転ばぬ先の杖 ②
「ふぅ……厳しい戦いじゃったわい……」
「文章にすると本一冊は作れそうな大冒険でした……!」
「狭い店の奥でいったい何があったんだ」
沸かした湯が冷めてしまうような時間をかけ、やっと戻ってきたモモ君たちは埃やクモの巣を被っていた。
幸いには成果はあったらしく、2人の手には杖を収めた細長い木箱がいくつも重ねられている。
「ほれ、手ごろなところを一通り持ってきたぞい。 馴染むものを選べ」
「へぇ……数をそろえた割には良い素材を使ってるな、値段は?」
「1つにつき銀貨1枚ってところじゃろ」
「安いな、1.5はするかと思ったが」
テーブルに並べられた杖は、多種多様な木材から削り出された短杖タイプの代物だ。
材質こそ多彩だが、長さは一律であり、子供の手でも取り回しが容易いサイズに収められている。
職人の腕がいいのだろう、この出来で銀貨1枚なら相当安い。
「せんせ……どういうのが、いい杖……?」
「こればかりは自分の感覚を信じろ、杖との相性は人それぞれだ。 細かい調整は選んだ後にしよう」
「…………わかった」
難しい顔をしたシュテル君が杖を吟味し始めると、他の生徒たちも目を輝かせながら手ごろなものを握っては振り心地などを確かめはじめる。
なんともまあほほえましい光景だ。 昔の自分も同じような顔で杖を握っていたのだろうか。
「モモ君、君も好きなものを選べ。 金のことは心配しなくていいぞ」
「えっ、私も選んでいいんですか?」
「君だけ冷遇する理由がない。 もちろん君が魔術を学ぶ気がないなら結構だが……」
「わーい、ありがとうございます! どれにしようかなー……」
こちらの話を半分も聞かず、モモ君も生徒たちの後ろから自分に似合う杖を吟味する。
しかし2~3本の杖をかわるがわる手に取ったところで、何も持たずにこちらへ戻ってきた。
「……師匠、私が振り回すと多分折っちゃいます」
「うん、なんとなく僕もそんな気がしていた」
木製の杖はモモ君に対して脆すぎる。 普段使いならそれでも問題ないが、いざ実戦となると熱くなって力が入ることも多々あるだろう。
かといって力加減に意識が向いて、魔術の扱いがおろそかになれば本末転倒だ。 魔力が少ないモモ君にこそ、杖の補助は必要なのだが……
「なんじゃ、そういう事なら丈夫なものもあるぞい。 これとかどうじゃ?」
「……これは“杖”なのか?」
「どうみても指輪、ですよね」
店主が棚から引き抜き、差し出してきた木箱の中には、赤い宝石がはめ込まれた銀製の指輪が輝いていた。
手に取ってみたところ、杖としての機能に問題はない。 たしかにこの形状なら誤ってへし折るようなことはないが……
「ふぉふぉ、最近の流行でな。 いまどき杖の形にこだわるのは古いらしい」
「時代の流れか……モモ君、手を貸せ。 物は試しだ」
「わっかりましたー、どうぞ!」
差し出された左手にすっと指輪を差し込むと、それは彼女の指にしっかりとフィットする。
モモ君も何度か手のひらを閉じたり開いたりして着け心地を確かめるが、しばらくすると無言の笑顔で頷いた。
「決まりだな。 店主、この指輪も買おう」
「そこの杖より少し高いぞい、大丈夫か?」
「問題ない、初期投資は惜しまない方が後々のためだ」
「わーい、ありがとうございます師匠!」
そうして店主が紙に記して提示した金額は、たしかに通常の杖よりも割高だったが払えない額ではない。
それにどうせあとで杖代はまとめてギルドマスターに請求する予定だ、多少額が増えたところで僕の懐は一切痛まない。
「はわわ……先生とモモさん、大人ですわ……!!」
「シュテルさん、お気をたしかに! まだ負けが決まったわけではなくてよ!」
「…………一番弟子はあちらだから、敬う」
「なにをこそこそ姦しくしているんだ、君たちは決めたのか? 早くしないと日が暮れるぞ」
「「「は、はーい!」」」
声をかけて急かすと、他の生徒たちも続々とお気に入りの杖を決めていく。
やがて残ったのはシュテル君ただ一人だ、どうやら2択までは絞られたようだがそこから1つが決めきれないらしい。
「スオウとアセビか、いい選択だ。 スオウは毒気を、アセビは退魔の力を宿す」
「せんせ……どっちがいい……?」
「それは君が決めることだ、シュテル君。 杖はあくまで君の補助でしかない、好みで選ぶといい」
「…………ん」
それでもすこし逡巡し、シュテル君は最終的にアセビの木材を使った杖を手に取った。
アセビ……退魔の力を宿す杖には、使用者以外の魔力を弾く性質を持つ。
少々守備的な効果だが、水の魔術を得意とするシュテル君とは相性は決して悪くない。 初めてにしては素晴らしい選択だ。
「よし、会計だ。 たしか1本につき銀貨1枚だったな?」
「その通りじゃが、細かい調整はいらんのか?」
「この人数だと時間がかかるだろう、僕が調整するよ。 ご老人には厳しい作業だろう」
「ほほほ、そりゃそうじゃ。 正直頼まれたらどうしたものかと」
「誰かほかの人間を雇っては? せっかくいい店なのに潰れてはもったいない」
「あいにく若い人材は表通りの派手な店に吸われてしまったわい」
店主と軽口を交わしながら、同時に杖の会計を済ませる。
さて用事も終わり帰ろうかと振り返ると、モモ君が少し離れたところでじっと店の品物を眺めていた。
「モモ君? どうした、荷物持ちの君がいないと困るぞ」
「師匠……これ」
モモ君は自分が眺めていた品物を指し示す。 それは、薄い金属製の板に透明度の高いガラス板をはめ込んだ代物だ。
たしかモモ君が持っていた異世界の機械に酷似している、名前は「スマートフォン」といったか。
「それは魔導の連中が持ち込んだもんじゃな、魔力で動くように改造したらしいが……ワシにはちと難しくてのう」
「使い方もわからないものを売ってるのか……しかも金貨3枚とは高いな」
「魔導かぁ、師匠も詳しくはないんですよね」
「ああ、僕の時代にはなかったからな。 気になるなら次の機会に行ってみるか」
「いいんですか?」
「スケジュール的に明日の授業を終えたら2日間の休みが入る。 それに君の竜玉について調べるためにも、避けては通れない道だ」
「……あぁ、そういえばそんなのありましたね!!」
「君なぁ……いや、これ以上疲れるのはごめんだ。 戻るぞ」
頭痛とともに小言を飲み込み、能天気なピンク頭を連れてきた道を戻る。
学生寮まで皆を送るまで、なんだかシュテル君が不機嫌だった気もするがきっと気のせいだろう。




