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緑のマント

作者:

 低木の生い茂る丘を、二人は必死に馬を走らせた。

 月明かりしか頼りのない夜、追っ手から逃れるために、力の限り進んでいく。

 空が白み始めた頃、ようやく沃地にある町が見えてきた。


「こんな町があったとは」

「驚きましたね」

 二人は町の様子に驚愕した。

 川の側にあるこの町は、荒野を超えるための交通の要所として大変栄えていた。

 道には商店が並び、露地には沢山の酒場がある。

 活気に溢れる町には様々な格好の人々が行き交い、広場では子どもたちが駆け回っている。

 先程駆け抜けてきた荒野が、まるで夢のようだ。

「本当に、ここなの?」

「そのはずです」

 町で一番賑やかそうな酒場に入ってみると、日が昇り始めたばかりだというのに多くの客がいた。

 隅にあるテーブルへ行き、食べ物と酒を頼んだ。

 前の町から四日間、馬を走らせ続けていたので、ゆっくりと食事をとるのは久しぶりだ。

 走り続けた馬たちの疲労も考えるとゆっくりと休んでいきたいが、そうもいかない。

 探し人を一刻も早く連れて帰らなければ、自分たちの首がなくなってしまう。

「こんなに人がいると、探すのも苦労しそうですね」

「どこから探すつもり?」

「お客さんたち、旅の人だろ」

 酒を持ってきた店員が笑顔で話しかけてきた。女はフードを深く被り直し、男は笑みを浮かべた。

「ええ。こんなに栄えている町があるとは」

「ここら一帯は、水が豊富だからな」

 酒を置いた店員が、不思議そうな表情を浮かべて女の方を見た。

「そのマント」

 二人が羽織っているマントは緑色のベルベットで作られており、金色の刺繍が入っている。

「最近、それと似たのを着てる客が来たけど、知り合いかい?」

「それは、いつ頃ですか?」

「二、三日前だな」

 そのマントは近衛兵のみ着用の許された特注品だ。

「その人たち、どこに居るか分かりますか?」

「さあ。ただ金に困ってる、って言ってたから、近くの賭場は教えたな」

 店員に金貨を渡した二人は、食事もそこそこに店を出た。賭場が開くには、まだ日が高い。

 仕方なく、二人はとりあえず宿屋で仮眠をとることにした。


 夜空に星が輝き始めた頃、二人は着替えて賭場に向かった。昼場に買ったばかりの麻の服の着心地には慣れなかったが、町に馴染むのに十分な役割を果たしてくれている。

 少し重たい賭場の扉を開けると、中には煙がたなびいている。

 ルーレットやカードゲーム、ダイスやボードゲームまで、ありとあらゆるゲーム台に人が群がっていた。

 そんな人たちの間を縫うように進みながら、二人は目を凝らす。どこかに必ず、彼らと同じマントを身につけているはずだ、と信じて。

 そうして辿り着いた一番奥、そこにはダーツボードが並んでいた。

 その前にはやはり人だかりができており、数人の男たちが点数を競っていた。

「いた」

 女が男に耳打ちし、一人を指した。

 一番奥にいる男に、二人は見覚えがあった。

 彼がいるということは、もう一人の探し人もこの場にいるはずだ。目配せをした二人は、二手に別れた。

 1ラウンド終えた男に、女は静かに忍び寄った。気付かれないように背後に周り、その背にナイフを突きつける。

「探したわよ、(じん)

 酒を持っていた男は、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「早かったですね、一刃(いちは)さん」

「ここで死にたくなかったら、言う通りにしなさい」

 男が振り向くのとほぼ同時に、少女の悲鳴が聞こえた。

「仁!」

「悪いな。断る!」

 振り上げられた足が、一刃の手に当たりナイフが飛んだ。

 彼女が剣を抜くよりも早く、仁の拳が鳩尾に飛んできた。

「待て!」

 人波をかき分けて行く男が、そんな静止を聞くはずもなかった。仁は声の先にいた少女の手を取った。

「来い」

「もう、逃がしません」

 少女を捕らえていた斑鳩(いかる)が仁にナイフを向けたが、彼は構わず少女を引き寄せた。

 バランスを崩して倒れ込んできた彼女を抱きとめると、仁はナイフを彼女の頬に押し付けた。

「貴方たちこそ、動かないでください」

 少女の白い肌から一筋の血が流れる。

「俺たちがこの店を出るまでに一歩でも動いたら、彼女を刺します」

「そんなこと」

「できますよ、俺は」

 仁の鋭い眼光に、斑鳩は口を閉ざした。近づいてきた一刃も、その光景に口を噤むしかできなかった。

 二人が動かないように目を凝らしながら、仁は少女の腕を引いて賭場を後にした。

 仁と少女が賭場を出て行った直後、二人は急いで後を追った。

 けれど外には沢山の人がおり、もうあの二人の背は見えなかった。


「すみませんでした、姫様」

「いいえ。とても面白かったわ」

 月の照らす荒野、二人は力の限り馬を走らせる。

 数日休ませ馬たちは軽い足取りで進んでいく。これなら次の町にもすぐに着けるだろう。

「そこまで逃げられるかしら」

「どこまででも、付き合いますよ」

「ありがとう、仁」

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