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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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ようこそエルナトへ ①

「まったく、君は常識ってものがないのか!」


「ごめんなさぁい、でもおかげであっさり抜け出せたんだから良いじゃないですか」


 あの村でライカさんへの弟子入り宣言をした後、ロッシュさんはあっさりと身を退いてくれた。

むしろ快く見送ってくれたほどだ、昨日の出来事が悪い夢だったんじゃないかと思えるほどに。


「うーん、でも何が目的だったんでしょうか。 私をスカウトしてもただの女子高生ですよ?」


「君に宿った力が目的かもな、薬物漬けにして戦場に放り出せば十分な戦力になるだろ」


「ひえっ」


 そうだった、私にはこの髪の毛をピンクに染め上げたにっくき力が宿っている。

屋根より高く飛び上がれるし私よりもずっとでっかいコウテイさんも持ち上げられるびっくりどっきりスーパーパワーが。

おかげで師匠をいくら背負っても全然疲れないけど、それはそれとしてやっぱり勝手に髪の毛を染めてくれたことは許せない。


「や、やっぱりロッシュさんに着いて行かなくて正解だったかも……」


「まあ僕の勝手な予測だけどな、もしかしたら貴重な人材として手厚い待遇を受けていたかもしれない」


「それでも戦いに引っ張り出されるなんて嫌ですよ!」


「なんだ、君がいた世界には争いがなかったとでも?」


「そりゃまあ……世界のどこかに戦争はありましたけど、私が元居た日本(くに)は平和でした」


 社会の授業中はよく寝ていたので自信はないけど、それでも毎朝のニュースで悲しい知らせはよく見かけた。

だけどそれはあくまでテレビや本の中の話で、自分が戦争に巻き込まれるなんて想像したこともない。


「……そうか、実に羨ましい話だ。 それとそろそろ前を向かないと転ぶぞ」


「はい! ……あ、師匠! 見えてきましたよ!」


 雪で覆われた丘を越えると、開けた視界の先に目的の街が見えた。

石で出来た壁にぐるりと覆われ、大きな門をドンと構えた立派な都市だ。

昔、なにかのテレビ番組で似たような街並みを見たことがある。 たしか城塞都市というものだ。


「すっごい大きな街ですね、あれがエルナトですか?」


「行ってみればわかる事だ。 しかし……随分と無防備な街だな」


「そうですか? 立派な壁で守られてますけど」


「対空装備が一切ない、あれじゃいくら城壁が硬くても魔術師の侵入を簡単に許すぞ」


 石壁の上には当然屋根なんてものはない、たしかに魔術を使って飛べるならこっそり忍び込む事は出来るかもしれない。

だけど遠目に見ても壁の高さは相当ある、それともあれぐらいの壁なら簡単に飛び越えられるものなのだろうか。


「まあ僕の知らない間に何かしらの革新があったのかもしれない、とにかく門の所まで行ってみるか」


「あいあいさー! 二時間も歩きっぱなしですからね、お腹空いたなー」


「君の食費もどうにか考えないとなぁ……」



――――――――…………

――――……

――…


「なあ、早く何とかしてくれよ! このままじゃ荷物が全部だめになっちまう!」


「だから応援呼んでるから待ってろって、ああこら飛び込もうとするな危ない危ない!」


「……ん? モモ君ストップ、なんの騒ぎだ?」


 街に続く橋の上で何やら言い争う男たちの声が聞こえ、モモ君の背中から様子を覗き込む。

すると商人らしい恰幅のいい男が、なにやら焦った様子で衛兵に詰め寄っていた。

彼らのそばには車輪が破損して傾いた荷車と、周囲に散らばった木箱も見える。


「あのー、すみません。 これって何の騒ぎですか?」


「ん? ああ、そこの男が入門の手続き中に荷車が壊れちまったみたいでな。 その衝撃で荷物がいくつか下の堀に落っこちちまったんだ」


「ほえー、うわー深いですよ師匠!」


「あまり覗き込むなよ、僕らまで落ちたら笑えない」


 都市防衛のためか、城壁の周りにはかなり深い堀が作られている。

これでは下に降りて荷物を回収するのも難儀だ、中身は分からないが商人の様子を見る限り、水を吸ったらダメになる品物らしい。


「暴れたってどうしようもないってのになぁ、あいつのせいで俺らまで街に入れなくて迷惑してんだよ」


「なあ、東門の方に回ろうぜ。 ここで待ってるよりは早いよ」


「そうだな、面倒だがもう少し歩くか。 嬢ちゃんたちもこのまま待ってたら日が暮れちまうぜ」


 このままトラブルの解決を待っていても埒は開かないと見て、2人組の旅人は足早に立ち去っていく。

他にも追従してこの場を去るもの、長期戦になるとみてその場に座り込むもの、イラつき今にも商人に食って掛かりそうなもの、様々だ。


