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蒼紋の剣

作者: 有野彼方

月の明かりも入らない森の中は何も見えないほど暗く、男たちが灯す松明がわずかに周囲を照らしていた。森の獣たちも息をひそめ、男たちが森をうごめく気配しかなかった。


「お前、もういらないんだよ。その剣置いて出て行けよ」

頭領の男はそう言って、地面に転がった男の頭をぐりっと踏みつけた。手足を縛り上げられた男は身動きが取れない。すかさず仲間が鞘に納められた剣を腰から取り上げ、頭に渡した。

「何だその目は。気に入らねえな」

頭を踏みつけるだけでは飽き足らなかったのか、みぞおちに踵を沈める。踏みつけられた男は低くうめいた。

「お前なんて、この剣のおかげで強いだけの役立たずなんだよ。俺がこの剣を振るえば、世界で一番強い男になれる」

「本当にそう思っているのか。世界は広いんだぞ」

痛めつけられた男は、それでも強いまなざしで頭領を睨みつけた。

「うるっさいやつだな。この旅団を作ったのは頭領だ」

「お前はいつもぐちぐちぐちぐち、細かい事ばかり言うしか能がない役立たずなんだよ」

「余所者のお前をいつまでも信用できるか」

仲間の一人がそれに追従し、さらに他の仲間もそれに続いた。男の顔が歪んだ。

頭領はそれを見ると満足そうにして、剣を両手に持ち、鞘をわずかに抜いた。刃に蒼い紋が妖しく浮かび上がり、頭領はぞくりとしたが、あまり安易に振るってはならない剣である予感もした。

「…いいや。お楽しみは後に取っておこう。こいつはこのまま転がしておけ。次の町に行くぞ。皇帝様が待ってるからな」


男たちの足音が遠くなり、松明の明かりが見えなくなり、森の獣たちが再び動き始めた頃、縛り上げられていたはずの男はそれをものともせず起き上がった。

「この縛り方はすぐに解けるから使うなと教えたのに、あいつらは馬鹿なのか」

男を縛り上げたのは、日頃男が目をかけていた頭領の右腕だった。頭領にへつらう仲間たちをよそに、最後までただ一人、暴言を吐かなかった。奴なりの優しさだったのかもしれない。

取られたものは、剣と防具、分け前として今までにもらった分を貯めた金貨の小袋だけだった。銀貨と銅貨はわずかにある。水の入った革袋と短剣や火打石もそのままだったから、森を抜けて町に着き、次の居所を探すには十分だろう。


頭領たちは都へ向かう街道へ向かったはずだ。剣の秘密が露見して探されては厄介だ。男は暗闇の中、上着の袖を引きちぎり、短剣を腕にあて袖だった布切れに血をなすりつけ、地面に血痕を残した。なるべく大きく争いがあったと見えるように周囲の草を踏み荒らした。

自分が死んだと見せかけるのは人生でこれで二回目だ、と男は一人で声もなく笑い、頭領たちとは逆の方向へ、足跡を残さないように歩いて行った。


男は三年ほど前にこの帝国にたどり着いた流れ者だった。元いた国では騎士として国に仕えていた。国の中枢部である事件が起こり、責任を取らずに、いや、事態を秘密裏に納めたという意味では責任を取ったのかもしれないが、職を辞して国を出た。仕えていた主には生家へ戻ると言ったが、戻らなかった。家族は自分を死んだ者として嘆き悲しんでいるか、それとも男の偽装工作など簡単に見破って苦々しい思いでいるか、どちらだろうか。あの人は自分のことをもう忘れただろうか。

「国に命を捧げると誓ったのに愚かなものだな」

あの頃の自分は叶わない恋に狂っていた、と今でははっきりとわかる。しかし、またその狂気にかられるのではないかという恐怖が男をむしばみ、男は生まれた国の噂が届かない場所まで遠く遠く離れるように旅してきた。


男が、つい先ほどまで仲間だった旅団と出会ったのは一年前のことだった。当時の旅団は、相次ぐ天災と飢饉で食い扶持をなくした農家の息子たちが山賊と化したに過ぎない、ただの荒くれ者の集団だった。確かこの森で、まだ少年と言っていい年齢だった旅団に襲われそうになり、逆に一人で五人を制圧してやると、仲間になってくれと頭領に頭を下げられたのだった。

その素直さと、曲がりなりにも騎士団に勤めていた男から見ると、あまりにも稚拙な少年たちの戦いぶりに興味が湧いた。生まれた国を出てからというもの、それまで居場所や仲間を敢えて作らずにいた男が、参謀役として少年五人と行動を共にすることを決意した。


