小さな教師 ③
話は少し前にさかのぼる。
「……このあたりでいいな、逃げなかったことだけは褒めてやる!」
「やっと決めたか、僕の体力を奪う戦略かと思ったぞ」
あっちへこっちへと連れまわした末に、プレリオンはようやく中庭の一角を決闘の舞台と決めた。
少し手狭だが、周りに壊れて困りそうなものはない。 観客の生徒たちも十分距離を取ってもらえば巻き込む心配もなさそうだ。
「バカか貴様は、教室から中庭まで歩いた程度で疲弊するわけないだろう!」
「…………そうだな、その意見に同意だ」
「せんせ……どうして目を逸らすの……?」
実はちょくちょく浮きながら移動していたのだが、どうやらバレてはいないらしい。
好都合なのでこのまま黙っておこう、シュテル君の視線は考えないことにする。
「それで、決闘の勝敗はどうやって決める? 相手が死ぬまでとでも言うんじゃないだろうな?」
「相手が降参するか、気を失うかだ! コニス、判定は貴様に一任しよう!」
「えっ!?」
「ついでにこれだけ観客も多いんだ、全員に判定を任せれば後で文句も出ないだろ」
「せんせが……そういうなら……」
中庭には物見遊山の初等部、ならびに騒ぎを聞きつけた暇な学生たちがぞろぞろと集まっている。
さすがにこれだけの証人がいる中で、敗北と判定されればプレリオンも物言いはつけられまい。
「開始の合図はどうする? 面倒だからコインでも投げるか?」
「―――――“燃えろ”!!」
コインを取り出すために一瞬視線を外した隙を突き、プレリオンが火球を放つ。
教室の時と比べて杖も使わず、短い詠唱。 こちらの指摘を受けて改善に励むのはいいことだが、もはやなりふり構わない余裕のなさだ。
「だが、早いだけでは50点だな」
「なに……!?」
プレリオンの掌から放たれた火球は、大気に溶けるようにみるみると萎んでいく。
僕の胸元へ届くころには豆粒ほどの大きさとなり、ふっと息を吹きかけるだけで霧散してしまった。
「き、貴様ー! 今度は何をした!?」
「何もしていないよ、魔力の練りが甘いんだ。 だから勝手に魔術が自壊する、暴発しないだけ幸運だったと思え」
「なんだと!?」
「君たちも覚えておけ、魔術の行使に必要なのは正確な構築能力だ。 そのために詠唱という鋳型を敷き、杖という補助具を用いて魔術を射出する」
詠唱とは、過去の魔術師たちが研鑽の末に広げたテンプレートだ。
魔力を安定した形に構築し、魔術として打ち出す。 熟達の魔術師ほど詠唱にも多様性が生まれるが、基礎設計はみな等しい。
「余計な色気を見せるな、魔術に近道はない。 不意打ちにこだわるのではなく、距離を置いて冷静に詠唱の時間を稼ぐべきだったな」
「う、ぐぐぐ……!! うるさい!! “地の熱よ、日の熱よ、我が血潮に宿る灼熱よ、我が腕に宿りて……”」
「それと、身の丈に余る高位魔術を唱える際は常にリスクが隣にあると思え。 こんな風にな―――“起きろ”」
「へっ? あ――――っ!!」
「はいはい、プレリオン以外の生徒はしゃがめー」
身の程を知らぬ詠唱に集中するプレリオンは足元がお留守だ、軽く隆起させた地面に容易くひっかけられるほどに。
そして足元に意識が向けば、今度は魔術の制御がおろそかになる。 何節も詠唱を紡いでようやく制御できるような魔術が途中で崩壊すればどうなる?
答えは簡単……魔力が暴走したプレリオンの体から黒煙が吹きあがり、爆発した。
――――――――…………
――――……
――…
「もう少し構築が進んでいたら五体爆散ものだったな、早めに止めた僕に感謝の言葉はあるか?」
「うぐぐ……ちくしょうぉ……!! 邪魔さえなければお前なんて……!」
「実戦で同じことを言うつもりか? 大した魔術師様だな、殺意を向けておいて自分は殺されないとでも思っていたのか」
「くっ……!」
「それで、決闘の終了条件は何だったかな?」
「…………ま、参りましたぁ……!!」
敗北宣言と同時に、中庭は生徒たちの喝采に包まれる。
中には「ざまあみろ」や「いい気味だ」というプレリオンへの中傷も聞こえてくる、相当嫌われているようだ。
「師匠ー! なにやってんですか、そんなちっちゃい子いじめてー!!」
「わあうるさいのが来た」
興奮冷めやらぬ観客たちをかき分けてやってきたのは、清掃員の仕事中であるはずのモモ君だ。
過程を説明すればこちらに非はないのだが、事情を1から説明するのも面倒くさい。
「誤解するなよモモ君、先に喧嘩を吹っかけてきたのはこの子だ。 僕は正当防衛だぞ正当防衛」
「それなら尻に敷く必要あります?」
「…………ないな」
「ほらー、師匠は退けて! 君、大丈夫? こんな煤だらけにして、ケガは?」
「い、いや……私は……」
「もー、動かないで!」
煤の下からでもわかるほどに赤くなったプレリオンの顔を、モモ君が手持ちのハンカチで強引に拭う。
それにモモ君の登場で敗者を揶揄う空気もどこか白け、代わりに彼へ向けられたのは憐憫の目だ。
「師匠、やりすぎですよ。 この子涙目じゃないですか!」
「……モモ君、過ぎた憐みは時に敗者を傷つけるぞ」
「難しい言葉わかんないです、この子の汚れ拭きたいのでちょっとハンカチ濡らしてください!」
「はい……」
そこにあったのは「尊大で嫌われ者のプレリオン」ではなく、「プライドをへし折られた可哀そうな生徒」だった。
そして周りの生徒からは、この場の力関係が鮮明に記憶へ焼き付いたことだろう。
後日、生徒とすれ違う廊下で、僕よりもモモ君の方が敬語で接せられていた。




