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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第三章 忍者ムササビ
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063 モリタ・ミズグチ挟撃戦

「コイツの思惑に乗ったまま、真っ直ぐに突き破るぞ…っ!!」

『『カナタ…!!』』


 震えるその声に、苦渋の決断であることをサナは悟った。故に、何も反論せず、ただ支えることを誓ってモニタを睨みつける。

 罠であると、オミには確信があった。だが、カナタは食い破ると言ったのだ。ならばと、敵の思惑を看破するため思考をフル回転させる。


 そんな二人に背中を押され、カナタの機動がさらにキレを増した。

 目前に迫るビルの果て。1m幅の奈落と、胸丈の柵が迫る。

 完璧な歩幅調整を経て、滑らかに踏み切ったカナタは、手もつかず、背を下に横向きになり、膝を抱え込みながら一回転して柵を越えた。それは、サイドフリップと呼ばれる宙返りの一種だ。足を振り上げず体をコンパクトにまとめるため、回転が速い。障害物に接触もしないため、ブレーキも最小で済むのだ。鮮やかにビルを渡った後は、何の停滞もなく勢いそのままにトップスピードを維持していた。


(だから、命知らずにも程があるって…!!)


 後を追うミズグチが、ムササビの機動にまたもや戦慄した。25mの高空で足場を見ないアクロバットなど、正気の沙汰ではない。

 それは流石に初見じゃできない、と。無理をせず、柵に左手をついて横振りに跳び越える。


 柵に囲われた屋上。その上を、最速でカナタが駆ける。

 離されまいと、ミズグチが銃を下ろして全力で追う。


 しかし、回避行動のない直線では、僅かにカナタの方が速い。二人の差が徐々に広がる。当然、さして広くない屋上の端は、すぐにカナタの前へと迫った。


(さぁ、本当にやるのかな?ムササビ君!)


 どう越えるかなんて、考えられる手は一つしかない。だが、それを実現するには、異常な能力がいくつも必要だ。

 全力疾走中における歩幅と助走の精密調整。

 一瞬で着地点までの距離を見切る目。

 狭い柵上を十全に踏み切る運足。

 高所に怯まぬクソ度胸。


 そしてカナタは、当然の如く、何ら危なげなく。




 それらの能力を魅せつけた。




 全力助走の後、柵の手前にあった空調の室外機、次いで柵そのものを踏み台に、6m離れた向かいのビルへと、一切の停滞も躊躇ためらいも無く、完璧な跳躍を敢行した。

 助走の勢いを十全に飛距離へと変換したカナタは、見事な空中姿勢で以て宙を舞う。

 踏切位置は、確かに手すり分だけ着地点より高い。だがその分、踏切と助走の難易度は、ただの走り幅跳びの比ではないのだ。それでもカナタの身は、確実に届くであろう完璧な放物線を描いていた。

 それを容易くやってのけるムササビの身体能力に、ミズグチは年甲斐もなく高揚した。初めて生で見る人外の機動力に、肌が粟立あわだつ。


 同時、想定通りの展開に、ミズグチの口角が吊り上がった。

 元よりミズグチの追走は、ここで終了の予定だったのだ。



(上手いこと頼みますよ、モリタさん)



 ミズグチが、最後の仕掛けに思いをせると同時。

 向かいのビルにある貯水タンクの陰から、大柄で筋肉質な男が、ゆっくりと姿を現した。






 ビルとビルの間を滞空中のカナタは、渡る先のビルに現れた大男を認識した瞬間、着地後の予定を即時変更。そのまま駆け出すつもりだったが、敵の佇まいと彼我の距離を見て危険と判断し、一度仕切り直すことを選んだ。

 屋上の角に両足で接地した瞬間、膝と腰をクッションに、跳躍の勢いをすべて吸収した。流れのままに重心を接地点の真上まで持ってくると、完璧に静止。前傾だった上半身を真っ直ぐに伸ばし、30㎝ほどの幅と脛ほどの高さがある屋上の縁で仁王立ちとなった。

 10mほどの距離をおいて、最後の敵と対峙する。


 筋骨隆々のラガーマン。モリタと呼ばれていた、敵の指揮官だ。カナタがこの男を目にするのは、都合4度目。今までは、あまりの顔の怖さに、それ以外に気を向ける余裕など無かった。だが、それなりに修羅場をくぐった今なら分かる。


(コイツも、大概ヤバい…っ!)


 ガタイが大きく、腕も足も極悪な筋肉を纏っている。太いせいでそうは見えないがリーチも長い。銃は持っていないようだが、肉体だけでも十分に凶器だった。

 その上、佇まいにも隙がない。重心は安定していて、足捌きも滑らかだ。他のヤクザとは比にならないほど荒事に慣れている。


(どうすりゃいい…!?どう切り抜ける…っ!?)


