004『記憶の中で……』
その画面には、ほとんど何も映っていなかった、いやそうではない、画面が真っ暗なのだ、だから何も見えない。
この動画が取られている時間は丁度日が沈んだ頃だった。真っ暗な画面には自分の顔が反射して自分を見つめている。見る角度を変えると、化け物みたいな顔になった、たしかにお化けは映っている、自分の顔だが。
「どこに、映っているんだ?」
「ここだよここ」
「どこだよ、何にも見えないじゃないか」画面には本当に何も映っていなかった。
ここまで見えないほどあたりは暗くはなかった気もするが、そのこと、とは関係ないだろう。赤瀬がそういうと、動画を早戻し黄上は霊が映っているというところを指し示した。
「ここだよ、ここ」
「どこだよ、分かんねーよ」画面が暗すぎて本当に分からない、そういうと黄上は画面を拡大して画面の端に指をもっていった。
ほかの画面よりも、色が違うような気がするが、これが霊だといわれると赤瀬は反論せずにはいられない。
「たしかに、この部分だけは色が違うような気もするけど、何でこれが霊だって言えるんだよ?」
「人の影に見えるだろ、コメント欄を見てみろよ」
そう言いながら黄上は画面をスクロールして、コメント欄にもっていった。
こめ髪実った 『30:44の所に何か映ってない?』
花子さん 『30:44の辺りに人の影の様なものが見える』
バイキンマン 『加工してるんですか?』
雷メンバー 『どこの町?』
ゴアラ 『怨霊がこの廃ビルの中に漂ってるんですね』
覆面ライダー 『みんな、見えてるの? 俺は霊感ないからわからん』
カワウソ 『21:56壁の女のシルエットが動いた様に見えた』
ゲゲゲの目玉 『君らお祓いしないとだめだろう』
A&Q 『人影には見えるが、ただのピントずれじゃないの?』
この他にも三百件ほど、コメント欄に書き込まれていた。コメントのほとんどが、霊が映ってるとかシルエットが動いたなどの書き込みがコメント欄をうめていた。
「なぁ!映ってるって言ってるだろ」
「俺には、ただの思い込み過ぎだと思うがな」
「そうだとしても、再生回数がこんなに伸びてるんだぞ! つまり俺たちが作った動画をこれだけの人が見てくれたんだ!」
何がいいたいのか、赤瀬には分からなかった。黄上は赤瀬に詰め寄り、両手をつかんでいった。
「だから、俺と一緒に動画作りを続けてくれるよな?」
視聴数が伸びなければ、次から動画を作ろうなどとは言ってこないだろうと、思っていたが思いのほか視聴数が伸びてしまったのだ。
赤瀬の予想は大きくはずれてしまった、動画など撮りたくはなかった、黄上がひつこいから、仕方なく一回だけ付き合てやろうと思ったのだ。
人気が出なければ動画なんて作ろうと言わないだろうと赤瀬は考えた、しかし訳の分からない影などが映ったという奴らが現れたせいで黄上がますます、動画作りに熱をいれだしてしまった。
それから、赤瀬を誘う回数が増えていった。断れば済むことかもしれないが、赤瀬にはできなかった。なぜなら中学の頃、赤瀬はいじめられていた、何でいじめが始まったのかは分からない、分から
ないのだから些細なことだったのだろう、いじめが始まる時とはそういうもので、性格が気に入らない、口答えした、存在自体が気に入らない、などそのような理由がきっかけになるものだ。
そして極めつけは、いじめている側はいじめられている側を憶えていない。中学を卒業して、赤瀬をいじめていた奴らとは別々の高校に進んだ。
赤瀬はいじめられていた時の記憶を絶対に忘れない、いつかまたそいつらにあったら自分をいじめていたことを後悔させてやると心に誓った。
いじめる人間は人の痛みなど分からないのだ、だから赤瀬はいじめをしていた奴らを人だとは思わない、ただの化け物と考えた。
そのことがきっかけで、赤瀬は頼みごとを断ることができなくなった。断れば、またいじめが始まるのではないかという恐怖に苦しんだ。
それから、黄上と一緒に色々な所に動画を撮りに行った、ほとんどが心霊スポット巡りだったが、回を重ねていくうちに赤瀬も少しだが、楽しくなりだしていた。
いじめられだしてから、何事においても楽しいとは思わなくなっていた、赤瀬にとっては、唯一『楽しい』と思えた瞬間だったかもしれない。
そんなことが続くうちに黄上と過ごす時だけが、赤瀬が赤瀬でいられる時になっていった。
しかし、そんな楽しい日々は長くは続かなかった、高校卒業とともに黄上とは別れ別れになった。年月は流れ、あの時の楽しかった記憶を心の支えにもう一度、赤瀬は動画の撮影をしてみることにしたのだった。
そして、町で黄上と再会した、その時の赤瀬の気持ちは言い表すことはできない、また楽しかった黄上との日々が送れると思って……。