018『悲しみの中で……』
「だけど殺したことがばれなければ、犯罪にはならないよな。どうしてこの空洞ができたと思う?。自然にできたと思うか。いや、これはな太平洋戦争の時に作られた防空壕だたんだ。今じゃこの防空壕の存在は完全に忘れ去られている」
それ以上は聞きたくない、と青木は耳を塞ぎたくなったが、縄で縛られている腕ではどうする事もできない。
「お前らを始末した後で入り口を完全に埋める。出口は一か所だけだと思っていたが他にもあったんだな、そのことを教えてくれて、それだけは感謝するよ。だけど警察犬を使えばばれると思ってるか?」
赤瀬は不気味な笑みを浮かべて、
「ちゃんとそのことも考えているんだ、狼のおしっこって知ってるか?。」
と、言って赤瀬はポケットからプラスチックの容器に入った液体を振って見せた。
「これを使えば警察犬でもお前たちのニオイは分からない」
それを聞いて青木はすくみ上った。いま赤瀬がしている話は冗談や動画の視聴数稼ぎではない事が分かったからだ。赤瀬は本気だ。
「あ、伊瀬―――、じじ、冗談だよな」
ようやく黒田は言葉を発した。
声を裏返してなんとか言葉を発したが、聞き取れるか取れないかぐらいの音量だった。
「冗談じゃないって言ってるだろ!」
赤瀬は初めて声を荒らげた。洞窟内を響き渡る音響は人間の声とは思えなほどに、荒々しく獣じみていた。
確かに言っていることは聞き取れたが、なのになぜ人間の声とは思えない声を上げるのか。それは感情がこもっていなかったからだ。何をしゃべろうと今の赤瀬が発する言葉は人間の言葉には聞こえないだろう。
「俺が言ってることが分かるか」
赤瀬はそれ以上言わなかった。言わなくても分かると考えたのだろう。
「わ、悪かったよ、本当に悪かった、だ、だから助けてくれよ。ヒッ、頼む助けてくれ。ヒッ、頼むからやめてくれ―――」
黒田は泣きながら必死に助けを求めた。暗くてよく見えないが赤瀬の表情は読み取れた。
「俺もそう何度もいったよな、やめてくれって。何度も何度も何度も言ったよな」
「悪かった本当に、悪かった…… 何でもするから命だけは助けてくれ―――」
青木はできるだけ感情を込めていった。しかし赤瀬に変化はない。
「青木――もうお別れだ」
赤瀬は一歩一歩青木に歩み寄る。恐怖をかき立てるようにゆっくりゆっくり、青木に近づいてくる。鼓動が早くなり脈打つのを青木は全身で感じた。
ここまでの恐怖を生まれて初めて感じた。持っていた鎌の先端を青木の首にかけた。金属の冷たさを首筋に感じる。体中の筋肉が縮み上がった。
殺されると思ったそのとき、「赤瀬!」と呼ぶ声が後ろから放たれた。
「もう十分だろ。二人とも反省したって。だからこれ以上はもう辞めよう」
声の主は黄上だと分かった。黄上は赤瀬を興奮させないように慎重に近づいてくる。
「十分こらしめることはできたって、なあ、だから辞めよう」
赤瀬の目の前まで黄上はやってきた。赤瀬は首だけを動かし、前髪のすき間から黄上を見返す。
赤瀬の髪はまるで、返り血を浴びたようにランプの明かりで怪しく輝いていた。
「そうだな、確かにこらしめることはできたよな……」
「ああ、そうだよ。お前らも懲りたよな?」
黄上は青木と黒田に同意を求めた。
黒田は首がちぎれんばかりに激しく上下させ、うなずく。青木も同じように首を振った。
「だけど、徹底的にやらないとダメなんだ。でないと本当にこりることはないんだ。人間は性悪なんだよ、だから過ちは正さないとダメなんだ! 目には目を歯には歯をなんだよ……」
そういって、赤瀬は黄上に向き直り、
「お、おい赤瀬……」
黄上に迫る。
「黄上、協力するって言ったよな。なあ、昨日―――。協力するっていったよな」
黄上な赤瀬の覇気に気おされ、赤瀬が歩いた分だけ後ろにさがる。
「冷静にな……」
そう言いかけた黄上の腹を赤瀬は持っていた鎌で突き刺した。何かが裂けるような『プツン』という音が小さく洞窟内に響いた。
黄上は刺された箇所を両の掌で覆った。しかし指のすき間から赤黒い液体がドクドクと流れ落ちる。
「赤瀬……」
かすれて聞き取れないほどの小さな声で黄上は赤瀬に言った。黄上の膝の力がみるみる抜けて、仰向けに地面に倒れた。
その光景を見た青木と黒田は確信しただろう『殺される』と。尻に生暖かい液体が流れてきた。一瞬黄上の血かと思ったが青木が今いるところまでは、どうやったって届かない。
鼻を刺す刺激臭で分かった。これはアンモニア臭だ。つまり尿。黒田のズボンはびしょびしょになっていた。黒田の尿が地面をつたって青木のズボンも濡らしたのだ。
普通なら尿をかけられて怒らない人間などいない。しかしこの状況で黒田を怒れるだろうか。青木も尿を我慢していたなら今の衝撃で漏らしていただろうと思ったからだ。
「黄上……お前が悪いんだからな。昨日協力するって言ったのに裏切ったから」
倒れた黄上の周辺には赤い液体が四方に広がっていく。胃酸が逆流して喉元を焼いた。嘔吐するほども胃酸は上がって来ず喉を焦がす、すっぽい液をまた飲み込むことになった。
近づいて来る赤瀬は泣いていた。感情を顔に出して泣いているのではない、あくまで無表情に涙だけが頬をつたって流れ落ちるのだ。
感情を表に出さなくても今流している涙だけが、赤瀬を人間たらしめている。
そして赤瀬はいった、「黄上の犠牲は無駄にできない。これで俺が本気だって分かってもらえたか」と、鎌についた血液を振り払い、黒田と青木に迫る。
これが人生の最後に見る光景なんだなと青木は思った……。




