020『手記の中で……』
この手記を読んでいる頃にはもう私たちはいないだろう。
○月○○日 空がいままでに見たこともないほど赤くなった。戦闘機がこの村の上空を飛んだのだ。戦争が激化してきたのだろう。
○月○○日 今日は村の若い衆と防空壕を作りを始めた。地盤が硬くてなかなか進まない。
○月○○日 戦闘機はあの日から通らない。いつ戦争が激化するかみんな不安がっている。今日から交代で見張りを付けることにした。
○月○○日 ようやく防空壕が完成した。しかし村人皆が入れるだけの広さはない。もう一か所作る時間もないだろう。
○月○○日 今日の早朝爆撃があった。○○さんが爆撃でやられた。子供たちがすがり泣いている。見るに耐えない。下半身が吹き飛び滴る血が植物を潤した。
○月○○日 村の者たちと簡単な葬式をした。世話になったのにこんな葬式ですまない……。
○月○○日 死者が一人出て村人の緊張感が高まっている。私はどうすればいいのだろうか。
○月○○日 ここ毎日戦闘機が村の上空を偵察している。村人の中にはこの村を出ようという者も現れ始めた。しかし私はこの村で生まれこの村で死ぬつもりでいる。
○月○○日 防空壕の入り口が一か所破壊された。崩れ落ちた土砂で再建は不可能だろう。
○月○○日 ○○さんの旦那が戦死したという知らせが届いた。嫁は一日中家にこもり泣いていた。私たちに何ができるというんだ。
○月○○日 ○○さんが家の中で首をつっているのが発見された。あの時、何か励ましの言葉をかけていればこんなことにはならなかったのだろうか。
○月○○日 こんな小さな村の中で短い期間に二人も死に、混乱が広がっている。
○月○○日 ここ最近忙しくて書き留める時間がなかった。貯蔵していた食料が底を尽き始めた。爆撃で畑がやられ、新しく畑を作ることもできない。
○月○○日 私たちはどうすればいいのだろうか、もう日本に逃げ場などないのではないか。村の衆が私のもとにやってきて、これからのことをひつこく聞きたてる。
○月○○日 村人たちが集まり、今後のことを話し合うことにした。皆はこの村から逃げようといった。しかしどこに行くのかと私はいった。皆義理の父母や親戚のもとに行くそうだ。村長という立場でもこういう時に力がないものだ。
○月○○日 一人ずつ人がいなくなっていく。残るは私を入れて五人しかいない。消えた者にはもう会うことはできないだろう。
○月○○日 夜のうちに二人が消えていた。別れの挨拶すらしていかなかった。引き止められると考えたのだろう。それを見た二人は私にこう言った。「伊瀬さんも義理の娘のところにお世話になりなさい」その日の内にその二人もいなくなった。しかし悔いはない。みんなありがとう。
○月○○日 とうとうこの村で私一人になった。私も義娘のところに行こうと思う。この村で死ぬつもりでいたが、悲しむ家族の顔が頭に浮かび、死ぬ事などできなかった。義娘の所に行ってしまえばもうここには帰って来れないだろう。もし村人の誰かがこの村に戻ってきたときは。村のことをお願いする。この手記はそのために置いていく。
これがこの村の真相である。戦争が終わった後も村人は帰ってくることはなかった。
後に青木と黒田がこの手記を見つけることになるまでは……。




