トライスターの街 ⑦
「…………む、もうこんな時間か。 モモ君、起きろ」
「zzz……はっ、ご飯の時間!!」
正午を知らせる鐘の音を聞き、隣で眠っていたモモ君を揺り起こす。
いつもに比べて寝覚めが早いのは感心だが、彼女が手にした本は冒頭の部分から全くページが進んでいない。 こいついつから寝ていた?
「僕らも昼にしようか。 すまないなギルドマスター、ずいぶん時間を潰してしまった」
「いえいえ、十分得のあるものを見せていただきました。 こちらのメモ書きはいただいても?」
「別にいいが、ただの落書きだぞ?」
ギルドマスターが手にしているのは、シュテル君に魔術を教えるために書いた簡単な走り書きだ。
水魔術を氷結に昇華するためのノウハウといえば聞こえがいいが、内容としてはこの館内にある魔術書に目を通せばわかる程度のことを羅列しているだけに過ぎない。
「とんでもない、魔術を扱う感覚をわかりやすくまとめ上げるのは一つの才ともいえる。 やはりライカ様は教師に向いておりますな」
「せんせ……もっと教えて……」
「後でな、後で。 この学園ではどこで昼食を?」
「歩いて5分ほどの距離に食堂がございます、ご案内いたしましょう」
「…………5分か」
「師匠、おぶっていきますか?」
――――――――…………
――――……
――…
「わー、学食ですね!」
「ユーリィ学園を建設した時には何名かの渡来人も協力してくださいました、この食堂も彼らのアイデアです」
「へえ、それは気になる話だな」
(モモ君の手を借りて)食堂に足を運ぶと、すでにいち早く駆け付けた学生たちが空腹を抱えて活気だっていた。
どうやら奥の魔動機に硬貨を投入し、食事と交換するチケットを購入できる仕組みのようだ。
「とりあえずメニューは一巡するとして……二巡目はどこまで食べても許されますかね」
「食料を食い尽くす気か君は、ほどほどにしろ。 席は僕が確保しておくからその間に注文を済ませておけ」
「せんせ……1日20食限定……デリシャスプリン、だって……」
「どけろモモ君!! 師より先に飯を食うなどずいぶん偉くなったものだな!!」
「醜いですよ師匠! 私だって食後のデザート食べたいです!!」
はたから見ればデザートの権利を奪い合う初等部と中等部の喧嘩だ、当然周りの目も引く。
そしてプリンのためならば誇り高き魔術の使用も視野に入った時、遠巻きにこちらの様子をうかがっていた学生が声を上げた。
「あぁー!!! お前、お前ぇ!!!」
「……ん?」
それが自分に向けられたものと気づき、声の聞こえた方へ振り返る。
視線の先にいたのは金髪碧眼の華奢な少年だ、なにやら僕のことを指さし、碧い瞳に憎しみの炎を燃やしている。
「師匠、知り合いですか?」
「いや、覚えがない……ような、覚えがあるような?」
「せんせ……あれ、コニス……」
「コニス? はて……」
「ウムラヴォルフ・コニスだ!! 忘れたとは言わせないぞ、白髪の女!!」
「う、うーん……」
「忘れるな!!!!」
ウムラヴォルフ、という名からアクシオやシュテル君の関係者ということは分かる。
だがこのコニスという少年は見覚えが……あるようでないような……
「師匠、この子もしかしてアルデバランのギルドで会ったご夫人と一緒にいた……」
「…………あぁー! いたな、そういえばいた!」
「貴様ァ!!」
ウムラヴォルフ・コニス。 たしかシュテル君の家庭教師兼護衛を務めていた際、僕を買収しようとしていたコズミキ夫人の息子だったか。
本人のインパクトが強くて忘れていたが、思い返してみればこんな顔の少年が膝……膝?に乗っていたような気がする。
「まさかこんなところで出会うとはな、それで何の用だ?」
「とぼけるな! お前のせいで母様は居なくなったんだぞ!!」
「師匠、この子もしかして……」
「……まあ僕らが教える義理もないな」
居なくなった、という言い方からして、おそらくコニスは母親の死亡を知らない。
正確に言えば僕らも死体は確認していないが、ほぼ間違いなく幽霊船の餌食になっているはずだ。
それに、たとえ生きていたとしてもシュテル君が後継ぎとなった以上、彼女たちに席はない。
「コニスは……私より先に、お父様がこの学園に転入させた……」
「なるほど、他の夫人から向けられる報復から逃がしたか。 一応アクシオも父親としての情はあったんだな」
「師匠、失礼ですよ」
「なにをこそこそと、お前たちのせいで僕の家は無茶苦茶になったんだ!! “遍く敵を焼き尽くす必滅の業火よ”……!」
「よせよ、こんな場所で火遊びなんて感心しないな」
コニスが構えた杖の先端に水球を飛ばすと、徐々に肥大化しつつあった火球が「ジュッ」と音を立てて消える。
詠唱破棄も短縮もできず、杖の補助があってこの収束速度か。 これはシュテル君に毒を盛ったのもうなずける、まともな後継者争いでは彼じゃ“ダメ”だ。
「なっ……!?」
「母親を想うというなら時と場所ぐらいは考えろ、君の振る舞いじゃ母親の程度も知れるぞ」
「くっ、この……! 覚えていろよ!!」
三下じみた捨て台詞を吐き、コニスは踵を返して逃げ出す。
食堂に来たということは彼も昼食時だったんだろうが、何も食べなくていいのだろうか?
「せんせ……イカす……」
「いや、つい喧嘩腰で対応したのは失敗だったな。 ギルドマスター、もしや彼も?」
「はい、初等部の生徒で……その、ライカ様の教え子となる方です」
「そっかぁ……気が重いなぁ」
周りから注がれる好奇の視線が痛い、コニス少年のよく通る声が食堂中に響き渡ったせいで、この騒ぎはほとんどの生徒に知られることとなっただろう。
今後の授業で顔を合わせるのが気まずい、彼もあの態度じゃまともに授業も受けてくれるかも怪しいところだ。
「……まあ過ぎたことを悔やんでも仕方ないか。 午後に向けて英気を養うぞ、そのためにもプリンを」
「あっ、ごめんなさい師匠。 私が買ったプリンで最後みたいです」
「僕のプリンー!!!」
結局目当てのプリンにはありつくことができず、午後へ向けてのモチベーションは最悪なまま、僕らは昼食を終えたのだった。




