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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第三章 忍者ムササビ
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058 初陣

「上だ!!電柱の上を跳ねたぞ!!」

「おい!本当にアレ、例の奴かよ!?」

「あんな動きできる奴が他にいるかよ!!」

「いや、だけどよ…!!」


 路地裏を走り回りながら、そんなやり取りをするチンピラたち。彼らは上空を見上げながら、電柱の上とビルのバルコニー、看板の上を駆けていく影を追っていた。

 その影が、異常なまでに目で追い難い。それは、その尋常でない速度や不規則な進路といった、縦横無尽に過ぎる機動力も理由ではある。だがそれ以上に、これまでとは明確に違う、ある要素が原因だった。



「アイツ、黒くねぇぞ!?」



 そう。黒よりはるかにコンクリートの密林へと紛れやすい、グレーとモスグリーンを基調とした都市迷彩。それが見事なまでにフィールドへ溶け込んでいた。レーダーたる彼らの視界を外れる度に、容易くその姿を見失わせていたのだ。


 そんな地上の様子を眺めながら、カナタは全く息を切らせることなく、常識外のルートで敵の拠点を目指していた。


 その視界を共有しているサナとオミは、開いた口が塞がらない。確かに、カナタの人外染みた機動力は既に録画で見ていた。だが、リアルタイムで体感するそれは、難易度の桁が違う。

 狭い手摺の上を危なげなく全力疾走し、電柱の上を一瞬の停滞も無く跳ね、屋上まで続くパイプに飛びつくや否やロープ代わりに伝って壁面を駆け上がる。屋上にある障害物はハードルのように躱し、時折あるフェンスはひらりと飛び越え、ノータイムで隣のビルに渡る。次に何をどうするのか、その予測が全く立たない。

 その上、画面がほとんどブレないのだ。多少の上下はするものの、視線の高さが常に一定だった。

 あまりに鮮やかなカナタの機動技術に、姉弟は仲良く魅入らざるを得なかった。


『…カナタ、スタミナは?』

「大丈夫だ。全然疲れてねぇ」


 サナが思わず呟いた声に、カナタは息一つ乱さず答えた。本当に全く疲れていないその様に、サナはただただ呆れるしかなかった。

 確かに、スタート地点からはまだ直線で5㎞程度だ。普段のカナタからすれば、大した距離ではないだろう。だが、ルートを鑑みれば、平地を走る時の消耗など比べるべくもない。その体力は、どう考えても尋常ではなかった。

 だが、カナタを取り巻く状況の変化を見れば、あり得ない話でもない。

 精神を支える仲間。消耗を防ぐ服。十全な食事。不足無い睡眠。東京に来て初めて、カナタは万全とも言える状況でパルクールに挑めたのだ。単身で敵に挑んでいた過去を思えば、ムササビの初陣としてこれ以上ない程に状況は整っていた。


 そのおかげか、カナタは非常に冷静だった。なにせ、状況を見てルートに工夫を加えられるだけの余裕があったのだ。

 目的を果たすには敵に見つかる必要がある。だが、屋上だけを駆けていては、地上からその姿は見つけることができない。故にカナタは、風俗街に入ってからは目立つことを念頭に置き、ベランダや電柱の上などの道路上から視認できるところを選んで走破していたのだ。

 そして、意図通りに見つかったことを確認したカナタは、早々に屋上へと戻っていった。


 高空を駆けること数分。やがて、その視界に敵の拠点が見え始める。


 目的地の隣のビルに辿り着いたカナタは、その屋上を一周し、路上や近隣のビルを見渡した。そこで、奇妙な違和感に気付く。


(奴らが、出てこない…?)


 敵の警戒網に引っ掛かったのは既に数分も前の話。前回は、到着早々に拠点の屋上へと奴らが姿を現した。しかし、今日は一向にその姿が見えない。途中でレーダー役もいてしまったのか、地上も静かだった。


「どう思う?オミ」

『…網を張ってるんじゃないかな?』

「網って?」

『ただ追うだけじゃ捕まえられないって、向こうも学んだんだよ』


 小声で訊ねるカナタに、オミは敵の思考をトレースした。自分がヤクザだったとしたら、配置に着くまでは仕掛けないと考えたのだ。そして、必勝の準備を整えるには、数分では到底間に合わない。