 現状は最悪に近い。新しい情報をろくすっぽ手に入れられないまま、明らかに格の違う強敵に前後を挟まれている。


 後ろに迫る優男は、どの距離でも脅威だろう。何をしてくるか読めない、高レベルでまとまったバランスの良さが恐ろしかった。その上、カナタについて来れるだけの身体能力もある。逃げ切るには一番厄介な相手だ。

 対し、目の前のラガーマンは近距離がとにかくヤバい。逃げるだけならどうとでも出来るが、立ち向かうとなると話は別だ。ガタイだけではない、確かな身体技術を感じた。この男の間合いは、間違いなく死地である。


 震えるカナタを尻目に、後ろのビルでは優男が端まで辿り着いていた。既に銃を構えており、先ほどと同じく寒気がするほどの圧を、背中にピリピリと感じている。

 その上、先に撒いて来たヤクザ達も、いずれ何人か追い付いてくるだろう。どう動くにしても急ぐ必要がある。

 しかし、問題はその仕掛け方だ。


 前門のラガーマンを気にかけながら、後門の銃も躱さねばならない。

 その難題に、カナタの顔が恐怖と焦りに歪む。



 瞬間。



『カナタは前に集中して。必ず見極めてみせるから』



 響いたサナの綺麗な声に、心が奮い立った。



『この位置なら外せば味方に当たるわ。カナタが動き出せば、そう簡単には撃てないはずよ』

「…貧乳のくせになんでそう男前なの?いや、乳が無いから男前なのか?」

『集中しなさいってば!』


 サナの突っ込みに、急速に落ち着いたカナタは、マスクの下で柔らかく口角を上げた。


「…してるよ。二人のおかげだ」

『…カナタ?』


 僅かな間をおいて聞こえた静かな声に、サナは寒気がした。その声色から、とてつもない覚悟を感じたのだ。


「一人じゃないってのは、ここまで力になるんだな」


 口ごもるサナを知ってか知らずか、カナタが目を伏せ、重ねて呟いた。


 当初のプランは、既に瓦解している。カナタの視界に、後ろ左右の映像は既にない。前方以外の情報は得られないのだ。

 しかし代わりに、その映像はサナが常に監視していた。過不足ない指示を出し、想定以上のセンサー役を果たしている。

 極限の緊張からなる疲労は、酸素の補給で回復済みだ。適宜相談できるブレーンまで居る。

 そして、耳元で聞こえる少女の声が、折れかける度にカナタの心を支えてくれた。


 こちらの戦力は、当初の想定以上の域にある。その確信を胸に、カナタは目を開ける。

 徐に縁を降りたカナタは、3歩ほど歩み出た。


 ゆっくりと動き出した画面からその意を汲んだ姉弟が、戦術を定めたであろう少年へと声をかける。


『横のステップを大きく取り過ぎちゃダメだよ。あえて射線を重ねてるってことは、左右への牽制が目的なんだ。ラガーマンの正面から外れたら狙われかねない』

『それに後ろの金髪の人、異常なくらい正確に銃の向きを調整してくるわ。当てる気が無いのは不気味だけど、頼るわけにもいかない。この距離で流れ弾の心配なく狙い撃たれるのは危険よ』

「…つまり…」


 オミとサナのアドバイスに、カナタは軽く頷いた。足を止めて顔を上げ、行く手を塞ぐ巨躯を睨みつける。



「目の前のこいつを抜けていくしか、道は無い訳だ」



 逃げ切るなら後退より前進が優位だ。そのためには、死地と判断したモリタの間合いを踏破せねばならない。

 即ち、身体能力による真っ向からのゴリ押し。


 それは、カナタが最も得意とする脳筋戦術だった。



「後ろは任せたサナ。お前の声以外、一切を意識から断つ」

『うん』


 その前提にあるのがサナの存在だ。彼女無くして、前だけに集中することなどできはしない。耳元でささやかれる声に、まるで背中合わせのような安心感を感じる。

 一方で、改めて信頼の言葉を受け取ったサナは、自身の役割を強く自覚し、静かに視覚情報へと集中した。


 晴れ渡る空。

 照り付ける日差し。

 陽光を淡く反射するコンクリートの建造物群。


 湿った夏風の抜ける大都市の高空で、冷や汗を流しながら、カナタが歯を剥く。




「ぶち抜くぞ。ラガーマン」




 屋上の中央に陣取る巨漢を見据え。

 小柄な忍者が、全神経を集中させた。


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