「どうします師匠? 反対側まで回ってみます?」


「いや、余計な手間を掛ける必要はないぞ。 荷物さえ回収できればいいんだろ」


モモ君の背中を降り、改めて橋の下を覗き込む。

荷台の位置からして落下地点はだいたい絞り込める、あとは距離の目測と細かい調整さえ合えば……


「……よし、決めた。 “水柱よ、うねりを上げろ”」


 出力の調整を決め、詠唱を完了すると、静かだった堀の水面に波紋が生まれ始める。

そして次第に大きく歪みだしたそれは、次第に渦を巻きながら垂直に伸び上がってきた。


「ん……? うわ、なんだ!?」


「おーい、そこの商人君。 荷物ってのはこれで全部か?」


 あっという間に橋と同じ高さまで上昇した水柱は、巻き込んだ木箱を橋上に吐き出す。

表面の木材は大分水を吸っているが、梱包がしっかりしていれば中の荷物はまだ無事だろう。 流石にそこまでは面倒を見れない。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……こ、これで全部だ! ありがとうお嬢ちゃん、一体何が起きたんだ!?」


「さてな、礼なら順番を譲ってもらってもいいか? 行きずりの同行人が腹を空かしていてね」


「ししょ~、同行人じゃなくて弟子ですよでしぃ~」


 すでにモモ君の腹からはグルグルと唸り声のような音が聞こえる。

朝も十分食べていたと思うが、一体あれだけの食料がどこに入っているのやら。


「ああ、それぐらい構わないがあらためてお礼を……」


「結構だ、先を急ぐ。 衛兵君、何か手続きが必要なのかい?」


「お、おう。 あんたら身分証持ってるか? 持ってなきゃ通行税と仮発行手続きが必要になるが」


 身分証、そんなもの当然持っていない。

隣のモモ君に至っては渡来人だ、二人そろって通行税が必要になるわけだが……金がない。


「モモ君、何か金目のものはないか? 珍しいものがあるならそれで支払うしかないぞ」


「えっ? 師匠の分のカロリーバーなら……」


「それだけは駄目だ!!」


「あの……良ければこちらで立て替えますが?」


 今度は僕たちが良い争いを始めると、先ほどの商人がおずおずと話しかけて来た。

なるほど、たしかに裕福そうな恰幅の彼なら1人2人分の税金ぐらい支払う余裕があるのだろう。


「だが……いいのか?」


「お嬢ちゃん達がいなければ大きな損失だったんだ、これぐらいなんてことない。 それでいいかな?」


「本人たちが納得してるなら問題ないぜ、良かったな嬢ちゃん」


 衛兵が了承すると、商人がすぐに懐の小銭入れから銀貨を何枚か手渡した。

荷車の件で騒いだ迷惑料も入っているかもしれないが、それでも決して安くはない金額だと思われる。

なるほど、人助けはしてみるものだな。


「それじゃこの木版に名前を書きこんでくれ、両親はいないのか?」


「残念ながらとっくに他界しているよ」


「私もちょっと異世界(とおいところ)に居るので……」


「そうか……悪い、嫌なこと聞いちまった」


 はたから見れば若い娘の2人旅だ、変な想像を懐いても仕方ない。

戦災孤児にでも思われただろうか、それならそれで余計なことを聞かれないので好都合だが。


「よし、書けたがこれでいいか?」


「ああ、あとは血を一滴木版に垂らしてくれ。 それで手続きは完了だ」


「ち、血ですか!?」


 なるほど、妙な気配を感じてはいたがあの木版は何らかの契約術式か。 

ただ僕はともかくモモ君がしり込みしてしまっている、ただ一滴だけでいいというのに。


「ほら、手を貸してみろ。 指先をちょっと刺すだけだ、一瞬だけ我慢しなさい」


「ひ、ひぃー! 痛くしないでくださいね……!」


 衛兵から細いナイフを借り、2人分の血を木版へと垂らす。

すると血はあっという間に木の内部へと染み込み、表面に書き込んだ自分達の名前が一瞬発光した。


「ほい、これで手続きは完了だ。 この木版はなくさないように持ち歩いてくれ、ようこそエルナトへ」


「ほら、いくぞモモ君。 いつまで眼を瞑っているんだ」


「ううぅぅ……師匠、身分証作りましょう……何かあるたびに血が必要なら私耐えられません……」


「それなら大通りを真っ直ぐ言った突き当りのギルドに向かいな、衛兵のハガルから紹介されたって言えば悪くは扱われねえさ」


「ありがとう、余裕があれば立ち寄るよ」


 手を振る衛兵と商人たちに別れを告げ、いざ開け放たれた城門を潜る。

この門の先にあるのがエルナト、僕が知る1000年後の街。

今はなにもかもが足りない状況だ、とにかく必要なのは……


「師匠、お腹が空きました……」


「……とりあえず飯だな」


 十分な食料と、あとは金だ。

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