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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第三章 忍者ムササビ
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062 精神的敗走

「ここから先は通行止めだよ」


 そう言ってウィンクしたチャラ男に、カナタの肌が粟立った。

 妙に様になるその仕草。それを男から向けられる不快。普通なら「キモい」と切って捨てていただろう。

 だが、今のカナタにそんな余裕は無かった。


(ヤバい…っ!こいつはヤバい!!)


 ただ銃を構えているだけで、この男の身のこなしを見たわけではない。だがそれでも、この男は格上であると、カナタの勘が叫んでいた。

 もちろん、ただ走るだけならまず負けはしない。だが、カナタには走る以外に能がないのだ。

 奴の下半身の安定感を見る限り、運動能力にさしたる差はないだろう。だが、それ以上に上半身が半端じゃない。特に腕だ。銃を構える仕草だけで、冷や汗が吹き出る。

 こと戦闘となった場合、手札の質と数が確実に違う。ほんの僅かな挙動から読み取った敵の総合力は、自分など比較にならない。


 この男を前に、不用意な動きは危険。

 故に、最大限の警戒と恐怖を以て、カナタは足を止めたのだ。



 一方、サナはこの敵をほとんど警戒していなかった。何せ害意が無いのだ。それどころか、下手に傷を負わせないよう配慮までされている。

 もちろん、それが何故かまでは分からない。だが、害がないなら無視して進んだほうがいいとサナは考えた。そのため、カナタが足を止めた理由もまた、サナには理解できなかったのだ。


 カナタは、僅かな所作から敵の力量を読み取る。

 一方サナは、敵の視線から悪意の質と矛先を見抜く。


 要は見ている対象が違うのだ。認識に差異が出るのは当然だった。どれ程深い信頼を寄せようと、2人はまだ出会って10日を過ぎたばかりである。そんな擦り合わせを図れるほど、時を重ねてはいなかった。


 そして、今からそれをさせてくれるほど、敵も甘くはない。


『カナタ!早く動いて!撒いた敵が来るよ!!』

「っ!!」


 事態が呑み込めず焦るオミの声を機に、カナタは走り出した。チャラ男から最も遠い方へ、90度左に進路を変えて、走り出してしまったのだ。

 それを見たチャラ男ことミズグチは、微かに口角を上げる。



『駄目!カナタ!!そっちは…っ!!』



 その視線から敵の意図を読み取ったサナの警告。慌てるその声から、自分が誘導されたことをカナタは悟った。

 しかし、時すでに遅し。チャラ男が射撃体勢を解き、真っ直ぐカナタへ向かって駆け出した。その目前には5m幅の道路。ビルとビルの間は6mを超えている。



 男はその谷の淵を、躊躇いなく踏み切った。



『嘘でしょっ!?』


 オミの驚愕する声に、カナタは肩越しに後ろを振り返る。

 僅かに見た空中姿勢と着地、そして、間を置かず駆け出すその挙動に、己の勘が正しかったと確信した。


 はやい。


 初めて見るこの敵は、とにかくはやかった。単純な最高速度に加え、一連の動作の"繋ぎ"に無駄が無さ過ぎる。その上、競技者クラスの跳躍力まで見せつけてきた。

 平地での走り幅跳びなら、そう驚く距離ではない。中学県大会ならザラにいるレベルだ。だが、それを死と隣り合わせの高空で行うとなると、話は全く違う。

 カナタの場合は、その練習を散々やってきた。極限の鍛錬に裏打ちされた、成功の確信を持った跳躍なのだ。だが、普段からそんな真似をしている人間が早々いる筈もない。ヤクザとて、それは変わらないだろう。


 故に、この敵はぶっつけ本番で成功させてきたと、そう考える方が自然なのだ。


 暴力に身を浸す人間の精神性を、カナタは嘗めていた。その上、基礎的な運動能力は、自身とさして遜色ない。


 頼みとしていたアドバンテージが、容易く崩れる絶望感。

 それを飲み込み、カナタは歯を食いしばって前に集中する。






 一方、そのミズグチ。不敵に笑う表情とは裏腹に、内心は割と一杯一杯だった。


(やってみて初めて分かったよ…っ。君は心底イカれている…!!)


 わずかでも歩幅を間違えれば。ちょっと目測を見誤れば。体が恐怖にすくめば。運悪く突風に煽られれば。何か一つでも失敗すれば、地上25mを真っ逆さまなのだ。跳ねる心臓が治まらない。


(手摺への着地なんて正気の沙汰じゃないっ!どんな神経してるんだい!?)


 自分が兜を脱いだ動画の一幕が脳裏に浮かび、冷や汗が出る。それでもミズグチは、不敵に笑みを張り付け続けた。どれほどムササビの身体能力が神がかっていようと、現状は全て思惑通り。何ら不都合は無いからだ。

 そう考え、ミズグチは前を駆けるムササビの、更に前方を見やる。

 ムササビが向かう隣接ビルは、もともと屋上に出ることを想定しているためか、胸丈の柵に囲まれていた。


(無論、君はそのくらい躱すだろう。だが、さらにその向こうのビルとは道路を挟んでいる。幅は6m強。柵の外は20㎝ほどの余地しかない。超えてから改めて助走なんて取れないよ?)


 ムササビが超えられないとは思っていない。きっとどうにかするのだろう。その方法を見たいミズグチは、走りながら銃を構えた。


(その谷は、どうやって超えるのかな?)


 内心でそう呟きながら、ムササビの進路を誘導するため、引き金を引いた。






 後ろから迸る銃撃。しかし、サナはそれをカナタへ伝えない。当たらない確信があるからだ。案の定、弾道は左右へと逸れ、カナタの斜め前方へと着弾する。しかし外したわけではない。走りながらだというのに、銃口がほとんどブレなかったのだ。

 この敵は、あえてそこを狙っている。左右に弾幕を張ることで、カナタの進路を制限しているのだ。その射撃は、これまで見た誰と比べても飛び抜けて正確だった。

 しかし、だからこそ気味が悪い。


(敵意が無い…!何なの?この人…っ!)


 サナには、この敵に対する恐怖がほとんど湧いてこない。力量の高さは見て取れるのに、全く当たる気がしない。そのちぐはぐさが、どうにも不気味だったのだ。

 カナタはカナタで、このチャラ男を妙に警戒している。今もそうだ。誘導されているとわかっているだろうに、それでも左右に進路を変えることが出来ずにいる。度々視界の端を穿つ弾丸に、そちらへ飛び込む勇気が湧かないのだ。

 ただの中学生としては当たり前の反応ではある。未だ走れているだけで十分に讃えられるべき精神力だ。だが、今この瞬間だけで言うのなら、決して銃弾が怖い訳ではない。


 カナタが怖いのは、後ろの男そのものだった。

 

(この敵の意図を外れたら、何をされるか分からない…っ!!!)


 対応するには備えが足りない。鍛錬量が足りない。この敵の戦力想定が、全くもって足りていない。

 格が違う。経験が違う。戦術の質が違う。真っ当に挑んでは、こちらの手全てを封殺されかねない。

 ならば出直せ。今この場を逃げ切って、対応策を考えて、それを実行できるまで鍛錬して。


 そして、仕切り直すのだ。


(覚えてろよ…!優男…っ!!)



 三下の捨て台詞を胸に、カナタはこの場の方針を定めた。

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