019『大きな世界の小さな穴の中で……』
「今の俺を見てなんて思う。悪魔にでも見えるか」
赤瀬は眉の根一ミリも動かさず、問う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
黒田も青木も何も言わず黙ったままでいる。この状況で下手なことなど言えないと考えたのだ。
「中学時代のお前たちは俺から見たら悪魔に見えた」
「あの時は……」
「黙って聞け!」
言葉を発した青木を赤瀬は声を荒らげ制す。
「大きな世界にある学校という小さな世界で、起きる些細なことだ。だけどそんな些細なことで一人の人生を左右することだってあるんだ。お前らがしたことはそういうことなんだよ」
赤瀬は一旦荒くなった呼吸を整え、
「お前らが俺に万引きさせたよな、そして捕まった。お前らが待つところに向かう途中、俺は定員に捕まった。お前らに強制されたことを必死に伝えた。待ち合わせ場所にいったがお前らはいなかった。お前らは俺を見捨てたんだ」
と、限界まで吸った息を吐きだすようにまくしたてた。
「一つ救われたことはその定員は大事にはしなかったことだ。親にも警察にも言わないでくれた。高校に入るまでお前れにイジメられた……。一度は本当に死のうと思った。それを思いとどまらせてくれたのが黄上だったんだ」
赤瀬は黄上の亡骸を見据え、
「だがその黄上はもういない、黄上の犠牲を無駄にしないためにお前らとの決着をつける。警察も、もうじき着くだろう。だからそれまでには終わらせないとな」
一通り語り終えたようで赤瀬は弁解する余地を青木と黒田に与えた。
「赤瀬、いや伊瀬本当に本当に悪かった。あんなことなんでやっちまったのか……今になって後悔してるんだ。お前にまた会う事があったら謝ろうと……」
「助かりたくて口から出まかせを!」
「それもあると思う。けど心から悔いているのは本当だ。俺も高校に入ってからは孤立したんだ。中学の時はあんなに輝いていたのに高校にはもっと上の奴がいた。イジメられるまではいかないまでもシカトとかはあった。シカトでこんなに苦しいのに俺たちがしたことはどれだけお前を苦しめたのか……。高校時代はそのことばかり考えていた」
「赤瀬……」
顔を皺くちゃにさせた黒田の声だった。
「本当にごめんな、あの時は人の痛みを考えもしなかった。お前の痛みを分かろうともしなかった。ただ面白くて……今思えば酷いことやってしまった思う。ごめんな……」
ただでさえ皺くちゃになった顔にさらに皺を寄せて黒田は大粒の涙を流した。
赤瀬は血だまりに倒れた黄上を一瞥し、青木に顔を向けた。次はお前が話せと言っているのだろうか。
「赤瀬本当にごめん。ごめんなさい」
そういった青木の目にも涙が浮かんでいた。決して同情を誘うための涙ではない。恐怖からくる涙でもない。
心からからの償いの涙だった。赤瀬はどう映るかは分からないが、青木は心からの償いの言葉だった。
「その言葉が聞きたかった……昔からその言葉が聞きたかった」
さっきまで眉根すら動かさなかった赤瀬は滝のような涙を流し始める。心につかえた歯止めが外れた赤瀬は顔を覆うこともなく、ただただ泣き続けた。
青木も黒田も何も言わずにその光景を黙ってみていた。
「満足したか?」
青木も黒田も目を疑った。一時は恐怖からくる幻覚ではないかとすら思った。しかしそれは自分の口で話し、自分の足で立っていた。赤瀬の背後に黄上が立っていたのだ。死んだはずの黄上は生きていた。
「お前たちも本当に反省したか」
「え、な、何で生きてんだ……!」
青木は黄上に問う。黄上は服の下からビニール袋を取り出して二人に見せ、
「この中にケッチャプと水を入れて腹に隠してたんだ。腹が膨れていたからバレないか冷や冷やしたけど、この洞窟が薄暗かったから分からなかっただろ?」
と、いたずらっ子のような笑顔を浮かべていった。
「じ、じゃあ俺たちは死ななくて済むのか……」
赤瀬がしゃべらないのを見て黄上は続ける。
「始めから殺すつもりなんてねーよ、普通にやってもお前ら懲りないだろ。だからこのぐらい派手にやったんだ、どうだ、懲りたか?」
その言葉を聞いて、黒田と青木は腰が抜けたようにへたり込んだ。
「ふ、ふざけるな! 冗談のレベルじゃないだろうが!」
「お前たちが赤瀬にしたことは謝って済まされるレベルじゃないんだよ」
黄上はさっきまでもひょうきんな声とは打って変わって、真面目腐った声でいう。
「・・・・・・」
「本当に心から償いたいんだったら、もう一度赤瀬に謝れ」
「・・・・・・」
青木は黒田と目を合わせる。
黒田の目が赤く血走っている、自分も同じような目をしているのだろう。
「赤瀬……。————————あの時したことで一生癒えない傷を負わせて本当に悪かった……ごめんなさい……」
「赤瀬本当にごめんなさい」
青木と黒田は頭を尿だまりに押し付けて土下座した。
いつの間にか鎌を落としていた、赤瀬は青木と黒田に近寄る。青木も黒田も赤瀬が迫っている事など知るよりもなく、
「青木、黒田」
何を言われても耐えるつもりで二人は赤瀬の言葉に耳をかたむけた。
「いままで自分が上手くいかなかったのを、お前たちのせいにしてきたけど。本当はお前たちのせいなんかじゃなかった。上手くいかないのをお前たちのせいにして逃げてただけたった。お前たちは心から謝ってくれた。これで明日を生きられるよ」
青木と黒田の手足を縛っている縄を鎌で切った後に赤瀬はいった。
「外には警察がいる、後のことはお前ら二人が判断してくれ。俺を警察に引き渡すかはお前たちが決める事だ」
青木と黒田は合図するでもなく目を合わせた。
その後大手動画サイトにカラーズの動画が上がることはなかった。
ネット上では色々な憶測が飛び交った。
ある者は本当に神隠しにあったといい。
ある者はあの村で見た何かによって動画投稿を辞めたといい。
またある者はただの人気取りだといった。また頃合いを見計らって現れるだろうと。
しかしいつまで経っても動画投稿されないので、ネット上には今でも憶測が飛び交っている。
警察騒動を起こしたとか。仲間割れがあっただの、カラーズのメンバーが務める会社があっただの。尽きもしない噓とも本当ともつかない噂が流れた。
一つ確かな事は、カラーズは仲間割れなどしていないということだ。




