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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第三章 忍者ムササビ
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039 オミの秘策

「生活費が足りない…」


 寝ぼけたオミが本格的に目を覚まし始めた頃。朝の家事を終え、外出の準備を整えたサナがお茶を飲みながら呟いた。その手には通帳が開かれている。

 肩幅に足を開いて腰を横に折り曲げながら、頭の後ろで腕を組んでストレッチする体操服カナタが、眉間に皺を寄せるサナの横で首を傾げた。


「配達の仕事再開できたから大丈夫って言ってなかったか?」

「そうなんだけど、今週は月木とやらなかったから、いつもより2日分少ないのよ。先週分も1日少ないし。考慮はしていたつもりだったけど…」

「珍しいね。姉ちゃんがそういう計算間違うの」


 一人遅れて朝食をとっていたオミが、食べ終わった食器を流しへ持って行きながら横目で姉を見た。

 そんな二人の様子に、サナは申し訳なさそうに目を伏せる。


「…食費が足りなかったの…。カナタの分が、思った以上に…」

「サーセン!!!」


 衝撃を受けたカナタが、ストレッチを崩した態勢で固まった。


「ううん。私が加減間違えただけだから。カナタは遠慮しちゃダメよ。ちゃんと健康とトレーニング効果考えて作るから、しっかり食べて」


 真剣に考え込むサナの言は慈愛に満ち溢れ、その横顔は無頓着なカナタをして美しいと思わせるほどだった。その感想が思わず口をついて出る。


「貧しい女神…」

「ぅえ!?あ、えと…。その、ごめんね。稼ぎ足りなくて…」

「いや、そっちに不満なんかねぇよ。貧しいのは胸の話」


 目の前にあったカナタの太ももを、サナは思いっきり引っ叩いた。ひぎい、という声と共に、大きな紅葉が咲く。

 カナタは敵前に出る唯一の戦力だ。その体調は最重要事項。戯言に突っ込みながらも、サナは自分の分も丸々カナタに食べさせるという、戦時下の母親レベルで対応を考えていた。

