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ハデスの魔法使い  作者: 年越し蕎麦
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第二章 夜中の学校(一)

 そもそも、なぜ脳みそを探しているのか。という問いに対して、要約すると「普段おれの体には心臓がなくてな、地上に来るには心臓が不可欠。ハデスに入れられて地上に来たら、普段ない心臓が動き出してびっくり仰天さ! ()()()()()()()()()()()()」という要約しても理解できそうにない答えを貰ったので、あたしはひとまずそれで良しと諦めて、次の質問をした。

 脳みそを取り戻して、何がしたいのか。見たところ脳がなくても喋れているし、動けているし、不便には思えない。言ったところ、のっぺら案山子のプルートは大袈裟に嘆いて見せた。

 ああ、富子、きみはおれに一生このままでいろと言うのか? そんなのおれだけじゃなく案山子にも迷惑だ。とかなんとか。長ったらしいマイナス発言にうんざりして、つまりどういうこと? と理解しづらい要約した説明を求めてしまうと、こういうことらしかった。

 ハデスの魔法使いプルートは、冥界では人の形とかけ離れた姿で生活している。(バーティの挿絵のような、馬と鉱物の混ざりものみたいなの? と訊くと「そういう姿の時もある」と頷かれた)

 地上ではおよそ化け物じみた彼が冥界から出て神の命令を実行するには、ない心臓と目立たない姿が必要である。よってプルートはハデスに心臓と人の体を与えられた。

 そして地上に出てみれば、動き出した心臓に驚いた脳みそが逃げて行った。捕まえようとしたらしい。でも無理だった。

 なぜなら、プルートの魔力の源は脳みそにあるから! 

 彼は魔法使いの力の源である脳みそと、冥界での心臓の役割である魂によって死者の国で生きているらしく、その大事な脳みそがなくなった途端、与えられた体や心臓は役立たずになってしまった。

 その時近くにいたのは、騒がしい蝉と皺くちゃの老人(きっと嘉納さんだ)と踊りくねる案山子。プルートは迷わず人型の、魂のない案山子に憑りついた。憑依というか、案山子の体を借りているというか、最初の「案山子なのかそうじゃないのか」問答はこう行き着く。案山子であって、そうでない。嘉納さん家の案山子にプルートの魂が宿っているのだ。

 そうして、人に見られる昼間は満足に自由に動けないプルートは、もとの力――脳みそ――を急いで取り戻さなければならなくなったというわけだ。さもなければ、理から外れた案山子のままでいなければならないし、ハデスの命令にも従えないので。

 あたしはそれらを納得したふりをした。とても心からの理解なんてできない。相川と話すよりも難解で、十七年の人生の常識を逸していたから。

 分かったわ、それで、脳みそってどうやって探すの? 大人しく本題を切り出すと、プルートは顔がないくせに真面目に見える様子で言った。

「最近、何かおかしなことはなかったか?」




「おかしなこと? おかしなことですって?」

 怪我している箇所より痛み出した米神に眉根を寄せ、昨日プルートと話し合った内容について、今更ながらも一人反論する。だって、あの場で一々不思議なことを解明しようとするなら、どうしたって時間だけが無駄に進んでいく気がしたんだもの。

 自転車で学校に向かいながら、誰もいない畦道なのをいいことに、ぶつぶつ不満を漏らす。

「意味分かんない」

 おかしなこと、そんなの決まってる。プルートと名乗る喋る案山子が、逃げ出した脳みそを探しているのが、一等おかしい。それ以上のおかしなことを述べるなら、直近では約二十年前の中国、水死体が飛び跳ねて政治家を襲ったという僵死(きょうし)事件なものだろう。あれが本当に死体だったのか、テレビでたまに流れる映像が荒すぎて分からないけれども。

 更にあの案山子は言っていた。おかしなことだと思ったら、それは間違いなくおれの脳みそだと。じゃああなたが脳みそなんじゃない! 叫ばなかったあたしはなんて理性的なのだ。どうして、おかしなことと、あなたの脳みそが関係するの。根気強く訊き、返ってきた答えはまた信じられないものだった。ああ、もう!

「脳みそが変幻自在って、何っ?」

 ガタンッ、自転車がでこぼこ地面で盛大に跳ねた。




 部活に入るまでは、弓道部は女子の多いイメージを勝手に持っていたが、大会に出ると菰田高校だけでなく全体的に男子の方が多くて意外に思った。けど、その意外性も今や慣れてしまっている。

「じゃあ、先に道場行ってるね」

「あ、私も自販機に寄りたいんで、先に行きます」

「はあい」「行ってらっしゃい」

 三年生と一年生で唯一の女子部員である部長と後輩は、あたしたちとのお喋りを切り上げると、部室から出て行った。コンクリートを固めた地下室のような夏には涼しい部室で、あたしと美緒は大体、部活開始十分前まではここにいる。隣の男子部室からはスマホゲームに勤しむ男子たちの声が響いてきていた。

「次の大会が終わったら、女子三人になっちゃうねえ……」

 美緒が部室奥の簀子(すのこ)に胡坐をかきながら、しみじみ呟いた。

「そうだね」今年に入ってからこのやりとりは最早恒例となっている。

 菰田高校弓道部総勢十二人。男子が八人に女子が四人。夏の大会が終わったら三年生は引退し総勢十人となり、そのうちの女子が三人になってしまう。いくら男子の多さに慣れたとはいえ、まさか今年の女子新入部員が一人だけとは思わなかったし、弓道がそこまで魅力的に思われていないのも心外である。

