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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第三章 忍者ムササビ
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040 電気屋のお爺さん

 老人の一連の所作だけで、とんでもない身体技術を感じる。その上で、身に纏う雰囲気がどう見ても真っ当ではない。ともすれば、躊躇いなく銃を撃つヤクザ達に近しいものを感じたのだ。


(…いや、あいつらより、ずっと怖ぇ…っ!)


 冷や汗を流しながら身を固くするカナタに気付かず、オミは中央のパソコン群を迂回し、カウンターの前まで進んだ。その後ろを、表情を強張らせたままのカナタが、口を引き結んで付いて行く。


「今日はただの客。やりたいことが出来てさ。機材を揃えたいんだ」

「金はあんのかぃ?」


 口にくわえた火のついていないタバコをプラプラ揺らしながら、老人はオミの顔を覗き込む。対し、オミは真面目な顔で、胸元まであるカウンターに肘をついて、指を10本立てた。


「取り急ぎ10万ほど。この先も増える予定だよ。でも、すぐには引き出せないんだ。カード使える?」

「表向きやってねぇの知ってんだろうが」

「何とかならない?」

「物と額。あと…」


 そう言って、ゲンと呼ばれた老人は顔を上げ、オミの後ろで身を固くしたままのカナタを見た。


「やりたいことにもよらぁな」


 否。見たなどという生易しいものではない。明確に、視線で警戒と敵意をぶつけてきた。1週間前までのカナタでは、きっと怖い爺さんくらいにしか思わなかっただろう。しかし、修羅場を何度か潜り抜けてきた今なら分かる。肌で感じる、意図的な威圧感。

 警戒するカナタの様を見て、ゲンは目を細めた。


「坊主、友達ぁ選べや」

「ゲンさん?」


 張り詰めた雰囲気に首を傾げるオミを尻目に、カナタはゲンの目を真っ直ぐ見返している。その背は嫌な汗でぐっしょりと濡れていた。その不快感と、フラッシュバックする暴力の恐怖に耐え、震える唇を辛うじて開く。


「…初対面で随分な言い草だな、ジジイ」

「小僧、堅気じゃねぇだろ」


 それは、目下最大の敵と同類だろう、と。そう言われたも同義だった。心外極まりないその一言に、カナタが眉根を寄せる。


「どこがだよ?会社員の父と公務員の母から生まれた完全無欠の庶民だぞ?」

「アホ言え。テメェみてぇな庶民がいて堪るかぃ」

「なんだと?」


 眉間に皺を寄せるカナタを無視し、ゲンは得体の知れない少年を指さしながら、その全身を視線で嘗め回した。


「足音がしねぇ。常に全身に神経が通っていやがる」


 老人の言葉に、カナタは思い当たる節があった。ランニングどころか、普段の歩行すらカナタは意識して体を使っているのだ。足運びと接地の仕方に気を配れば、必然足音は小さくなる。


