったく全然これっぽっちも聞こえない。
「おう、聞いてるぜ。 そっちのピンクの嬢ちゃんが……あれなんだろ?」
「アレなんだ……前代未聞のことだとは思うが、検査を頼みたい」
「なんですかみんな、私のことを信じられないようなものを見る目で」
先方にはすでに話を通してあるが、「竜玉を飲み込んだ」なんて常識では信じがたい話だ。
しかしすべては事実だ、そのうえ飲み込んだ本人はケロっとしているのだから呆れてものが言えない。
「あー……体調に変化は? 食欲がなくなったとか、どこか痛むとか」
「竜の吐息に似たマネができるようになった」
「本当に人間かそこの嬢ちゃん」
「少なくとも頭の出来はどうだかわからないな」
「なんてこと言うんですか師匠」
「まあまともなヤツはうちにゃ回ってこねえわな。 いいぜ、珍しいモルモ……患者は大歓迎だ」
「師匠、今モルモットで言いかけませんでしたかあの人!?」
気のせいか、さきほどから周囲の学者たちがモモ君に向ける視線にギラギラとした熱がこもっているように見える。
今回のようなレアケースは研究者魂を刺激するのだろう、モルモットどころか生きのいい魚のように捌かれなければいいが。
「気のせいだ嬢ちゃん、今のはこっちの方言で勇敢なる者を讃える最大限の賛美なんだぜ」
「なんだぁ、えへへそんな褒められても照れちゃいますよ~」
「じゃあ勇敢ついでにちょっとだけ血採らせてもらうぜ、奥の部屋に移動してくれ」
「かまいませんよそのくらい、私勇敢ですから!」
奥の部屋の扉が開いた一瞬、明らかに人に刺すサイズではない注射針や多種多様な刃物が見えた。
しかしアルニッタにおだてられたモモ君は何も気づかず、背を押されるままに部屋へ押し込まれる。
「……ぎょえああああああああああああ!!!!?? し、師匠おおおおおおおおおおお!!!!」
それからすぐにモモ君の甲高い悲鳴が聞こえた気がするが、後ろで駆動する試作ゴーレムたちが鳴らす雑音にかき消されて、僕にはまったく全然これっぽっちも聞こえないことにした。




