ようこそエルナトへ ②
「……随分にぎわっているな」
「お祭りみたいですねー」
エルナトの街並みは、一言で言えば活気にあふれていた。
目一杯の道幅が敷かれた大通りの両脇にはレンガ造りの家々が並び立ち、往来する人や馬車はみなどこか忙しなさそうだ。
「あっ、出店出てますよ師匠!」
「あとにしろ、第一今は金がない。 まずは紹介されたギルドとやらに行くぞ」
「すごい、綿菓子も売ってるんだ。 知ってます? 甘くてふわふわで美味しいんですよ!」
「………………あとにしろ」
ほんのちょっと僅かに少しだけ気にはなるが今は他にやるべきことがある。
だが店の場所は覚えておこう、モモ君がどうしても食べたいというのならあとで立ち寄るのも一考だ。
「うーん残念、それじゃおぶっていきますよ師匠!」
「こんな人通り多い所でそんな真似できるか、歩いて行くぞ」
「でも大丈夫ですか? 大分距離が……」
こいつは何を言っているんだ、衛兵が言った通りならこの大通りをまっすぐ歩けば目的地はすぐそこじゃないか。
流石に子どもの肉体だからといって嘗めすぎだ、雪道では足を取られて体力を無駄に消耗したがこの程度の道のりなど朝飯前で
――――――――…………
――――……
――…
「ぜぇ……ぜぇ……!!」
「ほらー、だから言ったじゃないですか!」
遠い、目では見える距離なのに目的地が果てしなく遠い。
一歩が小さいんだ、同じ距離でもモモ君の倍は歩数が必要になる。 ただそれ以上にとにかく体力がない。
本当に何だこの身体は、赤子でももう少しマシだぞ、
「師匠、やっぱり背負いましょうか?」
「ひ、必要ない……男に二言など……ないのだ……!」
「今は女の子じゃないですか」
「言ってはならん事を言ったな……!!」
いったいこの身体の主はどんなやつだったのか、どういう生活をしていたらこんな体力無しが作れる。
あの看守に肉体を譲っている以上、ろくな人物ではないだろうが……
「師匠、倒れる前に無理は止めてくださいね。 お水飲みます?」
「結構だ……!」
隣を悠々歩くモモ君に応援されながら、目的のギルドに到着したのはそれから20分後だった。
這う這うの体で開いた扉の向こうに待っていたのは、まるで酒場のような風景だ。
いくつも並んだ丸テーブルとイスに集って酒と軽食を楽しむ人々、その奥には何かの受付らしきカウンターも見える。
「ところで師匠、ギルドって聞きましたけど具体的には何するところなんですかね?」
「さあな、少なくともただの料理店ではなさそうだが……」
「ちょっと、出入り口塞ぐんじゃないよそこの2人! 用があるならこっちに来な!!」
「わっ、ごめんなさい!」
奥の受付からお叱りの声が飛び、モモ君が僕を抱えて慌てて移動する。
どうやら受付は3列になっているらしく、僕らを呼んだのは一番左のふくよかな女性だった。
「なんだいあんたら、見ない顔だね? どこから来た流民だい!」
「こっちのピンクは渡来人だ、ハガルという衛兵からここに来たら悪い扱いは受けないと聞いたが」
「あの坊主かい! しかも渡来人とはまた厄介な子を連れて来たもんだね!」
「な、なんだかごめんなさい……」
「あんたが謝ることじゃないよ! ここまで寒かったろ、温まって行きな! あたしはステラってんだよ、あんたらギルドの説明は聞いたかい?」
2人揃って首を振る、ただ紹介されたから来ただけだ。
しかしこの女性、なんというか勢いが強い。 気を抜くと言葉の圧だけでこちらが口を挟む隙が無くなる。
「そうかい、あの悪ガキは今度とっちめなきゃダメだね! ここは冒険者ギルド、いろんな事情の人間が金稼ぎに来るところさ」
「冒険者ギルド……初耳だな」
「ゲームで見たことはあります!」
少なくとも1000年前にそんな組合は存在しなかったはずだ。
となると僕が囚われた後に出来上がったものか、やはり時間に比例した変化は色々とあるようだ。
「名前からすると未開拓地の調査や開拓が仕事になるのかい?」
「冒険者なんて名は形骸化しちまったよ、ようは仕事のない人間の集まりさ。 薬草を採取してくる、逃げたペットや家畜を連れ戻す、害獣を駆除する、そんな仕事で日銭稼いではそこで酒を飲んでるような連中だよ」
