小さな教師 ②
「……プレリオン・グスター。 教わることがない、とはどういうことかな」
「言葉通りの意味だ、見る限り私たちと年齢も変わら……いや、むしろ若い! それにライカ・ガラクーチカなどという名は聞いたこともないな、無名の魔術師から教わる必要があるのか?」
少年は両手を組み、胸を逸らしてこちらを見下ろす。
教卓から見て上り坂のようになっている席から見る眺めは、きっと自尊心が満たされる光景なのだろう。
プレリオンの隣に座っているコニスも、自分は何もしていないくせに心なしか誇らしげだ。
「ならば君は名のある魔術師をしのぐ才覚があるとでも?」
「当然だ、私はプレリオン家の人間だぞ! ものを教えたいのであれば、相応の格が求められるというものだ!」
「具体的にはどの程度のものかな」
「あの伝説の英雄、ユーリィ氏のような気高きお方がふさわしい!」
「ぶふぉ」
予想だにしていない名前が飛び出し、思わず吹き出してしまった。
「おい、何を笑っている!!」
「し、失敬……だがあまり変な希望は抱かないほうがいいぞ……」
あの人に教師なんて務まるとは思えない、それは自分が一番よく知っている。
ずいぶん腹筋に悪いことを言われたものだから、思わず吹き出してしまった。
だがそれがずいぶん癪に障ったらしい、プレリオンの苛立ちはピークに達している。
「それにずいぶんと自分を過信しているようだな? とてもじゃないが、君にそこまでの待遇を求める価値があるのか?」
「なんだと? 貴様、私を愚弄するのか!」
「貴族がどうのこうのと、親の威を振りかざすなら三流以下だ。 それに魔術を学びに来たのなら、貴族ではなく魔術師として君はそこに座っているはずだろ」
「……なにが言いたい!」
「ボクを認めないというのなら相応の実力を示したらどうだ、ということだよ」
「――――“撃ち抜け、美しき業火”!!」
その瞬間、プレリオンは隠し持っていた杖を構え、すかさず火球を撃ち放つ。
さすがにこの距離で外すほどの間抜けではないようだ。 まっすぐ跳んできた火球は迷いなく直撃し、僕の眼前で大きく爆ぜた。
「せんせ……!」
「騒ぐな、殺してはいない! 調子に乗ったな、馬の骨が」
「やあ驚いた、この期に及んで手加減する余裕があるとは」
焦げ臭い煙を振り払うと、いまだ杖を構えたまま硬直するプレリオンの間抜け面が拝めた。
今の火球で仕留めたつもりだったのだろうか。 ほんとに死んでいたら今ごろ大騒ぎだというのに、向こう見ずな奴だ。
「き、貴様どうやって……」
「不意打ちの判断はいい、だが魔術の内容としてはお粗末だ。 せめて使う術は相手に悟らせるな、無詠唱ぐらいは身につけてからやれ」
「なんだと貴様!?」
「それと僕の名前は貴様じゃない、これからものを教わる相手の名前ぐらい覚えられないのか?」
「おい、この私を侮辱するのもギャッ!?」
拳ほどの大きさにまとめた水球を放ち、プレリオンの目前で破裂させる。
避ける猶予と予兆はたっぷりと与えたつもりだが、それでもまともに食らった彼の顔は水浸しになった。
周りからも失笑が漏れている、どうやら彼は周囲から好かれる人間ではなかったらしい。
「今のが実戦なら死んでいたが、感想はあるか?」
「ふ、不意打ちとは卑怯な……!」
「やあ、鏡に向かって喋る趣味があるとは驚きだ、生徒のことを深く知れてうれしく思うよ」
「き、き、き……貴様ァー!!」
髪色以上に顔を赤くしたプレリオンが、自らの手袋を外し、こちらへ投げる。
水を吸った手袋は小気味よく飛び、ちょうど教卓の上にポトリと落ちた。
「おお、良い肩してる」
「バカにしやがって! 決闘だ、二度と私に逆らえないようにしてくれる!!」
「ち、ちょっとプレリオンさん! やばいってそれは……」
「黙れ、私が負けるとでも言うのか!!」
袖を引いて止めるコニスの進言も空しく、プレリオンは止まりそうにもない。
なんというか、ここまで想定通りに事が運ぶと逆に不安になってくる。
「まったく、そこまで言われては仕方ないな。 僕に全く利はないが、貴族様には逆らえない」
「黙れ! これはプレリオン家のグスターではなく、一人の魔術師としての決闘だ!」
「ほう、そうかい。 それなら僕が勝てば君には文句ひとつなく授業を受けてもらうぞ」
「望むところだ、貴様が負けたら一生奴隷としてこき使ってやる!」
――――――――…………
――――……
――…
「ひえ~……! あっちもこっちも広いなぁ!」
「いやー若い子が一緒だと仕事が早くていいね! 新人ちゃん、次は中庭に行くよ!」
「はーい!」
掃除用具を担ぎながら、先輩のおばちゃんについていく。
清掃員の仕事は楽じゃない、学生が多いとそれだけ床も壁も机も汚れていく。 それを新品みたいに綺麗な状態まで磨き上げなきゃいけない。
それも一部屋一部屋がゴージャスなサイズ感で、二人がかりでも掃除は大変だ。
「新人ちゃんはいつまで働くんだい? おばちゃんもこの年だと重いの運ぶの大変でねぇ、ずっと一緒にいてくれたらいいのにさ!」
「ごめんなさい、短期の約束でバイトしてて……あれ? おばちゃん、中庭って今人がいないはずですよね?」
「あたしゃまだお姉さんだよ! それに人いない間に清掃しようってのに……ありゃ? 連絡の行き違いかねえ」
掃除のおばちゃんと互いに顔を見合わせる。
外通路から見える中庭には、いろんな学年の生徒たちが人だかりを作っていた。
「なんだろ……私ちょっと様子見てきますね! すみませーん!」
「ちょっと新人ちゃん、貴族の子もいるんだから気を付けなよ!」
「はーい! 気を付けます!」
中庭に近づくと、人ごみの中心から黒い煙が上がっているのが分かる。
まさか火遊びだろうか? 周りに大人の人もいないし、止めた方がいいかもしれない。
「すみませーん! ちょっと避けて……」
「おや、モモ君。 こんなところでどうした」
「…………師匠? そちらこそいったいどういう状況なんですか?」
「ぐ、うぅ……ちくしょうぉ……!!」
急いで人だかりをかき分けると……その中央では、師匠が黒焦げの生徒の上に足を組みながら座っていた。