「部長ってさ、正直めちゃくちゃカッコいいよね」

 狭い部屋の真ん中に置かれている椅子に座るあたしは、うんと頷いた。

「そうね」

「へなちょこでも男子ばっかりの中、部長やっててさ。一番中るし、射形綺麗だし、一人だけ個人戦進んだりさ」

「うん」

「……大会、勝ち進みたいよね」

「そうよね。最後だもんね」

 弱小で運動部らしからぬアットホームな部だけれど、勝ちたい心がないわけではなかった。特に二人きりの三年生、部長副部長の引退試合となっては。みんな口にはしなくとも、的に矢を中てたいはずだ。そう思った刹那、美緒がニヤリと笑う。

「中ててね富ちゃん」

「ちょっと待って」

「二年で一番うまいの富ちゃんだからな。大丈夫、部長と富ちゃんが皆中(かいちゅう)したらいける」

「部長はともかく、あたしは皆中なんてできないわよ」

「一回したくせに~」

「大会じゃなかったし……」

 訂正。勝ちたい心があるどころか、少ない女子同士で静かに闘争心を燃やせるくらいには、やる気に満ちている。

「あれは凄かったな、でも羨ましかったあ」

 去年の冬、あたしが二年生の中で誰より早く皆中――的に四本全ての矢が中った時は自分でも正直高揚感が凄まじかった――したのを思い出しているのか、美緒が顔のパーツをきゅっと中心に寄せた。彼女は言葉の通りの表情を浮かべてくれるから好きだ。案山子と違って。

「大会でも中てれるといいんだけどね」

 残念ながら、あたしは今まで大会で部長のような成果は残せていない。中っても精々一本か二本だった。

「私ら本番に弱いもんねえ」

「うん……いや、でも、頑張る。頑張ろ、美緒」

「おっしゃ」

 慕っている部長のために決意を固め拳を握ったところで、「けど」美緒が眉尻を下げた。

「大会、無事にできるか分かんないらしいけどな」

「えっ?」

「昨日富ちゃんが帰ったあとさ、桑井先生が来て、『もしかしたら大会自体が中止になるかも』って。今日の朝礼でも言われると思う」

「な、なんで?」

「地震多いでしょ、最近」

 そういうことか。あたしは愕然と口を開け、海神に思いを馳せた。ポセイドンの感情である地震は日本に向けられている。微弱に続くそれが、いつ爆発するか分からないから、今度の海近くの会場で行う大会が不安なのだ。賢明な判断、あたしたちは神さまの機嫌が直るのを待つしかない。

 でもそれって、いつ直るのかしら。

「あんまり言うと教会に怒られちゃうけど、困るよね。ほんとに巫女さんとかの祈りって届いてんのかな。海神を治めるなんて天空神でもないと無理じゃない?」

 「それか」からかい混じりに美緒は笑う。「魔法使いとか?」

「そ、……」

 そうね、か、そんなわけない、を言いたかった口は中途半端にとまった。非日常的なことを追い出していた部活モードの脳みそに、容赦なく案山子の言動が呼び起こされる。美緒、信じられないと思うけど、あたし魔法使いに遭ったのよ。動いて喋る案山子だったけど、プルートなんだって。ハデスに命じられた仕事をこなしに、地上に出てきたんですって。

 何もかもをぶちまけたい衝動にかられたが、あたしはそれより疑問が膨らんだことで一時停止した。

「富ちゃん?」

 プルートがハデスに命じられた内容って、なんだろう。

 もしかしなくとも、ポセイドンと何か関係がある?

 そうだとしたら、一刻も早く魔法使いの脳みそを見つけなければならない。他人事じゃない、大会が潰れるかもしれないのだ。……脳みそを見つけるって何? 人体模型だって心臓と脳みそは落としたりしないわよ。

「…………」

 彼は言っていた。自分の脳みそは自由好きで、魂と体の言うことを聞きやしない、変幻自在な魔力の塊だと。絶対に大人しく脳みそをしていない。興味に忠実なおかしなことをしているに違いないと。

 最近何かおかしなことはなかったか。あった。一つは喋る案山子に絡まれたこと。もう一つは。

「美緒……」

「何? どうした?」

 あたしのただならぬ気配に訝る友人に、脈絡のなさを承知で訊いた。

「昨日の、動的、あれからどうなったの?」

 案山子に囚われ過ぎて忘れていた。あれをおかしなこととして真っ先に思い浮かべられなかったあたしは、だいぶ麻痺している。悲しい。

「え、ああ、動的? そっか、あんた追いかけなかったもんね。えっとね、暫く追いかけっこして、見失ったんだよな」

「校外に出たとか?」

「ううん、最後まで追いかけてった辻くんによると、校舎内まで駆け回った挙句に巻かれたみたい」

「……やっぱり誰かが持ち込んだのかな」

「桑井先生も知らないって言ってたし、どうなんだろね? これは謎ですよ、菰田高校の七つ以上の七不思議に加えるべきだと思うね」

「謎よね。お、おかしいことよね」

「おかしいおかしい」

「やっぱりそうなんだ……」あれが魔法使いの脳みそである可能性が浮上してきた。嘘だ。ありえない。古の動く的が、動物の神経中枢? 相川なら満面の笑みで飛びつくおかしさだわ。あたし一人じゃ気にも留めないだろう。

「どしたの、富ちゃん」

 机に肘をつき頭を抱えたあたしに、小学六年来の友人は戸惑ったようだが、やがて神妙に声をかけてきた。

「……崖から落ちた時、頭でも打った……?」

 全力で否定した。気が狂ったわけじゃないのよ!

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