トライスターの街 ③
「ここか、わかりやすくて助かるな」
「アルデバランのギルドに比べるとちょっと小さい気がしますね?」
魔術区域を歩いて数分、目的地である冒険者ギルドへと到着する。
モモ君の言う通り、建物自体はアルデバランのものと比べて規模こそ小さいが、この街には3つの区域にそれぞれギルドが設置されているのだ。
合計でかかる維持コストを考えれば、両者の街に大した違いはあるまい。
「ここなら大抵の情報が広く浅く入ってくる、君の状態について何か手掛かりがあればいいが」
「考えるよりも動きましょう! たのもー!!」
「だーから君はそうやって無鉄砲に……」
モモ君が景気よく扉を開くと、ガランガランとドアベルが鳴り響き、店内の視線が集中する。
街の柄がよく表れているのか、ギルドに集まっている客もまた魔術師が多い。 そして冒険者業なんて務めている連中の性か、皆人相が悪い。
「へっへっへっ……なんだ嬢ちゃん、迷子かぁ?」
「へっへっへっ……ここは子供が来るところじゃあねえぜぇ……」
「へっへっへっ……ちなみに本当に迷子ならここでて右に折れたところに衛兵の詰所があるからな、声かけてみろ」
「へっへっへっ……魔術区域は複雑だからなぁ……観光か? 俺たちでよければ案内するぜぇ……」
「師匠、いい人たちです!!」
「あーはいはいそうだな」
のんきなことをほざいている阿呆は無視し、奥のカウンターへギルドカードを提示する。
年若い女性ばかりが受付をしていたアルデバランとは異なり、リゲルの窓口は老若男女が幅広く対応していた。
「三ツ星冒険者のライカという、アルデバランよりやってきた。 しばらくリゲルで厄介になると思うのでよろしく頼む」
「ようこそお越しくださいました、ではギルドカードを拝見…………アルデバランからいらした、ライカ様で?」
「ああ、その通りだが何か問題が?」
「い、いえ……確認いたしますので少々お待ちください」
担当していた男性職員がそそくさと奥へ引っ込んでいく、ギルドカードに不備があったのだろうか。
それとも僕自身に何か問題があったか。 いや、だがアルデバランで悪評が広まるような真似は何も……
「師匠、何かトラブルですか?」
「……さては君か!」
「状況は分からないですけどすごい言いがかりでは!?」
「お待たせしましたー!!」
今まさにモモ君へ詰め寄ろうとした瞬間、受付の奥から風のような速度で老年の男がやってきた。
風のような、というよりも実際風魔術で加速して跳んできたのだろう。 こんな室内で危なっかしい真似をする。
「リゲル支部ギルドマスターのミンタークと申します、五つ星級冒険者のライカ様でお間違いないでしょうか!?」
「ああそうだ……五つ星?」
「お願いしますアルデバランの救世主様ー!! どうか我らの学園をお救いください!!!」
「………………は?」
それは見事な土下座だった。
受付の狭いスペースで足のバネだけを使い、大きく跳躍。 そのままカウンターを飛び越し、平伏した姿勢のまま着地。
当事者でなければ拍手とおひねりすら投げたかもしれない、美しい放物線を描いたジャンピング土下座だった。
「……よし、出直すぞモモ君」
「お待ちくだされ! 話だけでも、なにとぞ話だけでも!!」
「師匠、困ってるみたいですし聞くだけ聞いてみたらどうですか?」
「いやだ、これ以上面倒ごとはまっぴらごめんだ」
「まあまあまあ、ちょっと話を聞くだけですから」
「お茶菓子も用意してありますので、どうぞ奥の部屋へ!!」
「おい待て押すな離せやめろ! はーなーせー! はーなーせー!!!」
――――――――…………
――――……
――…
「教員不足ぅ? 向いてるやつを雇え、以上」
「適任が……適任があなたなのです……!」
結局モモ君の腕力とギルドマスターの懇願に負け、聞かせられた話はなんともお粗末なものだった。
「この魔術区域では子供たちに魔術を教える学園を運営しております。 需要の増加に伴い、今年度より新たに初等部のクラス数を増加したのですが……」
「教職員が追い付かない、と。 先見性がないだけでただの自業自得だろ」
「違うのです、これには魔法区域と魔導区域による卑劣な罠が……!」
「もしかして教師の人が襲われたとか……」
「高額の報酬を条件に引き抜かれました……! 未来ある子供に魔術を教えるやりがいのある仕事だというのに!!」
「帰るぞモモ君、どう考えても自業自得だ」
「お待ちくだされ、お待ちくだされ!!」
部屋を出ようとすると、土下座の姿勢を維持したままギルドマスターが扉の前まで回り込む。
魔術の無駄使い……いや魔力の気配がない、どんな足さばきで滑り込んできたんだこいつ。
「ただの教員ではだめなのです、初等部の子供たちは……貴族の方々が多く、並大抵の教鞭では……その……」
「嘗められる、か。 それなら冒険者なんて相手にもされないだろう」
「いいえ、アクシオ殿からお噂はかねがね聞いております」
「あの腹黒当主……!」
アルデバランを発つときに多忙とやらで声をかけられなかったが、裏でリゲルと連絡を取っていたのか。
まさかアクシオの奴、僕たちがリゲルに向かうと知って厄介ごとを押し付けてきたな?
「アルデバランの救世主様ならば親御様の方々もご納得いただけるはず、ですのでどうか……!」
「くどい、僕は手伝わないぞ!」
「学園に併設された図書館には貴重な蔵書も多数そろえてあります、依頼を引き受けてくださるならばご自由に閲覧してもらってかまいません!!」
「……貴族に関わりたくはない、それだけじゃまだリスクが勝つな」
「師匠ぉー、ギルドマスターさんも困っているみたいですし、依頼なら引き受けても……」
「秘蔵の茶菓子も贈呈いたします、より取り見取りですぞ!」
「………………ふぅー、人間助け合いが肝心だな。 困っている人間は見過ごせない、そうだろうモモ君?」
「どの口で言ってんですか師匠」
どんな時でも捨てきれないのが人情というもの、ここまで頼み込まれたら良心も傷んでしまう。
かくして、僕たちはギルドマスター直々の依頼を快く引き受けることとなった。
……モモ君が若干白い目でこちらを見ていたのは気のせいだろう。