帝国は、今では見る影もないが、数百年ほど前は世界に名だたる大国として威光を放っており、あちこちにその頃の建築や皇帝の墓、遺跡が放置され、数々の宝物が眠っていた。獣や盗賊がうろつく危険極まりない場所となっている場所がほとんどで、近くに住む民は恐れて近づきもせず、領主や騎士団が大昔の遺物を守護するにはあまりにも手が足りなかった。あちこちの宝物が奪われ、闇市場で取引されて、国内国外の富める者たちの手に渡った。旅団もそれで一攫千金を狙う一派だった。


旅の合間に男の持てる知識を少しずつ教えていった。体力づくり、剣槍弓の使い方、武器を持たない時の戦い方、防御の仕方、様々な道具の使い方、心構え、連携の取り方、罠の見分け方、情報の扱い方、地形の利用の仕方など男の持つ知識で教えられることはきりなくあったが、伝えられたことはほんの一部だった。しかし、仲間たちは実戦で経験を重ねながら、見る見るうちにそれらを吸収していった。一年ではようやく騎士見習いを卒業するかどうかという程度だったが、訓練を受けたことがない元農民の盗賊がほとんどの中では、旅団は異彩を放っていた。旅団の人数も男を含めて十三人に増えていた。

成長に伴って、半年ほど前から旅団の動きが目立つようになり、男は帝国に旅団が目をつけられることを懸念した。出る杭は打たれる。有象無象の盗賊でいる間は狙い打ちにされることもないが、今、旅団が帝国の正規の騎士団に抵抗することは難しいだろう。男は、遺跡から奪った宝物を皇帝に捧げることを提案した。


「なぜ俺たちが手に入れた宝を、何もしないあいつらに渡さないといけないんだ」

頭領をはじめ、仲間たちは不服そうだったが、奪った宝物を闇市場で買い叩かれ、このまま帝国に目をつけられていつか捕らえられるか、帝国が認めた正規の旅団として宝物を発見し、皇帝から報酬を受け取るのとどちらがよいか、と男は説得した。頭領たちは渋々受け入れ、旅団は都へ向かった。


五か月前に初めて訪れたきらびやかな都は、頭領や仲間たちには大層刺激的だったらしい。宮殿での皇帝との謁見には、男は腹が痛いと宿にこもって行かなかったが、皇帝に功績を称えられ、報酬として金貨を与えられ、さらに次の成果も期待され、と破格の待遇だったようである。

旅団は一気に羽振りが良くなった。食糧事情もよくなり貧弱だった頭領と仲間たちの体格もたくましさを増し、少年から立派な青年へと成長した。身なりも良くなり、良い武器も買えるようになった。

旅団は、危険を冒して遺跡を踏破する、皇帝公認の唯一の旅団として、みるみるうちに国中の憧れとなった。宝物を奪う卑劣な盗賊ではなく、苦難の末に宝物を探し当てる冒険者と呼ばれるようになった。


その辺りが、旅団の限界だったのだろう、と男は思う。男から見ると、まだまだ鍛錬が不足していると感じる面が多かったが、仲間たちは懐の余裕を手に入れると、都で遊び歩くことを望んだ。男と仲間たちの年齢や経験の差もあったのだろう。これ以上強さを求めなくても自分たちが最強だと、日々の鍛錬を欠かさない男を、鍛えないと弱くなる、剣がなければ何もできない弱気な男だと笑っていたらしい。日々遊び歩いて、金がなくなるとその辺りの遺跡で適当に宝物を取ってくる、という繰り返しだった。

しかし、男は蒼紋の剣を持っていた。刀身に海の荒々しい波のように輝く紋が浮かんでいるこの剣は、男に力を与えてくれた。どんな獣や歴戦の猛者であっても、一太刀で切り捨てた。頭領も仲間が、どんな宝物以上にその剣に憧れていたのを知っていたが、男は一度たりともその剣を仲間に使わせたことはなかった。


「すまないな。蒼紋の剣は俺でなければ使えないんだ」

森の出口が近づき、辺りが月明かりで明るくなる頃、男は持っている短剣に念を込めて鞘から抜いた。男の手の大きさほどにしか刃渡りがない短剣がきらめき、蒼い波のような模様がはっきりと浮かび上がった。