 太ももの痛みに蹲るカナタの腰を踏みつけ、オミがその横に座る。そのままタブレットを操作し始め、先日アップした動画を開いた。


「ってオミ、それでインターネットして大丈夫なのか?動画上げたのと同じ端末が何度も繋げてたら、この辺が拠点だってバレるんじゃ…」

「MACアドレス変えてるから大丈夫。記録上は別の端末がWi-Fiに繋げたことになってるよ」

「あ、そう」

「とはいえログインするとMACアドレス変えても管理者ってバレるから気を付けてね」

「ごめん。何言ってんのか全然分かんねぇ」


 眉間に皺を寄せながら首を傾げたカナタだが、太ももをさすりながらオミのタブレットを見て一つ気が付いた。


「あれ?この動画の金は?使えねーの?」

「月末締めの翌月末払い」

「ん?」


 カナタの疑問に、オミが妙な呪文を呟いた。社会人なら馴染み深い言葉だが、流石にただの中学生には聞きなれないだろう。理解できていないカナタの様子に、サナが補足した。


「金額が確定するのは7月末で、それが支払われるのは8月末ってことよ」

「使えねーじゃん!!」

「世の中だいたいそんなモノよ?」

「貧乳の先輩面うぜぐえぇ」


 言い切る前に、後ろからチョークスリーパーホールドを掛けられた。眉を吊り上げながら締めあげてくるサナの細腕を、カナタが必死にタップする。

 そんな年長者を意にも介さず、オミが不敵に笑った。


「ところがどっこい。そのお金を、前倒しで使える魔法がある」


 重要そうな話に、サナは渋々カナタの拘束を解いた。そのままオミに視線を向け耳を傾ける。

 一方、背中に当たった感触に「マジで無ぇなコイツ」と呟いたカナタは、サナに耳を引っ張られていた。涙目で謝っている。

 そんなイチャつく二人を尻目に、オミはギンギラギンに輝く、手のひら大の長方形の板を取り出した。


「そ、それは…?」


 見たことのない代物に、カナタが開放された耳を抑えながらおののいた。そのリアクションに得意になったオミは、人差し指と中指でそれを挟み、年長者二人へ見せつける。

 そのまま、口の端を弧に歪めながら、満を持してその魔法の名を唱えた。




「クレジットカード。母さんの」

「なんでオミが持ってるの?」




 そのドヤ顔は、姉の怒りを買った。

 意図的に無視し、オミは続ける。


「今日時点で再生数は65万を突破した。広告収入も10万円は固い。生活費への補充を差し引いても、十分に余裕がある」


 腰に手を当て、胸を張るオミ。一拍溜めると、真剣な目で二人へ告げた。




「装備を整えよう」

「何その心踊る響き」

「オミ。ちょっとそこに直りなさい」




 目をキラキラさせたカナタとは真逆。誤魔化されなかったサナの据わった眼に、オミは大量の冷や汗をかいた。









 オミを問い詰める時間が無かったサナは、帰ったら覚えてなさいと捨て台詞を残して出勤。命拾いしたオミは、トレーニングに出かけるカナタに「夕方付き合って」と伝え、動画の編集を始めた。

 日中は、3人それぞれ役割をこなす。夕方になり、カナタとオミが合流。汗だくのカナタが、シャワーを浴びてGパンとTシャツに着替え、そのまま二人で街へと繰り出した。


 時刻は19時前。二人は、地下鉄の駅からほど近い繁華街の一角にやってきた。華の金曜日ということもあり、一帯には飲みに繰り出すサラリーマンが非常に多い。飲食店は賑わい、中には既に酒に呑まれている者たちもいる。

 そんな人込みの隙間を縫って、二人はある建物にやってきた。カラフルなネオンと看板で彩られた8階建てのビル。看板には“カプセル&スパ”と書かれている。大都会特有の銭湯併設型カプセルホテルだ。


「…風呂入りに来たの?俺シャワー派なんだけど」

「人の話聞いてた?」


 キョトンとした顔で首を傾げたカナタを、オミがジト目で睨んだ。


「装備を整えるって言ったじゃん。上澄みに用はないよ。あるのはこっち」


 そう言ってオミは、シックで明るいカプセルホテルの入口の脇、細く仄暗ほのぐらい、地の底へ続くような下り階段へ足を踏み入れた。


「あれか?東京にあるって言う噂の武器屋か?伝説の剣とか鎧とか売ってる?」

「それあるの秋葉原。コスプレの域を出ないレプリカだよ。身軽さが武器のカナタにそんな重石いるの?」

「じゃ刀!銃弾を斬るとか憧れるよな!」

「頼むからやろうとしないでね」


 外観とは全くそぐわない、ひび割れたコンクリートむき出しのひなびた階段。ロクな灯りも無いそこをゆっくり下りながら、妙にワクワクしているカナタをオミがあしらっていた。

 程なくして地下2階に辿り着く。所々塗装の禿げた鉄扉。何ら装飾は無く、無骨な印象を受ける。その上には申し訳程度の看板があり、“電気屋”とだけ書かれていた。

 どう見ても、小学生が手慣れた様子で訪れる店構えではない。

 眉間に皺を寄せたカナタを尻目に、オミは躊躇ためらいなくその扉を開けた。


「ゲンさん、いる?」


 扉の先は、一言で言えば雑多だった。20畳ほどのスペースの中央に、大きなパソコンとモニターが5台ほど円状に置かれていた。左右の壁際には天井まで続く棚があり、何に使うか分からない電子機器が所狭しと並べられている。天井には裸電球が一つ垂れており、部屋の広さに対して明らかに光量が足りていない。奥にはカウンターがあり、その中には暖簾のれんで隔てられた奥間があった。


「…なんでぇ坊主。今日は授業の日じゃねぇだろ?」


 その暖簾の向こうから、初老の男性が顔をのぞかせた。鋭い目つきに、短い白髪。しわがれた声。歳は60半ばといったところだろうが、妙に猛々(たけだけ)しい気配で満ちている。

 暖簾をくぐってきた老人の動きは軽い。中肉中背のしなやかな体を灰色の甚平じんべいに包み、カウンターの向こうにあるのであろう椅子に座る。


 その一連の動きを見た瞬間。




 カナタの背筋に怖気おぞけが走り、強制的に戦闘態勢を取らされた。

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