『包囲が完了してから始める気なんだ』

「取り囲んだら流れ弾が味方に当たりかねないぞ?銃が使い難い状況を自ら作るか?』

『半包囲か三角包囲なら射線は重ならないよ』

「…なるほど」

『どっちで来るか、陣形を見極める猶予が欲しい。少し離れてカナタ。様子を見よう』

「了解だ」


 そう言ってカナタは、周辺警戒を厳にしたまま後退しようと周囲を見渡した。

 瞬間。



『…もう居るわよ』



 信じられない事を、サナがさらりと呟いた。その言に、カナタが思わず動きを止める。


「…なんて?」

『4人かな。三点包囲されてるわ。動く気配はないけど、こっちを見てる』


 骨伝導を通して聞こえたその内容に、カナタの目が驚きで見開かれた。首を動かさず、視界の隅に映るカメラの映像から、それらしき影を探す。

 いない。全くもって見当たらない。


「…え?どこ?」

『正面に2人、左右の斜め後方に1人づつね』


 今度は体ごと向きを変えながら、改めて肉眼で周囲を見渡した。特にサナの言う方向を注視する。だが、いくら目を凝らしても、まるで見つからない。


「…マジでどこだよ?」

『正面は目的のビル、屋上のドアの隙間から二人覗いてる。右は斜め後ろの最上階、その階段の裏。左は道路を挟んだ向かいのビルの屋上の端、室外機の影。全員身を隠しながら視線だけ向けてるわ。いつでも出れるよう備えてるみたい』


 しかしサナは、カメラ越しの映像から人数と様子まで把握していると言う。

 どんな目してんだよ、と。カナタは頬を引きつらせて白旗を上げた。


「ダメだ、全然わかんねぇ」

『姉ちゃん人の視線に敏感だから。視界にさえ入れば全て看破してくれるよ』


 カメラ越しでも発揮されるとは思わなかったけど、と。カナタの疑問に、同じく何も気づかなかったオミが冷や汗を流しながら答える。

 しかし、自分の目の良さにそこそこ自信のあったカナタは「そういう問題かよ…」と思わず戦慄わなないた。


「…今度こっそり視姦してみよ」

『他に言う事なかったかしら!?』

「その貧乳を、盗み見る」

『やること変わってないじゃない変態!!』

「痴話喧嘩はタイミングを選んでよ、もう」



 頼もしい仲間の存在に、カナタが思わず戯言を呟いた。律儀に反応する少女の声に癒やされながら、取り急ぎ3点包囲を抜けるため2つ手前のビルへと移動を開始する。


 予想もしていなかった頼もしいセンサーの発露に、カナタの口角は知らず釣り上がっていた。









 ミズグチを伴ったモリタは、無線で指揮を執りつつも、ビルの隙間を縫って歩いていた。屋上から見えないよう道を選び、自身のポジションへと向かう。


『モリタさん!奴が動きました!離れていきます!!指示を!!』

「全員動くな。配置が整うまで待て」

『逃げられますよ!?』

「心配いらん。俺たちが出てくるまで奴は逃げん」

『ですが…!』

「くどい。アレが手ぶらで帰るものか」


 ムササビは、身体能力だけでなく、頭も相当に切れる。すぐに出てこないこっちの動きを察して、様子見のために距離を取ったのだろう。腹立たしい程に冷静だ。相当な修羅場を潜っていることが伺える。

 故に、こちらも万端で挑まねば先日の二の舞いだと、モリタは奥歯を噛みしめた。


 ミズグチが合流した直後に考案したフォーメーション。そのために必要な地形を探し、各員の配置を検討し、今日までかけて煮詰めた、ムササビを捕えるための策。

 経験の無いフィールドに、得体の知れない敵。不安要素はあり、しかもその度合いが未だ未知数。特に敵の能力は、その底が全く知れないのだ。今できる万全を期さねば、容易く食い破られるのが目に見えていた。


「分かっているな。ミズグチ」

「心得てますよ」


 肝はモリタとミズグチの二人だ。各々が卓越した能力を持つからこそ、この少数でも可能な捕縛策。他の人員は、全てそのサポートだ。


 その策は、ミズグチから見ても文句のつけようはなかった。ムササビの能力を鑑み、こちらの戦力と人員を加味するなら、これ以外に手はないと、ミズグチも思っている。



(だからこそ、凌がれたなら今後の対応は考えないといけないね…)




 例えその真意が、ムササビを名乗る正体不明の敵を捕える事にはなかったとしても、だ。






 その後、モリタと別れたミズグチは、少し離れたビルに入り階段を上った。いつでも屋上に出られるように最上階での準備を整えると、事前に定められた配置についたことをモリタへ報告する。


 そうして待つこと数分。

 満を持したモリタの命令が下る。




『捕縛開始だ!!かかれぇ!!!』




 無線から響いたこの声が、開戦の狼煙となった。

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