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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第三章 忍者ムササビ
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054 カナタ支援システム概論(後)

「…マジで涼しいなコレ…。扇風機の風がすっげぇ抜けてくる…」


 全ての窓に遮光カーテンが引かれ、外からは中の様子が伺えないよう配慮された、3人で過ごすいつもの和室。自身の脳筋をしばし嘆いたカナタは、早々に切り替えて明日のための確認を再開した。今はサナが持ってきた新コスチュームを試着している。


 上下のアウターは、グレーとモスグリーンの都市迷彩柄。どちらもメッシュ素材で通気性は抜群だった。シルエットを隠すため、下半身は少しゆったり目だが、フード付きの上着は比較的引き締まっている。袖は肩口まで切り詰められており、肩より先はグレーのインナーを纏っていた。手はすべり止め素材の薄手グローブで包まれており、それを握ったり開いたりして具合を確かめている。

 サナとオミは、着替えたカナタを眺めながら頻りに頷いていた。

 お急ぎロッカー便で今日の夕方に届いた変装具一式。それを、配達帰りのサナが回収してきたのだ。コーディネートした姉弟としては、非常に満足のいく仕上がりとなっている。


 ジロジロと自分の格好を見下ろすカナタに向け、発案者のサナが感触を尋ねた。


「着心地はどう?違和感はない?」

「無さ過ぎて違和感。めっちゃ軽いわ。前と全然違う」

「当たり前だよ。冬物の裏起毛パーカーなんか着てたのがイカれてるんだ」


 そう零しながら、オミは用済みとなった旧式の変態服一式を見下ろしていた。サナの案を聞き、改めてカナタの装備を精査した時は、心底愕然としたものだ。

 オミのその呆れた呟きに、カナタは口をとがらせた。


「それ揃えた時は、こんなことになるなんて思ってなかったんだよ」

「改善を図る方針が肉体強化って時点で脳筋なんだよ」

「ごめん。分かったからもうやめて。恥ずかしくて泣きそう」


 珍しく消沈したカナタがオミに懇願している。その様子を眺めるサナは、苦笑いを浮かべつつも内心では相当に喜んでいた。

 サナは、自分の頭の回転が目の前の男子二人に劣る自覚があった。重要な話し合いで、二人の視点に付いて行けなかったことで悔しい思いもしている。それでもなお、きちんと余裕をもって二人と違う方向を見れば、力になれると確信できたのだ。自己肯定感の薄いサナにとって、この装備が二人に何の反論もなく受け入れられたことは、自身の意義を見出せる希望でもあった。

 その心持ちのまま、サナは提案を続ける。


「それから、これ」


「何これ?ポーチ?」

「うん。交差するように腰に巻くの」


 次いでサナが取り出したのは、モスグリーンのウェストポーチだった。カナタの前で膝をついたサナが、腰に手を回してそれを取り付ける。


「エロいご奉仕されてる気分になるな、この体位」

「潰すね?」

「ごめんなさい」


 頬をヒクつかせたいびつな笑顔で拳を握り込んだサナに、カナタが即時降伏。なんでこう要所で茶化すのだろうかと、サナは溜息を禁じえなかった。このやり取りがさして嫌でもないのがまた腹立たしい。

 一方で、胃袋を握られたカナタは本能的にサナには逆らえない。反射的に弄るくせに、今は直立不動でされるがままだ。

 その様子に拳を解いたサナが、ベルトを調整してカナタの後ろ腰にポーチを固定する。そこには、逆ハの字になるようにホルスターが2つ付いていた。


「これは?」

「この二つを持ち歩くためよ」


 首を傾げたカナタに、気を取り直して真面目な顔をしたサナが、二つのものを取り出した。

 それは、どちらも円柱形をしていた。片方は灰色の柔らかいプラスチック製で、もう片方は白と青でラベリングされた金属製の缶だ。缶の方には、噴出口にマスク型のガイドがあった。



「ドリンクボトルと酸素缶よ。脱水と酸欠はカナタの天敵でしょ」


 その言葉に、カナタは心底納得した。これなら確かに、走りながら回復を図れる。試しにとめられたそれを、後ろ手に出し入れしてみた。マグネット式の留め具も簡単に扱えて、非常に勝手がいい。


「出し入れだけならホルスターは前面にある方が良いかもと思ったけど、そう頻繁に使うものでもないし、走り易さ優先にしてみたの」

「昨日の試着はそういうことか…」


 サナの言葉に、カナタは記念すべき人生初デートを思い出す。短い時間の中で、サナに言われるがままいくつかポーチを試着し、動きを害さないか確認した。その時、確かに"チェストポーチは前傾の時に脚が当たる"と言った覚えがある。

 ちなみに、カナタの意思で選んだデザインはすべて却下されていた。試着すらさせて貰えていない。


「あと、前転も結構使うみたいだから、真後ろじゃなくて斜めの配置にしてみたの。邪魔にならない?」


 サナのその声に、カナタはその場で前回りの受け身をとった。逆ハの字の配置がボトルに当たる接地の衝撃を、綺麗に横へ逃している。


「大丈夫だ。勝手に接地面を外れてくれる」

「良かった」


 流石に店で前転はできなかったため、サナは目算で目処を立てていた。意図通りになっていることに、軽く安堵の息をつく。一方、サナの見立てに感心しきりのカナタは、脇越しに自分の背中を覗き込んでいた。

 その様子を微笑ましげに見ながら、サナが立ち上がってカナタの横に移動する。


「フードの方も、カメラを出す穴を開けおいたわ。それが留め具にもなるように調整しておいたから、簡単には外れないと思う」


 そのセリフに、カナタはゴーグルをつけてフードを被った。穴の位置を手で探り、カメラを通していく。後付で開けられた穴も、ほつれないようにしっかりと縫製され、ボタン穴のような横長のものに仕立てられていた。

 最初からそうだったかのような自然さに、カナタは目を丸くした。


「サナ、裁縫もできるのか」

「うん。多少のものなら直せるわよ」

「母ちゃん超貧乳…」

「なんですって?」

「間違えた。超貧乳母ちゃん」

「何が違うか言ってごらんなさい」


 唯一むき出しだったカナタの頬を両手で引っ張るサナに、フガフガ言いながら抵抗しないカナタ。オミにはイチャついてるようにしか見えなかった。

 年長者二人の仲睦まじい様子に砂糖を一つ吐いてから、オミが残った装備を取り出す。


「最後にこれ」

「これは?」

「マスクだよ。脳筋じゃないヤツ」

「トラウマだよもう!」


 ニヤニヤしながら渡されたそれは、濃いグレーのマスクだった。こちらもメッシュ素材で通気性は抜群。樹脂フレームで経口補給を邪魔しない柔らかさながら、形状記憶で口にも張り付かず、呼吸を一切阻害しない。

 手渡されたそれを、カナタはフードの隙間から耳にかけ、鼻から下を覆い隠す。


 上から下まで全身が都市迷彩。フードから覗くゴーグルが唯一黒く輝き、腰元のポーチがシルエットにアクセントを加える。




 新生ムササビが、ここに完成した。




「完全に不審者ね」

「ヤクザよりよっぽど怖いよ」

「目立ち過ぎじゃないかしら」

「職質は不可避だと思う」

「おーい!?」


 仕立てた姉弟が冷や汗を流し、仕立てられた少年があんまりな感想に不安になった。

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