トライスターの街 ①
「見えてきましたよ、あれがリゲルです」
「うわぁー、おっきい! ……けどなんか三つに分かれてますね?」
飛行艇から見下ろしたリゲルの街は、自分が知る古い記憶よりもずっと規模の大きいものだった。
そしてモモ君の言うように、城壁で円形に囲われた町景色は、さらに内部を三等分するように壁で区切られている。
「リゲルは魔法魔術魔導の研究が盛んということは話しましたね? ですが3勢力のトップが喧嘩しているんです」
「内部分裂か、よく今まで街の体裁を保てたな」
「平和な現代だからこそです、それに2つの勢力が互いに睨みを利かせているので治安はいいんですよ?」
「薄氷の平穏だな、どこか一勢力が増長すればろくなことにならないだろ」
「師匠、私にもわかるように話してほしいです」
「3匹の獅子が互いに相手の皿に乗った餌を狙ってる」
「なるほど!」
治安がどうなろうと住民ではない僕らには関係ない話だが、せめて用事を済ませるまでは平和であってほしい。
それでも、悪目立ちしない限りは向こうもわざわざ部外者に絡むような真似はしないと思うが……
「………………不安だな」
「? 師匠、私の顔に何かついてます?」
横に立つトラブルメーカーのとぼけた面を拝みながら、僕はこれから訪れるであろう災難に半ばあきらめの感情を抱いていた。
――――――――…………
――――……
――…
「ロッシュ様、遠路はるばるようこそリゲルへお越しくださいました!」
「歓迎は不要です。 すぐに荷下ろしを始めてください、不足分のポーションを積んでまいりました」
「はっ! 直ちに!」
予定していた地点に飛行艇を下ろすと、この街に住まうアスクレス信徒が整列し、聖女を迎え入れる。
頭数でいえばアルデバランの信徒よりも少ないが、感じる魔力の質は全体的に高い。
3つの区域に分かれて切磋琢磨しているだけのことはある、個々の実力は研ぎ澄まされているものだ。
「師匠、ポーションって?」
「枯渇した魔力を活性化させる霊薬だ、治療用の魔法行使に必要なんだろ」
重傷を負った患者を治すための魔力が足りない、というのは治療の現場であってはならない。 人を救うことを信条としたアスクレスなら当然の備えだろう。
到着する前に自分もちらっと確認したが、不純物も少ないなかなか質のいいポーションだった。
だが、そんなものを運び込む必要があるということはそれだけけが人が多いということになる。
「神父様、またトゥールーの連中が表通りで殴り合いを!」
「またかあの電気ネズミどもが!! 全員昏倒させて担ぎ込め、骨の10本や20分折ってもかまわん!!」
「ば、バイオレンスですね」
「敵対宗派なのに治すのか、放っておけばいいものを」
「けが人病人に分け隔てなく救いの手を、それが我らがアスクレス様の教えです。 加えて、話を聞くにはちょうどいいタイミングではないでしょうか?」
「たしかにそうだが……」
「というわけで招き入れましょう、煌帝」
『あい仕った!』
話は聞いていたのだろう。 聖女が名を呼ぶと、荷下ろしを手伝っていたゴーレムがすぐに駈け出す。
『ではしばしロッシュ殿のことを頼むでござる!』
「大丈夫だ、火口に放り込んでも死ぬような人間じゃないだろ」
「さすがにそれは5分と持たないですね」
「5分は持つんですねぇ」
――――――――…………
――――……
――…
『というわけで捕獲したでござる』
「ぬぅッッ!! 鋼の塊も砕けぬとはなんたる不覚ッッ!!!!」
「しかしその肉体、洗練と精錬を重ねた玉鋼……肩にちっちゃい竜を載せてるのかいッッ!!!」
「濃いなあ」
「濃いですねえ」
鉄鎖で縛られたまま運ばれてきたのは、見るからに殴り合いの最中でしたと言わんばかりの流血&青あざを作った二人の巨漢だ。
このありさまは喧嘩というよりも死闘に近い、腕は明後日の方向を向いているし鼻もひしゃげている。
「はいはい、治すので大人しくしてくださいね。 煌帝、骨折箇所固定」
『承った』
「くッッ!! 軟弱なアスクレスの施しを受けるなど……殺せッッ!!!」
「モモ君、なんだか無性にあれをぶん殴りたくなってきたんだが」
「駄目です師匠、大人しくしましょう」
むさくるしい男どもが鎖に巻かれて抵抗する様はなんとも見苦しいものだ。
しかしそこはさすが聖女。 慣れた手際で治療を進め、視覚的地獄は数分で完治へと至った。
「処置完了です、まだ接合した骨はもろいので激しい運動は控えるように」
「これは……兄者ッッ!!」
「応ッッ!!! これで再び心行くまで殴り合えるわッッッ!!!!」
「ロッシュさん、駄目ですロッシュさん! 鈍器で殴ったら人は死んじゃいます!」
「殴りたくなる気持ちもわかるが落ち着け、聞きたいことがあるんだろ」
「聞きたいこととな!? ならばこの筋肉がお答えしようッッ!!!」
すると巨漢どもは自らを縛り付ける鎖を、筋肉の膨張だけでちぎり飛ばす。
いよいよもって人間か怪しくなってきた、トゥールーの連中はこんなのばかりか。
「我らが信ずる雷闘神は強き者こそが至高ッ!! つまり筋肉であるッッ!!」
「バベルの不具合か、やつらが何を言ってるのかわからん」
『つまるところ腕っぷしが強くなければ断ると駄々をこねているだけでござる、ここは某が……』
「ここは神聖な教会です、暴力沙汰は認めません」
「それなら腕相撲ならどうですか? この木箱借りますね!」
モモ君はすでに荷出しが終わった木箱を持ち上げ、巨漢たちの目の前にズンと置く。
そしてそのまま対面に坐すと、「かかってこい」と言わんばかりに自らの腕を木箱の上へ構える。
「ほう、トゥールー・アーム・デスマッチの儀を知る者がいるとは……」
「血が滾るな兄者よ……」
「えっ、こっちの世界の腕相撲ってそんな殺伐してるんですか?」
「トゥールーの馬鹿どもが勝手にそう呼んでるだけだ、大丈夫なのかモモ君?」
「わかんないですけどやってみます! 喧嘩よりこっちの方が平和ですから!」
本人は何も考えてなさそうだが、モモ君の膂力なら無謀な挑戦にはならないだろう。
力こそが正義と謳うトゥールーの教義に従うなら、たしかに簡単な力比べで負かしてしまうのが手っ取り早い。
「ほう、小さいながら見事なパワーだ……相手になろう、娘よッ!」
「よろしくお願いします、私が勝ったらロッシュさんたちの言うこと聞いてくださいね!」
自信満々に木箱の台に肘を載せる巨漢。 モモ君の腕と比べるとまるで巨人のようだ。
だがその後、秒殺でなぎ倒されたのは2人の巨漢の方だった。




