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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第三章 忍者ムササビ
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055 ブリーフィング1

 新コスチュームから、すっかり着慣れた体操服に着替えたカナタは、姉弟の待つ座卓に戻った。サナもオミも既に真剣な目をしており、カナタの言葉を待っている。

 姉弟の視線を受け止めたカナタは、同じく真剣な目で見つめ返し、口を開いた。


「ありがとう。二人のおかげで、思いつく以上の準」

「そういう前置き要らないから」

「本題済ませてとっとと寝なさい」


 いつになく真面目に切り出したカナタは、姉弟にバッサリ切り捨てられて眉をハの字にした。その情けない顔に向け、二人が微笑む。


「一蓮托生って言ってるじゃない」

「お礼なんか言われる筋合い無いんだよ」

「なんでそんな男前なの?お前ら」


 カナタはちょっと泣きそうになった。

 気を取り直し、深呼吸を一つ。湧きかけた涙を引っ込めると、明日の最終確認を始める。


「当面の目的は情報収集だ。奴らの鼻先を駆け回り、銃取引に関与した奴を一人でも多く炙り出して撮影する」

「明日はその試金石、だね」


 カナタの言葉に、オミが顔を険しくして同意した。徹底的に整えた装備だが、それは銃という凶器に対抗し得るようなものではない。こちら唯一の武器は、あくまでカナタの身体能力。装備はその補助に過ぎない。どれだけその力を高められるかは未知数なのだ。


「今現在、11人まではその顔を掴んでる。けど足らねぇ。組全部を潰すには、最低でも組長と若頭。出来れば幹部と呼べる人員全てを現場で撮影したい」

「その11人の中に、組長や若頭が既にいるって可能性は無いの…?」

「…無いだろうね。居てもせいぜい幹部が1、2人って所だよ」

「…先が見えないわね…」


 提示された方針に、サナの眉間でシワが寄る。わかっていた事とはいえ、改めて聞くと展望の不透明さに目眩がした。何せ、誰が幹部かどころか、組織の名前さえ分かっていないのだ。いつ終わるかの目処すら立たない、最悪のマラソンマッチだった。

 そんな状況で、敵は銃まで撃ってくるのだ。下手を打って警察の介入を許しては、敵の利になりかねない。とことん不利な戦いだった。

 人だけなら、カナタは容易に振り切るだろう。最大のネックは銃撃だ。射撃頻度をどうにかして減らせないかと、サナとオミが口元に手を当て考え始めた。

 しかし、二人の焦りを余所に、カナタの考えは真逆を向いていたらしい。



「撃たれたって事実は、後々世論の同情を買うのに都合がいい。奴らには程々に銃を使ってもらおう」



 その言葉に、サナとオミは目を見開いて発言者の少年を凝視した。


「な、なにを言ってるのよ、カナタ!?」

「そうだよ!使わせない事を考えるべきじゃないか!」


 それは当然の疑問。しかし、慌てる二人を尻目に、カナタは毅然きぜんとした態度を崩さなかった。


「俺にとってビル街の屋上は最も優位なフィールドだ。ただ、夜の暗闇でパルクールは出来ない。戦うなら日中に限られる。けど、風俗街は昼に眠る街。その屋上は人の活動域から完全に死角で、銃声も空に溶けて響かない」


 そう言ってカナタは、一度言葉を止めて姉弟を見やった。

 カナタの武器を最大限活かせる時と場所は、確かに限られる。そのことには、サナもオミも異論はない。問題は、その環境に巻き込んだ時のヤクザ側の応手だ。

 目を細めたカナタが眉根を寄せる二人に向けて、敵の出方を説いた。



「風俗街の屋上だからこそ、奴らは銃の使用を躊躇ためらわない」



 その考察は、とても得心の行くものだった。だからこそ、銃の脅威に最大限晒される少年からその方針が提示されることに、聞かされた姉弟は全く納得がいかない。二人は彼を説得しようと、声を荒げざるを得なかった。