それは帝国にたどり着く前に男が手に入れた力だった。男が念を込めた刃に力が宿り、男の手元にある限りは男に絶大な力を与えてくれる。

男の生まれた一族に、まれにその力を授かる者がいる、そのために一族は国を守る辺境の守護者として代々仕えてきた、と父から教えられていた。しかし、まさか国を裏切った自分が授かるとは思っていなかった。

この力をどうすればいいのか、最初は持て余したが、一人旅には危険も多く、やがて重宝するようになった。そして旅団と出会ったのだった。

頭領に奪われた剣は、もうその蒼い輝きを失った頃だろう。そうなれば、ただのありふれた剣だ。元々頭領が使っていた剣と大して違いはないから、戦いでそう不自由することはないだろう。


男は無事に町へたどり着き、新たな名前で仕事を探した。たまたま町を訪れていたある商人の用心棒として、帝国中を旅することになった。


その頃、旅団はある洞窟にいた。最奥に太古に信仰された神を祀った神殿があり、そこに納められている宝物を持ってくるよう皇帝に依頼されたのだった。

「なんで斬れないんだよ!剣が光らないんだよ!あいつは簡単に斬ってたじゃねえか!」

頭領が焦ったように叫んだ。あの時確かに蒼く光ったはずの剣は、今は他の剣と同じように、鈍く刀身が光るだけだった。


洞窟には虎の親子が住んでいた。子虎を斬られた母虎は怒り狂い、鋭い牙と爪で襲い掛かってくる。狭く洞窟の中を母虎から逃げつつ、退治しようとするのは至難の業である。誰かが松明を水たまりに落として辺りは真っ暗になった。死闘を尽くして、最後には何とか退治したが、全員手ひどく傷を負った。

しかし、虎とやりあううちに分かれ道に入り込んだのか、どこにいるのか、どちらへ進むべきかわからなくなっていた。太古の洞窟に地図があるはずもない。頭領をはじめ、旅団は混乱に陥った。これまでは男がさりげなく指示を出して、最善の方向に導いていたが、最早それをできる者はいなかった。

旅団は死ぬ思いで洞窟を這い出して、何の収穫もなくすごすごと都へ戻った。皇帝は激怒し、今度失敗したら次はないと言い渡した。


「なあ、あいつに戻ってもらった方がいいんじゃないか。今までだって色々教えてくれてたじゃないか」

宿屋の一室で、頭領の右腕が言い出した。母虎に襲われて利き腕にけがを負い、また戦えるようになるかもわからなかった。

「そうだよな。俺たちだけじゃだめだったんだよ」

「謝ろうぜ、なあ」

「あの剣も使えなくなっちゃったし」

傷だらけの他の仲間もそれに賛成する。頭領は頭に血が上った。

「あの時お前らも賛成したじゃねえかよ! 大体、あの森に手足を縛って置いて来たんだ!助かるわけがねえ!」

仲間たちは顔を見合わせた。


結局、旅団はあの森に戻った。男を騙し討ちにしてから一か月後のことだった。男を探したが、それらしき場所には縄の切れ端と男の上着の一部らしき布切れ、そして血痕が残るばかりだった。男はこの森に住む大熊に食い殺されてしまったのだろう。

旅団はうなだれて都へ戻った。


三か月後、商人と共に帝国の属国を回った後に、男は都にたどり着いた。今度は警戒して、蒼紋の剣の力は封印していた。

一仕事終えた主の商人から噂を聞いた。皇帝公認の旅団が任務に失敗し、解任されたらしい。皇帝公認の後釜を狙う冒険者の集団の数は無数に膨れ上がっていた。今後は一攫千金と皇帝からの厚遇を狙って、その者たちを支援する商人が増えるだろう、と商人の間ではその噂で持ち切りだった。


「属国を回っている間に、有力な冒険者に目をつける機会を逃してしまったな」

商人は残念そうに頭を振った。そして、何事かを思いついたのか、男に向かってぎらぎらした表情を向けた。

「お前、やってみないか。それくらいの、いや、それ以上の十分な腕はあるだろう」

「いえ、自分にはそれは考えられません」

男は即答した。あの旅団の少年たちはどうしているだろうか。また仲間になりたいとは思わなかったが、一度は教え導いた者として気になった。

「そうか。気が向いたらいつでもいいんだぞ」

と商人はめったに向けない笑顔で言った。

男は、ここにいるのもそろそろ潮時だろうか、と考え始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シリーズもののスピンオフ「かもしれない」ということですが、この作品が一番好きです。 この作品の中では冷静沈着で落ち着いた大人の男である主人公。 恋に狂った結果だとして、その対比を思えば、恋…
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