トライスターの街 ⑤
「師匠の師匠……つまり私の大師匠じゃないですか、なんで教えてくれなかったんですか!?」
「君に教える必要があったか? 1000年前に死んだ人間のことなんて、教えたところで意味がないだろ」
「でも師匠にとって大切な人だったんですよね?」
「――――…………」
少なくとも、彼女は自分の人生を大きく歪めた功罪者であることには間違いない。
もしもあのスラムの片隅で出会わなければ、ライカ・ガラクーチカというガキの人生はあの日終わっていたはずだ。
だが彼女に振り回されたあの旅路が掛け値なしに幸せだったかと問われれば、間違いなくノーと答える。
「竜にケンカを売るわ、他人のもめごとは見つけ次第首を突っ込むわ、たまの収入は全部どこかで溶かしてくるわ酒は飲むわよったら鬱陶しいわ絡むわ吐くわ忘れるわ……」
「す、すごい人だったんですね……」
「それと、君と同じ渡来人だった」
「えっ……?」
「ただあの人に帰る意思はなかった。 これもまた人生なんてほざいて、この世界で気ままに生きていたよ」
嵐のように人を巻き込み、雲のように気ままにふるまうあの人の生き方は、ある意味人間として最も善い生き方だった。
あまりにも眩しくて、目をそらしてしまいたくなるほどに。
「……昔の話だ。 たしかにリゲルでも暴れたものだが、まさか像に仕立て上げられるほど語り継がれるとはな」
「興味本位で聞きますけど、そのときはいったい何をやらかしたんですか?」
「前にも話さなかったか? 国を潰した、他にもいろいろあるが詳細に話すと日が暮れる」
「わー、聞きたいような聞くのが怖いような……」
「藪をつついて蛇を出す必要はないだろ。 それよりそろそろ相槌を打っておかないと、ギルドマスターがすねるぞ」
「へっ?」
「…………と、いうわけで救世主様はお弟子の方とともに、悪王からこのリゲルを守ってみせたのです! お判りいただけましたかな?」
「えっ? あー……は、はい! とってもわかりやすかったです!!」
僕とモモ君が話し込んでいる間、ギルドマスターはこちらの会話に気づかないほどの熱弁を振るっていた。
あいにくその内容はすべて聞き流してしまったが、再度聞き返す必要もないだろう。
どんなに語り継がれた英雄譚にも負けない、本当の記録はこの頭の中に入っているのだから。
――――――――…………
――――……
――…
「ここがエントランスです。 少々お待ちいただけますかな、警備用のゴーレムにお二人の情報を登録してきますので」
「ほわー、セキュリティもしっかりしているんですね!」
「どうだか、ゴーレムの戦闘力なんてピンキリだからな」
正門から正面玄関までの道のりも長かったが、建物内部も相当広い。 今は授業中なのか、生徒も見かけないのでなおさらだ。
エントランスだけでも端から端まで何mあるやら、ここまで広いと生徒の移動も不便じゃないのだろうか。
「ゴーレムってコウテイさんや師匠が以前作った水の人形ですよね、私も作れますか?」
「手順さえ覚えればできるだろうが、君の魔力量だと手のひらサイズが限界だな」
「せんせ……なら、わたしは……?」
「そうだな、性能の底上げには腕も必要だが…………ん???」
自然と会話にまざってきたため、気づくのが遅れたが、なんだか一人多い。
ギルドマスターはまだ戻ってきていないというのに、この場にいるのは3人だ。
「せんせ……せんせっ、わたしは……?」
「…………モモ君、僕の幻覚じゃないよな?」
「……はい、私も見えます。 その、シュテルちゃんが」
いつの間にか僕の隣に立ち、袖を引いていたのは、あのアルデバランにいるはずのご令嬢。
魔結症を治療し、無事に奥方のもとへ送り届けたはずのウムラヴォルフ・シュテルだった。
「シュテル君……なぜここに?」
「ん、お父さんに頼んで……魔術の勉強」
無表情のまま、ビシッとピースを決めるシュテル君。 アルデバランの時と比べて若干活気が増したように見える。
考えてみれば彼女はウムラヴォルフ家の大事な跡取り、将来のために優秀な学園に送り込むことは不思議じゃない。
「せんせ、また会えた」
「ああ、そうだな……そういえば結局アルデバランではろくに別れも伝えられなかったか、こんなところで会うとは奇遇だな」
「いや、偶然ですかねこれ?」
モモ君の懸念もわかる、僕も本当に偶然の出会いとは思ってはいない。
ギルドマスターの件も含め、全部アクシオの仕組みだろう。 あいつ、自分の娘が可愛くて僕を誘導してきたな?
「明日から入学で……今日は、ここで待ってろって」
「入学前の案内か、顔見知りがいるのは幸いだな。 明日から僕もやりやすいよ」
「……せんせが、私のせんせになるの?」
「ああ、いろいろと事情があってその予定だ。 明日からよろしく頼むよ」
「…………せんせ。 手、出して」
「ん? ああ、握手か。 悪いね、気が付かなくて」
再開を祝して握手が求められていると思い、何の気なしに片手を差し出す。
しかし次の瞬間、差し出した腕には分厚い鉄の手錠が掛けられていた。
「……………………んんー?」
「……せんせ……黙っていなくなった、から……」
「シュテル君……シュテル君? シュテル君???」
「えへへ、これでずっと……一緒、だね?」
シュテル君が手錠を嵌めた僕の手を握り、自分の頬に当てて愛おしそうに微笑む。
気のせいかその瞳は、眠たげというよりもどことなく暗く淀んで見えた。
「師匠ってあれですよね、将来的に痴情のもつれで刺されて死んじゃいそうですね」
「なんてことを言うんだモモ君」