「なら、地上で銃は使わないってことじゃない!そっちで戦った方が…」

「そうだよ!一発でも当たったら終わりなんだよ!?生き残ることが最優先じゃないの!?」

「一般人の目がある場所なら銃を封じることは出来るだろうな。けど、1人、2人の目撃者なら、奴らが隠ぺいに走ることも考えられる」

「…っ!」

「隠ぺいって…?」


 いち早くカナタの考えを読み取り、苦虫を嚙み潰したような顔をするオミ。反面、理解の及ばない暴力の世界に、サナは首を傾げていた。

 訝し気な彼女の目を見て、カナタは重い口を開く。



「…"目撃者を殺す"ってことだ」



 その想定に、サナは息を飲んだ。歯の根を震わせて、目を見開いている。同時、カナタと同じ結論に至ったオミは、目を細めて親指の爪を噛んだ。


「…一般人に死者が出たら一気に不利になるね。警察側が大手を振って捜査する口実になっちゃう」

「ああ。それに最後の最後、全てを公表した時に、世論が良くない方向に流れる可能性も高くなる」


 男二人の考察に、サナが歯を食いしばって俯 (うつむ)く。不用意に地上に降りることはできない、と。その結論に異を挟むことが出来なかった。

 口を噤んだサナの様子に、カナタが目を細める。


「それに、下っ端か傘下組織か、俺たちにとっては撮影するメリットの無い人員が、地上を埋めているんだぞ」


 覚えてるだろ、と。カナタはサナに向けて言った。それは、サナを拐かした勧誘員のこと。風俗街の地上では、直接組織の痛手にならない人員が何十人も沸いて出るのだ。ただの三下だとしても、数の不利は馬鹿に出来ない。


「結局のところ、屋上で戦うのが一番確実なんだ。必然銃撃は防げない。なら、それを最大限活用する事を考えるべきだ」


 焼き付いた焦燥に、サナが膝上で握った拳を震わせる。

 湧き上がる反発に、オミが目をそらして必死に考える。

 苦し気な二人に向けて、カナタが静かな声で考察を紡いだ。


「奴らだって警察の介入は嬉しくないはずなんだ。隠しきれないような状況で銃は使えないだろう。フィールドの不利を押してでも、屋上で戦わざるを得ない」


 カナタのリスクを減らす。現状を知ってから、その事を只管ひたすらに考えてきた姉弟には申し訳なく思う。それでも、この二人を最優先に考えるからこそ、その結末に確実な勝利を見据えたかった。


「もちろん生還が最優先だ。必中の状況は避けたい。奴らが引き金を引くところを少しでも撮影できれば、それでいいんだ」


 故にカナタは、惑うことなく恐怖に立ち向かえる。迷いない目で、その方針を口にできる。


「地上は逃げきれない時の最終手段。走るとしたら人目の多い所に限る。主戦場はあくまで風俗街、その屋上だ」


 それでも、独断で方針を決める気はない。その意を込めて、カナタは二人を見回した。



「無理はしない。だから、認めてくれ」



 少年が、そう締めくくった。

 事態をシビアに捉え続ける少年の言を受けて、サナとオミは必死に思考を回す。


「…人混みが大丈夫なら、そっちに誘導して戦うのは…?」

「敵と通行人の区別がつかない。反面こっちは格好でバレバレだ。紛れて不意を打たれるのが一番対処に困る。不可ではないけど、できれば避けたい」


 苦し紛れの提案も、カナタには厳しい状況だった。精査すればするほど、戦闘可能なフィールドは確かに屋上しかない。そこでの銃撃を防げないのなら、逆にメリットを見出してやれ、と。カナタは、最初からそう判断していたのだ。


 本当になんという胆力をしているのかと、サナとオミは目の前の少年に尊敬の念を抱く。何せ、彼は銃を向けられる恐怖を既に知っている筈なのだ。決して恐怖心がマヒしているわけではない。現にカナタの手は、強気な口調とは裏腹にきっちりと震えていた。


 それでもなお、現状での最適解を検討し、得た結論を躊躇ためらいなく選び取った。類稀たぐいまれな精神力でもって、自ら決断したのだ。


 その勇気に、サナとオミは苦しい顔をしながらも何ら反論できず、消極的な同意を示すことしかできなかった。

 しかしその直後、代替案が提示できないのなら、せめて今できる最善を尽くせ、と。すぐさま意識を切り替えて、真っ直ぐにカナタを見た。二人と目を合わせたカナタは一つ頷き、改めて口を開く。


