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忍者ムササビ ~ 家出少年は早くおうちに帰りたい ~  作者: 岡崎市の担当T
第二章 暴力に抗う熱
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030 圧し折れた後で

 黒い穴が見える。ただただ暗い、小さな真円。それが都合11個。その全てがこちらを向いている。

 闇のような暗黒の世界でも、それが何かはすぐに分かった。


 銃。


 引き金を引く指と、グリップを握る掌と、砲口を向ける腕と、狙いをつける目。

 それだけあれば人を殺せる、対人武装の極致。速く走れるよう何年もかけて鍛え上げたカナタの身体能力など、誤差の範囲にも入らない速力差。発射の瞬間に射線上に居れば、ただそれだけで終わる。


 そんな死の顕現が、目前に突きつけられていた。

 その向こうにあるのは“眼”。闇の中に22の眼球が浮かびあがり、その全てが殺意を叩きつけてくる。


 あまりの恐怖に、カナタは震え上がった。身が竦み、金縛りにあったかのように指先一つ動かせない。目は見開かれ、震えて歯を打ち鳴らし、頬は限界まで歪められていた。


 引き金を引き絞る音がする。金属を擦るような甲高い音。

 その後を、火薬の爆ぜる音が追随ついずいした。


 思わず目をつむる。しかし痛みは無い。衝撃も無い。恐る恐る目を開けると、目の前には変わらず銃口があった。

 しかし、その口からは硝煙が立ち上っている。


 弾はどこにと、そう思ったところで、後ろから誰かの倒れる音がした。荒くなった自身の呼吸の合間、そこに微かな声が差し込まれる。


 カナタは、その声を毎日毎日聞いていた。朝起きて“おはよう”の挨拶をして、学校に行くときは“行ってらっしゃい”。日が暮れて帰宅して“お帰り”。食事をすれば“いただきます”と"ごちそうさま"。風呂を済ませて、勉強を教わって、その日あったことを話して、時々喧嘩して。

 そして、寝る前には“おやすみ”って、そう言ってから布団に入るんだ。


 そんな、父と、母と、姉の声。


 それが今は、うめき、泣き、むせびながら、何かを呟いていた。

 堪らず振り返る。


 血を吐き、脳漿のうしょうを垂れ流し、涙と吐瀉物としゃぶつに塗れた家族の姿がそこにあった。


 彼らは皆一様に、憤怒に塗り潰された表情で、カナタを睨みつけている。その様に、カナタは思わず身を震わせた。

 目線を合わせたせいか、彼らの悪意が音量を上げる。耳に届く。

 それはカナタの鼓膜から脳髄に至り、全身を痺れさせ。



 そして、心を圧し折った。




「 お前なんか、生まれてこなければ良かった 」




 言葉の意味を理解したカナタは、思わずへたり込んで後ずさった。しかし、ほどなくして何かに当たり、その進みを止める。

 慌てて振り返ったカナタの眼に、15歳の少女と10歳の少年の、凄惨せいさんに過ぎる姿が映った。


 どちらも、その目はくり抜かれていた。指は全て折れ、四肢はあらぬ方向へ曲がり、耳がそぎ落とされている。

 そんな様でも、目があった筈の伽藍洞がらんどうが4つ、カナタを捉えて離さない。

 喉を引きつらせながらその二人から目を離せなくなったカナタは、不意に声を聴いた。


 微かな、ささやかな、そして痛烈な恨み言。




「 死ぬのなら、一人で死んでよ 」




 歯もなく、舌もない。そんな口とも呼べないような赤黒い穴から漏れ出たそれに、カナタの眼から涙が零れた。

 同時、カナタは自分の体の異変に気付く。

 涙以外、何かの液体が顔を伝っていた。額から鼻梁びりょうを避け、口の脇を通り顎へと伝う。目からも、耳からも。肺に心臓、腹、肩、太もも。体中のあちこちから、生暖かい何かが流れている。

