トライスターの街 ⑥
「もしかして師匠が捕まった原因って女性関係だったりします?」
「いったい何股すれば1000年閉じ込められるんだよ」
30分、腕にかけられた鉄の錠を破壊するために要した時間だ。
あの牢獄の鎖ほどではないが、簡易的に魔力を乱す仕掛けまで施されていた。 シュテル君め、しっかり魔術師対策を覚えているじゃないか。
「ぐす……せんせ……またいなくなる……」
「あーあ、師匠が泣ーかせたー」
「今の出来事を見てその軽口が聞けるのかモモ君」
シュテル君が顔を手で覆い、さめざめと泣いた演技をしているが、その目から涙は一滴も出ていない。
むしろまだ何も諦めていない、肉食獣の目だ。 これから彼女と同じ教室でものを教えないといけないのか?
「やあやあお二人とも、お待たせして申し訳……おや? シュテル様、待ち合わせの時間はもう少し先では……」
「せんせが来るから、早めに……」
「左様でしたか。 いやはや、慕われておりますなライカ様」
「ははは、帰っていいかな?」
今更のこのことギルドマスターが戻ってきたが、まさかゴーレムへの登録とやらに30分もかかるとは思えない。
十中八九、アクシオとこのギルドマスターはグルだ。 この野郎すました顔をしやがって。
「師匠、ここまで来たら諦めましょう。 多分シュテルちゃんが逃がしてくれないですよ」
「じぃー…………」
背後から感じる視線の圧は、背中に穴が開きそうなほどに強い。
このまま逃げれば、今度こそウムラヴォルフ家の権力を存分に使って追い詰められる気がする。
「腹をくくるしかないか……だがシュテル君、手錠は開錠が面倒だから次からやめろ」
「わかった……もっと、精進する……」
「するなするな、君も学園に来たなら魔術の腕を磨け」
「んっ」
シュテル君が掌を突き出す。 だが今度は握手というわけではなさそうだ。
数秒凝視してると、その指先に小さな小さな水球が生み出され、肌を這うように転がり出す。
これはたしか、アルデバランで僕がシュテル君に課した課題だ。 しかもあの時僕が見せたものよりも難易度が高い。
「……学びに来たのは、嘘じゃないよ?」
「へえ? やはり君は筋がいいな、水魔術の素養も高い。 だが手癖で球を構成している節があるな、ここはもうすこし……」
「師匠って魔術のことになると早口になりますよね」
「なんてこと言うんだモモ君」
だが嬉しさを抑えきれなかったのは事実だ。 あの時の課題を覚え、こなしてくれたのは一時的とはいえ家庭教師冥利に尽きる。
思えば、今回の任務はあの時に中途半端となった家庭教師の続きみたいなものか。
「シュテル様、私はこれからライカ様に学園を案内いたしますが、良ければご一緒いたしますかな?」
「ん……行き、ます……」
「うーん、困りましたね。 そうなると私は師匠とシュテルちゃんのどっちを抱っこすればいいですか?」
「僕を抱きかかえるな。 そもそも君に頼らなくても自分の足で歩ける、あまり僕をなめるなよ」
――――――――…………
――――……
――…
「フゥー……! ハァー……!!」
「師匠、シュテルちゃんの前だから見栄張ってません?」
「も、問題ない……この程度問題ない……!」
すでに歩いて5時間は経過したと思う、さすがの僕も体力の限界が近いというものだ。
たまにモモ君が「まだ10分も経ってませんよ」などと恐ろしいことを言っているがきっと幻聴だ、僕は何も聞いていない。
「せんせ……飛んだら……?」
「こんなところで無駄な魔力を使っていられるかぁ……! 歩くぞ僕は……!!」
「はいはい、無駄な意地ですから倒れる前に担がれてくださいねー」
「やめろー! 離せー! 僕はまだまだやれるぞー!!」
「皆さま、着きましたぞ。 ここが我が学園の誇る大図書館です!」
モモ君に担がれながら運ばれていると、目的の場所にはあっさりと到着した。
学園の敷地にドンと建てられた図書館は、目測でもアルデバランのギルドより大きい。
扉や窓など侵入できそうなか所にあらかた何らかの防衛術も施されている、下手な要塞よりも強固な警備かもしれない。
「三重……いや最低でも四重か? 三下の魔術師なら解除しようと触れただけで消し炭だな」
「…………おみごと、一目でそこまで見破られるとは」
「これくらいできないと命に係わる修羅場も多かったからな、中にはそれだけ貴重な本がおいてあるのか?」
「ええ、知識は宝ですからな。 もちろん皆様には警備魔術が反応しないようにしております」
「話が早くて助かるな、中に入っても?」
「もちろんです、よろしければ何冊か借りていきますか?」
「それは閲覧してから決めようか、いくぞモモ君」
「うーん、私としては足が重くなる場所ですね……」
しぶしぶといった様子のモモ君を鞭打ち、重厚な扉を開くと、紙の臭いと圧倒的な量の本棚が僕らを出迎える。
アルデバランの図書館もかなりの規模だが、ここはさらなるスケールだ。
2階、3階建てのスペースをフルに使い、敷き詰められるだけの本棚を敷き詰めたと言わんばかりの圧。
蔵書も子供向けの童話や神話から高等魔術を分析した論文に至るまで、文句の付け所がないラインナップだ。
「これは……想像以上だ、本棚ごと何台か持っていけないかな」
「それって運ぶの私ですよね?」
「君なら余裕だろ。 まあ3割冗談だ、口惜しいが借りるのは数冊にしておこう」
「せんせ……楽しそう……」
より取り見取りの本たちに目移りしてしまう、これは選ぶだけでも一日二日じゃ時間が足りない。
ああ持ち出すのも億劫だ、いっそ就業期間中はここに住むか?
「……せんせ、氷の魔術……覚えたい……いい本、ある?」
「ん、氷結は水球操作より段違いに難易度が高いぞ? だが君のレベルならそうだな……」
「師匠、ご飯がいっぱい出てくる魔術ってあります?」
「ははは寝言は寝て言え」
案内してもらうつもりが、そのまま僕らはずいぶんと図書館で時間を使ってしまった。
食い入るように本を漁り、我に返ったのは昼時を知らせる鐘の音が鳴った時だった。




