Summer of 13 years old
「ツチノコってさ、食べられるのかな」
もし地べたを這いずるツチノコに人間の言葉を理解する機能があったなら、この時ほど恐怖を感じたことはないんじゃないかしら、と思った。
ツチノコは捕食対象ではないし、あたしたち日本国民にとっては幸運の象徴とされているし、食用どころか、ぞんざいに扱う人だっていないもの。
それを充分理解しているはずの相川は、何者も馬鹿にできない眩い笑顔で、更に恐ろしいことを言ってのける。
「きっと、誰も食べたことがないんだよ、ツチノコ。だって彼らは食べられるために創られていない不思議生物だもの。つまりさ、食べられたことがないだけで、食べられないかどうか、分からないんだ。ね、よく見てよ佐野ちゃん。おいしそうじゃない?」
指差されたツチノコをまじまじ見てみる。学校の帰り道に偶然見つけて、あとをつけるはめになった幸運の象徴は、細短い尻尾と長太い胴体をくねらせて、あたしたちから逃げるように前進している。蛇に似た頭をもたげて、うっとうしそうに「チィ」と舌打ちしていた。
うん。まったくおいしそうじゃない。
男の子のわりに長い睫毛が縁取る黒目を、夏夜に輝くお星さまにも負けないくらい煌めかせ、「お腹の部分とかさ、焼いたらどうだろう。味噌煮でもいいかもしれない」調理方法にまで考えを及ばせている幼馴染に、あたしはつい呆れて笑ってしまった。
「ツチノコには毒があるって、知ってるでしょ。万一食べれても、あたしたち、死んじゃうよ」
あたしたちってなんだ。あたしも食べるつもりでいたのか。
また相川に流されかけてるなあ。諦めながら、これで納得してツチノコ追尾をやめてくれるといいのだけれど、と期待半分見つめると。
あたしには到底真似できない輝きを秘めた目とかち合った。
「そう、それだよ佐野ちゃん! どうしてツチノコには毒があるって、ぼくらは知ってるんだろう?」
蛙の大合唱がBGMに成り下がるくらいの自信に満ちた問いかけに、たじろいでしまう。
「そ、それは……だって、図鑑にはそう書いてあるし、教科書にだってツチノコに噛みつかれて毒殺された人のこと、載ってたじゃない」
「うん、そうだね。でも誰も服毒して死んだって話は聞いたことない」
「当たり前よ。食べられないんだもの」
「違うな。食べたことがないだけなんだ。だって毒があるって、食料じゃないって分かってるから。でも、だからって、食べられないわけじゃないと思うんだ」
「な、なるほど……?」
食料じゃないし、毒もあるけど、それはお料理にできるかどうかは関係ないということか。って、あたしが納得させられてどうする。このままじゃ本当に幸運を手にかけてしまうかもしれない。そうなれば、とんだ不運に見舞われるだろう。
なんとか逃がしてやらねばと見下ろしたそこには、ツチノコではなく、大きなヒキガエルが、げろりと草むらに飛び込むところだった。
「ああっ」
目を離した隙にツチノコはどこかへ行ったようだ。相川が悲壮な悲鳴を上げるも、あたしはほっとして息を吐く。
「帰ろ、相川。すっかり遅くなっちゃった」
踵を返したあたしは、その時ぽつりと呟かれた「そもそも、ツチノコって誰が創ったんだ……?」という言葉は聞こえないふりして、また真剣に考え始めてしまった相川のシャツの裾をぐいぐい引っ張って、やっと帰路についた。
それは十三歳の、じめっと暑い夏の、どうってことない日常だった。