「わしににらまれて、即座にそれとねぇ構えをとった」


 老人の雰囲気と身のこなしに、意識が切り替わったのは事実だ。いつでも動けるよう、無意識に重心を落とした覚えがある。


「今こうして話していても、常に後ろぉ警戒してやがる」


 敵の一味かもしれない。カナタは既にそう仮定していた。ならば、伏兵が無いか探るのは道理だろう。


「どれもこれも、暴力に慣れてる人間の行動だぁな。なにか言い訳はあるかよ?」


 最初の1つは常日頃のものだが、他はここ最近の経験で培われたものだ。つまるところ、老人の言い分をカナタは認めざるを得なかった。


「…じゃあこっちも言わせてもらおうか」

「あ?」


 認めた上で、カナタは不敵に笑う。その全てに自覚があるからこそ、そんなものを見抜いてくるこの老人を、カナタも同様に警戒せざるを得なかったのだ。

 睨むように言い返すカナタに、ゲンも眉を吊り上げる。それを見たカナタが、ゲンの目をまっすぐに指さした。


「ジジイこそ、人を品定めする目がまともじゃねぇんだよ」


 目を合わせただけで身が竦む、ヤクザ以上の眼力。カナタの警戒は偏にそれが原因だった。ただ、それ以外にも気になることはある。


「重心移動一つで寒気がしたぜ。俺が何かしても即座に潰せるよう、常に備えてやがる。カウンターで見えないその手元が何してんのか、分かったもんじゃねぇな」


 一つ一つカナタがあげつらう度、ゲンの視線が鋭くなる。徐々に高まる圧力に、ほら見たことかと、カナタは歯を剥いて威嚇した。



「所作が一々修羅場ってんのは、俺なんかの比じゃねえだろうがよ」



 その一言で、しばらく睨み合いとなった。オミが、視線だけで二人を交互に見やっている。

 成り行きを見守っているのだろうその様子に、ゲンは違和感を抱いた。


(一触即発に見えるだろうに、坊主は落ち着いている。妙な信頼があるな。おまけに、こっちの怪しい小僧も、筋者にしちゃ正直すぎらぁ。自分の異常さにも自覚がある、か)


 となると余計に理解できん、と。老人は自ら沈黙を破った。


「…てめぇのどこが庶民だ。堅気でそこまで察せるんなら、それはもう天才の類だろうよ」

「じゃあ、何の問題も無いね。カナタはどう考えてもその天才側だろうから」


 ゲンの低い声に応えたのはオミだった。ゲンもカナタも、その一言に目を見開いてオミを見る。

 しかし、肝心のオミは、二人の様子に全く頓着とんちゃくしない。いい加減話を進めないと帰りが遅くなる、と。強引に話題を戻した。


「という事でゲンさん、これシステム構成図と機能要件と機器リスト」

「何が“という事で”だ。やるとは言ってねぇぞ」

「通販で済むものがあったらそれも教えて欲しい」

「勝手に話を進めてんじゃねぇ」

「大丈夫。いい奴だよ」

「あ?」


 唐突な話題変換に、ゲンがいぶかし気に目を細めた。それに対し、オミは力強い目で微かに笑う。


「カナタはね、見たことないレベルのお人良しなんだ」

「お前が言う?」

「反面危なっかしいから、ちょっと目が離せなくてさ」

「なんで保護者目線なの?」


 眉をハの字にしたカナタが、後ろからジト目でオミを睨んでいた。その様子を一瞥いちべつもせず、真剣な目でオミはゲンへと訴える。


「だから、そのための”目”が欲しいんだ。」


 オミは、自分の知識が半端だと思っている。カナタのために最善を尽くしたい。それには自分では力不足だと、そう考えていた。だからこそ、自分の知識の大元である師の助力を得ようとしているのだ

 中途半端をする気はない。その意を視線に込め、ゲンの目をまっすぐ見つめた。

 視線を交差させる二人の後ろで、カナタは情けない顔で首を傾げている。


「…俺、見守り携帯でも持たされるの?」

「おしい」

「え!?おしいの!!?」


 カナタの茶々で変な空気になったが、ゲンはオミの本気をちゃんと気取っていた。あごをさすりながら、少し思案する。

 オミは、もともとさとい子だった。が初めて連れて来た時から、歳にそぐわない知性を感じていた。教えたことをスポンジのように吸収し、自分のものにする。その能力に増長せず、貪欲に次を求めた。

 しかし、以前はもう少し子供らしいところがあったように思う。傾向が強まったのは半年前。あの娘が亡くなったあたりからだ。以降は妙に警戒心が強くなり、子どもらしさは増々鳴りを潜めていった。


(…その坊主が、自分から小僧の事情に首突っ込んでる感じだな。なりふり構わず、最大限を用意しようとしてやがる)


 ゲンの知るオミと比べて、やや子どもに立ち返っているように感じた。理屈ではなく、感情が強く前に出ている。



――それを揺り起こしたのが、後ろの礼儀すらなっていない小僧だとしたら――



 ため息を一つ吐いたゲンは、オミに向けておもむろに手を差し出した。


「…見せてみろぃ」


 嬉しそうに笑ったオミがその手へノートを手渡すと、ゲンは真剣な目で検討を始めた。




(まんま孫に構う祖父じゃねーか…)


 ゲンの質問に喜々として答えるオミの後ろで、蚊帳の外に追い出されたカナタは、異質な気配を霧散させた老人の様に、田舎の祖父を重ねていた。


(ごめん、じーちゃん。今年は稲刈り行けねぇかも…)


 全く理解の及ばない討論を始めた二人からそっと離れて、カナタは遠い目をするのだった。

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