 ふいに額を触った。そこには穴が開いていた。眉間にも、心臓にも。触れば触るほど、どこもかしこ穴だらけ。その全てから、赤い液体が零れ落ちている。


 全ての神経を逆なでするその気持ち悪さに耐えきれず、




 カナタは、悲鳴を上げた。











「うわぁぁぁぁあああああああっ!!!!」

「カナタ!?」


 タオルケットを跳ね飛ばしながら、カナタが勢いよく上体を起こした。目を見開き、荒い息をついて、体中をまさぐっている。

 そんな狂気的な様相に、うなされるカナタの汗を拭いていたサナが、手にしていたタオルを取り落とした。驚いて声を上げるも、カナタの耳に入っている様子はない。

 慌てたサナは、横からカナタの両肩を掴んで、無理やり目線を合わせた。


「落ち着いてカナタ!大丈夫!大丈夫だから!!」

「…あ…。サ…ナ…?」


 荒い息をついてその目を覗き込んだカナタは、目を震わせながら彼女の名を呼んだ。その瞬間、カナタは全身を硬直させ、僅かな間を置き脱力した。呼吸の乱れも震える体も抑えられないまま、片手で額を抑えて俯く。

 その様子に、どうにか小康状態に入ったと判断したサナが、ほっと息を吐きだしてキッチンを見た。


「オミ。お茶持ってきて」

「うん」


 サナの指示に、すぐさま応答の声が上がる。ほどなくして、コップを持ったオミが和室に入ってきた。


「カナタ。ほら飲んで」

「オ…ミ…」


 カナタの正面にしゃがんでコップを差し出したオミ。その顔を見たカナタは、頬を引きつらせて掠れた声を上げる。伸ばされたカナタの手は、差し出されたコップを通り過ぎ、震えながらオミの頬に触れた。


「カナタ、コップこっちだよ?」

「…ある」

「何が?」

「目と耳」

「怖いこと言うのやめてくれる!?」


 有る筈のものがちゃんと有る。不意に零れたカナタの呟きに、オミは肌を粟立たせ思わず叫んだ。

 その様子に、カナタは夢と現実の境目をようやく認識した。一つ息を吐いて気を落ち着ける。


「あり、がとう」


 カナタは詰まりながらも礼を言って、コップを受け取りカラカラの口の中を潤した。お茶を飲み干すと、次いでサナへと目を向ける。

 二人の視線がしばし交錯。カナタの左横で畳に手をついて身を乗り出していたサナが、おずおずと口を開いた。


「…落ち着いた?カナタ」

「…ない」

「何が?」

「おっぱい」

「引っ叩くわよ?」


 間髪入れず返ってきたサナの突っ込みに、自分の心が急速に安らいだのをカナタは自覚した。少年の顔に、柔らかな笑みが浮く。

 そんな顔されたら怒るに怒れないじゃない、と、サナは眉をハの字にして狼狽えた。次いで目を伏せ、大きく息を吐く。


 そんなサナの百面相を見ながら、カナタは昨日何があったかを思い返していた。

 這う這うの体でアパートに帰りつき、二人に迎えられ、シャワーを浴び、サナの手料理に涙した。そこまでは覚えている。だが、その後の記憶が全くない。


「昨日、俺は帰ってきて飯食って、えーっと、それから…」

「食べ終わった瞬間に眠ったわよ」

「気を失ったって言う方がしっくりくるけどね」

「…そう、か…」


 そう言ってカナタは壁の時計に目を向けた。その針は6時過ぎを指してる。


「…朝?」

「ううん。夕方」

「夕方!?」


 サナの合いの手に、カナタは思わず窓から外を見た。薄暗さは早朝と同様だが、確かに陽の向きが違う。


「初めてここに来た日に近い疲労具合だったもの。しょうがないわよ」

「あー…」


 サナのセリフに、カナタは昨日の自分の状態を思い出した。確かに、人生で最も極限まで走ったと思う。陽が沈む前の時点で、すでに立ち上がることすらままならなかった。水分もロクに補給できず、そのままアパートを探して4時間ほど彷徨さまよったのだ。

 帰り着いた直後に気が緩んだことも覚えていた。良く食事まで意識を保てたものだと感心する。ここ数日で過酷な状況に慣れてきた自分に呆れてしまった。

 僅かに上を向き、半目で自嘲の笑みを浮かべるカナタ。その様を見て、カナタの中で整理がついたことを悟ったサナは、乗り出していた身を引き戻し、改めて口を開く。


「それでカナタ。銃で撃たれるなんて一体何したのよ?」

「いや、ちょっとヤバい現場を目撃し………」


 普通に答えそうになったカナタは、自分が何を言われたのかを遅れて理解した。その表情のまま凍り付き、油の切れた機械のように、ぎこちなく左へ首を回す。

 カナタの揺れる眼と、真剣なサナの眼が真っ向からかち合った。




「ヤバい現場って、何?」




 正座し背筋を伸ばしたサナが、目を合わせたまま、カナタを取り巻く状況の核心に触れた。

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