005『心の中で……』
パソコンのキーボードを打つ音がとまり、「ボーとしてどうしたんだよ?」と、黄上は赤瀬に問いかけた。
「あ? ああ、ちょっと昔のことを思い出してた」
「何を思いだしてたんだよ、女か?」からかい眼で黄上はいった。
赤瀬は生まれてこの方、彼女がいたことはない、つまり女性経験もない。派手な髪の色をしているが、赤瀬は他人が思う以上に真面目な性格である。
「そんなんじゃねーよ、ここの人達はどこ行ったのか、考えてたんだ」パソコンのリンゴのロゴマークを見ながらいった。あのリンゴは何かにかじられたのかと思っていたが、かじられたにしては断面が綺麗すぎると思った、まるで鋭い何かでえぐり取られたかのように、綺麗に切り取られているのだから。
「ああ、そのことか、――俺が思ってることを話していいか」この男特有のはにかんだような笑顔をうかべて黄上はいう。
「言ってみろよ」
「この村に住んでた人の一人が村人を殺して回ったんだよ、それでその死体をこの広い山のどこかに埋めた! そして誰もいなくなったって訳さ」俺の推理はどうだと言わんばかりに、ドヤ顔を決めてくる。
「どっかで聞いたような、話だな」
「そうか?、けっこう的を射ってると思うがな」
たしかに、無くはない話だと赤瀬も思った。
「無くはないと思うぜ、気の狂った人間はどんな獣よりも恐ろしいからな、まあ、狂った人間は自分が狂ってるとは思わないもんだがな」赤瀬は自分の自論を黄上に説いた。
最後にキーボードを強く打つ音が聞こえ、「よし!、送信完了、次行こうか」パソコンから顔を上げ黄上はいった。
「ああ、まだ入ってない家もあるし、村の中もみてみないっとな」そういって、赤瀬は座っていた岩から立ち上がった。
黄上はパソコンをリュックにしまいながら、赤瀬よりも少し遅れて立ち上がる。カメラをセットして動画の続きを撮影しだした黄上に向かって、「夜の準備をしないっと間に合わなくならないか?」と、赤瀬はいった。
黄上はカメラで撮れる範囲を撮影していた、四方八方を城壁のように囲むのは緑におおわれた高い山、村はまるで白川郷の集落のように見えなくもない、雪化粧がされていればさぞかし美しいだろうと赤瀬は考えた。
「テントか? そうだな……先に準備しとくか」
「そうしといた方が調査に集中できると思うぞ」
「だけど、どうやってテントを張るんだよ?」草の絨毯が敷き詰められている、大地を見ながら赤瀬に問うた。
「その開けた、所に張ろう」村の真ん中らしき周辺が綺麗に空いていた、赤瀬はそこを指さしながら黄上にいう。
「そんことじゃなくて、こんな草が生い茂っているのにテント張れないだろ? 鎌かナイフかもってくるんだったな」気落ちしたかのように黄上は腕をだらんと垂らし、力を抜いた。
「鎌なら持ってきてるぞ」赤瀬はリュックを地面に置き、奥から鎌を取りだした。鎌の刃先は鋭く光り、刃紋は透き通る輝きを放っていた、いかにも切れそうな鎌だった。
「さすが、赤瀬! 用意がいいな」
「備えあれば患いなしっていうだろ」そういい、赤瀬は愛しの人でも見るような目で鎌を見た。
「だけど一つしか持ってきてないのか?」鎌を指さし黄上はいった。
「いや、ちゃんと二つ持ってきたぞ」リュックの奥にいま赤瀬が持っているのと同じ鎌を掘り出して黄上に鎌を手渡した。
「さっすが赤瀬! 頼りになるよ、それじゃあ、草刈りを始めよう」
それから、二人は一時間ほど草刈りに没頭した。そしてテントを張れるスペースを確保することができたので、テントを組み立てた。何度も組み立てているだけあって、テントを張るのは早くできた。テント組み立てオリンピックがあれば、きっと金メダルを取れるだろう。
「よぉしーできた」腕で汗をぬぐいながら、黄上はご満悦気味にいった。
「ああ――少し休んだら、調査を開始しよう」
「そうしよう、だけど本当にいい天気だな」気付けば黄上は大の字になって寝ている。
「そうだな」
「あの時もこんな、空だったな」
「あの時っていつだよ?」あの時の空がいつを指すのか分からず、赤瀬は昔の記憶をさ迷った。
しかし思い出すのが辛い記憶ばかりでまったく分からない、しかし黄上がいうことなのだから暗いことではないのだろうが。
「ほら、俺たちが動画を撮るきっかけになった、廃ビルの」
「アー、そのことか、どうしたんだよ突然?」一瞬ビクッとした、心を読んだのだろうか、赤瀬も同じことをさっき考えていたから、心を読む力が黄上にはあるのだろうか? しかしその様な力があったとしたら、いま心を読まれては困る。
「あの時、お前がいやいや付き合ってくれてるって知ってたんだ」
そのことか、と赤瀬は思った、露骨に感情を表したことなどないが、なぜ嫌がっているのが黄上には分かったのだろうか。
「分かってたのか、いつから気付いた?」
「はじめから、そんなに撮りたそうじゃなかったもんなお前」
少しためらってから「お前がいつも一人でいるのが……なんか寂しそうに見えてよ、このままだったらお前が壊れちゃうんじゃないか心配で声かけたんだ」そう、悲しい目をして黄上はいった。
「始めはいやいやだったけど、一緒に動画を撮っていくうちに」
少し考えるふりをして、赤瀬は劇的効果を付けようとした、「楽しくなってきたんだ、黄上誘ってくれてありがとう、その言葉で俺は救われたよ――本当にありがとうな」と、女の子のような笑顔でいった。
黄上は照れ臭くなったのか、はにかんだ満面の笑顔で「おう!」と、いった。