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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第二章 暴力に抗う熱
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033 第一回戦略会議

「高町カナタ14歳!趣味は陸上と体操とパルクール!走る跳ねるが得意です!でも投擲とうてき競技は苦手です!愛知県から来ました!よろしくお願いします!!」


 日の暮れた和室に、少年の元気な声が響いた。発言者の少年は、既に定位置となっている窓側で仁王立ちしている。その目は未だ潤んでいるのが、ちょっと情けなかった。

 一頻ひとしきり姉弟の温かさを噛み締めたカナタは、きちんと話そうと自ら提案。人数分のお茶を用意し、座卓を囲んで開口一番、後回しにしていた"筋"を通した。


 そう。自己紹介である。


 それを聞くのは、座卓を囲んで座っている姉弟二人のみ。普通に受け入れたオミの盛大な拍手と、テンションの切り替えについていけなかったサナのまばらな拍手が、カナタの声に追随した。

 数秒続けたオミは、拍手をやめた途端、勢いよく手を上げる。


「はい!」

「どうぞ師匠!」

「師匠やめろ!バク転はできますか!?」

「連続余裕です!!」

「おお~っ」

「え?何?このノリ…」


 訊ねたオミは、学校で一躍ヒーローになれそうな回答に感嘆の声を上げた。一方でサナは「付いていけない私がおかしいの?」と言わんばかりにオロオロしている。


「はい!」

「もいっちょオミ!」


 そんな姉を尻目に、弟が二つ目の質問を要求する。指名を受けたオミはおもむろに眉間へしわを寄せ、声のトーンを落として言った。


「…愛知県からは走ってきたんですか?」

「アホぬかせ!さすがに新幹線使ったわ!」


 オミがカナタをどう思っているかが良く分かる質問だった。カナタはたまらず、自分が文明人であると主張する。しかし、カナタにとっての新幹線の有用性に、オミは得心が行かなかったらしい。


「やろうと思えば出来るの?」

「3日もあれば余裕じゃね?」

「バカなの?」

「や、正味2日で行けるな」

「バカだよ」


 思案顔で付け加えたカナタの一言に、オミの中のイメージがより堅固に定着した。

 何を言ってもオミの呆れた表情は変わりそうにない。そう悟ったカナタは、さっきから静かなサナに無理矢理矛先を変えた。上に向けた掌を彼女へと突き出す。


「次!サナどうぞ!」

「あ、えーっと…」


 唐突に振られたサナは、ただただ困惑する。聞きたいことは一杯あるはずなのに、当たり障りのない質問しか浮かんでこなかった。


「…す、好きなものは何ですか?」

「おっぱいです!!」


 質問は当たり障りなくとも、回答がそうはいかなかった。力いっぱい握り締めた拳を胸元で震わせたカナタが、熱い目で虚空を睨みつけている。

 その様に、サナが眉を吊り上げ、頬をヒクつかせた。


「…聞いた私がバカだった」

「ったりめぇだ!男は黙っておっぱい一択!だからお前は貧乳なんだよ!!ごめんなさいごめんなさい!!」


 据わった眼で平手を振り回しながら追いかけてくるサナにカナタが逃げ惑い、オミはキッチンへと避難するのだった。









「デジャブ…」


 頭を散々に叩かれて涙目でうつ伏せるカナタが、ボソッと呟いた。その背中では、いつぞやのようにサナとオミがタブレットを覗き込んでいる。しかし、姉弟の顔には、先ほどまでのふざけた雰囲気はない。二人の眉間には明確に皺が寄っていた。

 二人が見ているのは、上京初日に敢行した最初のパルクール、即ち、廃ビルで撮影した銃取引の現場だ。それを見たサナとオミは、動画が進むにつれ、その顔を無理解に歪めていく。


「正気なのかしら、これ…」

「ちょっとシャレにならないよね…」

「だよな。暴対法どうしたって話で…」

「いや、そっちじゃなくて」


 尻の下から忌々し気に合いの手を入れたカナタに、オミが首を横に振った。内心、現状を知った二人に改めて責められる覚悟を決めていたカナタだったが、意味の分からない反応に首を傾げている。

 次いで、サナが手で覆った口を開いた。


「どんな発想したらこうなるのよ。カナタの逃走ルート…」

「ん?」


 サナの言葉は、確かにカナタに対する非難だった。だが、非難されている事柄が、カナタの想定を外れている。


「ヤクザが可哀そうになってくるよね。理不尽過ぎる」

「え?」


 次いで感想を漏らしたオミは、何故かヤクザに同情する始末。

 カナタは首を捻って二人を見上げ、目を白黒させている。そんな困惑を露わにする少年の様を、姉弟が半目で見下ろした。

 今しがた見せつけられた取引現場からの逃走は、昨日の動画やネットにアップした動画よりもなお理解不能なルートだった。どれもこれも一歩間違えば墜落死だという事に変わりはない。だが、これまでに見た逃走が曲りなりにも水平面を駆けていたのに対し、今回は僅かな出っ張りがあるだけの垂直壁面ばかりだ。そこを下へ降るではなく、遠方へと進み距離を稼いでいる。二人はその意味不明さに頬を引きつらせた。

 それを成した筈の少年は、尻の下でキョトンと首を傾げている。今見た動画の撮影者と全く結びつかないその様子に、姉弟が口を揃えてこう言った。


「「ヤクザよりカナタの方がイカれてるよ」」

「それは流石さすがに傷つくんだけど!?」



 あんまりな物言いに、カナタが畳をバシバシ叩いて抗議した。






 動画を見終えたサナとオミは、カナタの上から退いて再び座卓を囲んだ。その雰囲気に、先ほどまでの緩みはない。

 二人とて、現状の危険度が理解できていないわけではなかった。裏取引の一部始終より、その後のカナタの機動の方が強烈だっただけで、内心では客観的な事実を必死に整理していたのだ。


「…まとめるよ」


 どうにかこうにか状況を飲み込んだオミは、今しがた見せられた動画とカナタの経験談を総括。ノートへ箇条書きにした。


・ 警察とヤクザの銃取引を偶然撮影した

・ 雑居ビル群の一室が敵の拠点

・ 風俗街一帯はヤクザの縄張り

・ ヤクザは即時十数人ほどを駆り出せる規模

・ 街中で銃の使用を躊躇わない

・ 警察側の関与は小規模で、一般の警官は無関係

・ カナタの顔や素性はまだバレていない


「もうテロの域だよ、これ…」

「思った以上に悪質だったわね…」


 簡潔に整理し終えたオミが頭を抱えた。その横では、サナが口元を抑えながら眉間に皺を寄せている。沈痛な声を上げた二人に、カナタもまた表情を改めた。そのままオミを見て、重い口を開く。


「…警察の関与を言えなかったから、オミの言う事に頷けなかった」


 カナタの声は固かった。それもそのはず。今から検めるのは、カナタがもっとも懸念していることだ。

 聞くのが怖い。しかし、聞かないわけにもいかない。

 僅かな逡巡の後、意を決してカナタは訊ねた。


「単刀直入に聞く。警察は、動画の投稿元に辿り着けるか?」


 カナタの眼を見返したオミは、一度瞑目する。そのまま、僅かに俯いて、口を開いた。


「…辿り着けるよ」


 ぽつりと零れた声に、サナが冷や汗を流し、カナタが奥歯を噛み締めた。

 年長者二人が息を飲む音に反応し、オミが目を開ける。



「警察なら、投稿元に辿り着ける」



 年長者二人を見据えたオミが、最悪の結論を重ねて告げた。

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