「なんだよステラのバアさん、稼ぎを還元してやってんだからもうちょっと感謝しろって!」
「そういうセリフはツケ返してから言う事だね! あいつらみたいになっちゃ駄目だよあんたら」
テーブル席に着いた数人の男女がこちらに向けて空のジョッキを振りながら笑っている。
すでに相当出来上がっているようだ、このギルドから実入りのいい仕事を受けた後なのだろうか。
「ついでに言うとギルドカードは身分証の代わりになるんだよ、渡来人はそっちが目的だったりするんだ。 あんたら木札は持ってるだろ?」
「あっ、門でもらった奴ですね。 ありますあります!」
「待った、そのカードの登録や発行に金はかからないのか?」
「かかるけど建て替えとくよ、どうせ依頼の1つや2つ終えたらお釣りがくる程度さ」
なら通行税よりは安いと考えていいか、身寄りのない立場からすると相当得な話だろう。
そのうえ身分証の発行元から与えられた借金だ、僅かな金額とはいえ逃げる事も出来ない。
「それじゃ木札はこっちで一旦預かるよ、その間にあんたらこの書類読んで下にサインしておきな!」
僕たちの木札を回収すると、発行手続きのためかステラはドアを隔てた奥の部屋に引っ込む。
代わりに卓上へおかれたのはギルドとの契約内容が書かれた書類だろう、身長の都合で僕の視点では確認できないが。
「モモ君、書類を取ってくれ。 あとそこのペンも」
「はいはい。 ……あれ、そういえばこれって」
「どうした、なにか不都合があったか?」
モモ君から渡された書類に目を通すが、そこまで変わった内容は見当たらない。
人に迷惑をかけてはならない、良識ある行動をしろ、目に余る行動は罰金などを処す、などの内容が記載されているだけだ。
怪しい文面も透かしや2枚重ねの仕掛けなどもない、ざっと読んでみたがサインをためらう必要はなさそうだが。
「なんだい、まだ書いてんのかい!」
「うわー!? は、早いですねステラさん!」
「あんたらが遅いんだよ! どこか分からないところでもあったのかい?」
「いや、その……なんで私この世界の文字が読めるんだろうなぁって」
「ほう、言われてみればたしかに」
気にする余裕もなかったが、思えば彼女は異世界から来た存在だ。 当然言語だって異なる。
なのにこうして会話を交わし、文字を書き、文章を読む事ができる。 まさか偶然同じ言葉を使ってたなんて事はないだろう。
「そりゃバベルのお蔭だよ、窓の外に塔が見えるだろ」
「ああ、あのおっきな塔ですね!」
ステラが示した窓の外には、遥か彼方にうっすらと見える巨大な塔の影が見える。
バベル、聖女からもその名を聞いた詳細不明の謎の塔だ。
彼女たちと別れてからも常に同じ距離、同じ大きさで視認できる。
「あいつは誰が作ったか知らない、どこにあるかも分からない、だけど世界のどこからでも見えるって話の塔さ」
「場所も分からないんですか? 誰か塔に行ってみたり……」
「近づこうとしても不思議なことにいつの間にか通り過ぎていたりするのさ、誰も何もあの塔の事は分からない。 ただあいつのお蔭であたしらは言葉が交わせるんだよ」
「……言語を統一する魔法が発せられているとでも言うのか?」
「その通りさ、神様の奇跡ってやつさね。 本当かどうかわからないけど現にこうして話も出来る訳だしねえ」
……考えてみればモモ君だけではない、僕だって1000年先の見知らぬ土地に降り立ったんだ。
なのにあまりにも自然と会話ができるせいで気づかなかった、何の不自由もなく言葉が通じる違和感に。
「ほら、そんな事よりさっさと書いた! 急がないと日が暮れちまうよ!」
「わわわ、そうだった! 師匠、急ぎましょう!」
2人に急かされ、今一度内容を確認した書類に自身の名前を書き込む。
だが頭の中は窓の外に見える塔のことで一杯だ、聞けば聞くほど謎が深まる。
一体あの塔はいつ建てられ、そして誰が何の目的で言語の統一を行ったのか。 いくら考えても答えは一向に出なかった。




