小さな教師 ①
「クソッ、次こそは絶対に……!」
「もう、いつまで引きずってんですか師匠。 一口分けたじゃないですかー」
「一口だけな!!」
宿に戻ったその日の夜は、口惜しさに震えて眠れそうになかった。
余計な邪魔が入らなければ、何の問題もなく食事券の購入はできたはずだというのに。 覚えていろよ、ウムラヴォルフ・コニス……!
「けどこんなところでシュテルちゃんたちに会うなんて、奇遇ですよねー」
「まだ気づいていないのか、全部アクシオの策略だぞ。 こんな偶然があってたまるか」
「えっ、そうなんですか!?」
「まあコニスは偶然かもしれないがな、順番からして彼の方が先にアルデバランを出ただろうし」
シュテル君と僕を引き合わせる計画は、かなりアドリブが効いた内容だ。
なにせリゲルに飛ぶ予定を決めてから、聖女のフットワークはだいぶ軽い。 シュテル君の転入手続きも相当急いで進めたはずだ。
「師匠、どうするんですか? 相当恨まれてましたけど……」
「どうもこうもできないな、僕が彼の母親を間接的に殺したのは違いない」
「でも学園じゃ顔を合わせるんですよね、危なくないですか?」
「モモ君、僕があの程度の魔術師に後れを取ると思うか?」
「殴り合いの暴力じゃ負けると思います」
「なんてこと言うんだモモ君」
さすがに子ども相手に力負けするほど華奢では……ないと思いたい。
いざというときは、もろとも自爆する覚悟で魔力を暴発させるから実質的に負けはない。 セーフだセーフ。
「困った時は呼んでくださいね、私も清掃員として働いているので!」
「むしろ君が僕を呼ぶことの方が多くなりそうだな。 良いからもう寝ろ、明日も早いんだぞ」
明日から本格的に授業が始まる。 お互いに寝不足のままでは仕事になるまい。
まだ何か言いたそうなモモ君をしり目に、部屋に置かれた魔導ランプの灯りを消し、会話を強制的に切り上げた。
「あれ、ベッドはこっちですよ?」
「床で寝る、柔らかすぎてどうも落ち着かない。 無駄にいい部屋を用意したな、あのギルドマスター」
2つ分用意されたベッドは、安物の藁ではなく渡来人仕込みの実にふかふかとした代物だ。
一度寝転がってみたが、あまりに普段とかけ離れた新感覚に眠れる気がしなかった。
「えー、じゃあ一緒に寝ましょう! 私と一緒ならちょうどいい寝心地の悪さになるはずです!」
「断る、そのまま永眠してしまいそうだ。 君は気にせずそのベッドで寝ろ」
モモ君の誘いを袖に振り、床に薄い毛布を敷いて横になる。
これでもスラム時代に比べればマシな環境だ、屋根もあって雨風もしのげるとは涙が出てくる。
「うーん、どうやったら師匠と一緒に……zzz……」
「早いな……」
床に入って秒で就寝、毎回のことながらこの図太さに関してだけは見習いたいものだ。
……ただ、警戒心がないのは玉に瑕だが。
「外の連中、気づいていないとでも思ったか」
「…………!」
「やめておけ、どこの雇われか知らないがお前たちじゃ無理だ。 それともダメもとで仕掛けてみるか?」
「…………」
挑発に乗るほど安い頭じゃないか、外の気配たちは音もなく撤退していく。
この街に戻ってきてから暗殺者を雇われるような心当たりは、コニスの一件ぐらいしかない。
だが没落した今の彼に人を雇う余裕があるとは思えない、だとすれば……
「……しょうがない、自分で蒔いた種か」
――――――――…………
――――……
――…
「……それではライカ様、よろしく頼みます」
「ああ、泥船に乗ったつもりで待ってろ」
翌日の学園。 始業開始を知らせる鐘の音とともに、ギルドマスターが僕を送り出す。
少しだけ隙間の空いた教室の戸を開く……と同時に、頭上から落下してきたナイフの束を空気弾で弾き飛ばす。
弾いたナイフは運悪くコニスの座席に突き刺さったが、本人が小さく悲鳴を漏らしただけでケガ人はいない。 いやあよかったよかった。
「騒ぐな騒ぐな。 ひーふーみー……全員いるな? 学ぶ意欲があるのはいいことだ」
埋まっている座席の数と、手元の名簿を照らしわせる限り、欠席はない。
シュテル君とコニスを合わせて11名。 大仰な教室の割には人数が少ない気もするが、多すぎて面倒を見切れないよりはずっといい。
「ねえ、あれ昨日の」
「コニスの鼻をへし折った……?」
「プリンお化け……」
「おばあちゃんみたいな髪ー……転入生?」
図らずとも派手な登場になってしまい、教室中の視線が一気に集まる。
プリンお化け言ったやつは覚えておこう、いい度胸だ。
「お初に御目にかかる。 今日から臨時で君たちの授業を受け持つことになった、ライカ・ガラクーチカだ。 短い間だがよろしく」
「ぱちぱちぱち……!」
一応それなりに丁寧な礼を心掛けたつもりだが、拍手を返してくれたのはシュテル君だけだ。
他の生徒から感じる反応は困惑5割、拒絶3割、その他2割といったところか。
無理もない、見た目はほぼ同じ年齢の相手から学べと言われても、素直に応じられるとは思っていないのだから。
「…………おいおい、どうなってるのかなぁこの学園の教育は!」
そんなはっきりとした声にならないどよめきの中、初めに啖呵を切ったのは赤い髪の少年だった。
キザったらしく伸ばした髪を手で梳き、脚を卓上に乗せたなんとも態度の悪い格好で。
「私たちは最高の魔術教育を受けられると聞き、この学園に足を運んだんだ! なのにそこにいる白髪の小娘はなんだ!? バカにされているとしか思えない!」
「やあ、君はたしか……プレリオンだったかな?」
「プレリオン・グスターだ、覚えなくて結構。 我々は君から教わることなど何一つないだろう!」
プレリオン・グスター。 名簿の横にはギルドマスター直筆の「要注意」が刻まれている。
見るからにプライドが高く、増長している性格。 そして横には胡麻をするように引っ付いているコニスの姿も見える。
「……なるほど、こいつか」
今のコニスに人材を雇うような金はない。 万が一シュテル君に反旗を翻す可能性がある以上、アクシオも必要以上の金銭は握らせていないはずだ。
ならば昨日の刺客たちは誰が雇ったか。 簡単だ、金とプライドのあるやつの下につき、傷つけられた手下を演じてやればいい。
コニスの奴め。人の上に立つ器はなかったが、どうやら人の下につく才能はあったらしい。