「決行は11時。終了は未定だ。一当てして奴らを釣り出した後は、逃げ切るまで終わらねぇ」


 覚悟してくれ、と。そう続けたカナタに、姉弟が力強く頷いた。それを確認したカナタは、オミから借りたタブレットにマップを表示し、二人に提示する。


「朝9時に家を出る。スタート地点はここ。4km離れたところにあるマンションだ。手すりがコンクリート製で、身を屈めていれば人目につかない。防犯カメラが無いのは確認してある」

「…いつの間にそんなリサーチしてたの?」

「ただ漫然と走っていたわけじゃねぇってこった」


 オミに疑問に対し、カナタは強がった笑みで得意げに語る。しかし、その直後に真面目な顔に戻してサナを見た。


「マンションなら、配達員スタイルのサナが入り込んでも不自然じゃないだろ?」

「…確かに」


 話題を向けられたサナは、その言に無条件で同意した。サナの配達先は、その殆どがマンションやオフィスビルだ。他の建物に入り込んだ記憶など、むしろゼロに等しい。


「ここからなら、風俗街までほとんど屋上だけで移動できる。もちろん、2、3回地上に降りる必要はあるけど、すぐさま屋上に戻れるポイントは確認済み」


 目撃者は可能な限り減らせる、と。そう続いた言葉に、サナとオミは感心していた。ここ数日で垣間見た脳筋具合に反し、思いのほか周到だったからだ。そこまで考えながら走っていたと思うと、少年の度が過ぎた鍛錬も中々馬鹿に出来ない。


「…作戦終了後の合流も、どこか監視カメラの無いマンションでしたいところよね」

「逃走経路は流石に状況次第だ。贅沢も言っていられないから、終了時に居た場所で調整しようぜ」

「了解だよ。姉ちゃんには配達のフリして少し下見に動き回ってもらうことになるかも」

「分かったわ」

「最悪、日が暮れてからの合流も視野に入れるぞ」

「…補給は大丈夫?」

「ドリンクボトルが一つあれば十分持つさ。サナと合流できればお替りあるだろ?」

「うん。任せて。リュックいっぱいに持ってくわ」

「そんなに飲めるかい」

「姉ちゃんの気遣い無駄にしたら許さないよ」

「ちょっと前に聞いたセリフだけど今度は頷けねーな!」


 冗談を交わして、3人は笑い合う。明日の戦術方針について、決められる部分はほぼ固まった。後は戦略面での報告を一つ残すのみだ。


「動画の方はどうだ?」

「今日のお昼ごろに、ここから15km離れたところでアップしてきたよ。反響は上々。もう10万再生を超えてる」

「すげぇな…」

「前の動画はそろそろ90万行くよ」

「マジですっげぇな!?」


 大き過ぎる反響に、カナタが目を剥く。自分が負けなければ、定めた戦略を本当に完遂できるかもしれないと、希望を抱くには十分な数字だった。


 頼もしい仲間の存在に、カナタは口角を上げて一度目を伏せる。


 東京に来た初日の初戦闘。この家に転がり込んでからの二度目。

 そして、明日が3度目。


 しかし、3人で立ち向かうのはこれが初めてだった。



「前置きでも建前でもねぇぞ。これこそが本題で、俺の本心だ」



 過去2回と明らかに違う心境。一人では成し得なかった準備。徐々に見えてくる希望。

 胸のうちに湧き上がる感謝は、決して前置きなどではない。

 改めて思ったことを、カナタは己の内に留めておけなかった。しかし、二人は礼が要らないと言う。


 ならば言うことは一つだと。カナタは目を開けた。



「お前らが居なきゃ、俺は戦えない」



 視界に映るのは、自分を救ってくれた姉弟。揺らがぬ決意を携えて2人の目をまっすぐ見据え、カナタは力強く懇願した。




「頼む。助けてくれ」

「「…うんっ!!」」




 不安を隠せないながら、それでも精いっぱいの虚勢を張って、二人は強く頷いた。


 これが、ムササビというチームとしての初陣前夜。

 明日に備えて、3人は早々に床に就く。

 初めて感じる緊張感に、姉弟はなかなか寝付くことが出来ず。


 一方カナタは、一瞬でスヤスヤと寝息を立てた。




「「…今日、寝れるかなぁ…」」




 並んで寝るオミも、襖を挟んだサナも、居候の図太さに感嘆する。

 二人の目は、12時を回ってもギンギンだった。

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