015『夢の中で……』後編
薄汚いカビがトイレ中のタイルのすき間に発生して年季を感じさせる。消毒液の酸化したような臭いが鼻につく。いかにも昔の学校のトイレという感じだった。
夢なのにニオイまで感じるのかと青木は感心した。明晰夢を見ているというのにまったく思い道理にならないことを悲観しながら、次は何が起こるのかを青木は待った。
しかし、待てど暮らせど一向に何も起こらない。時間の感覚はないのだが、長い間待ったような気もするし。待ってない気もする。そんなことは些細なことだと思い深く考えないことにした。
青木が瞬きをしたその時、トイレの一番奥の個室で誰かの叫ぶ声がした。青木には潜在的に誰の声か分かっていた。夕日に照らされた教室で泣いていた、あの男の子だと。
「開けてよ!、何でこんなことするんだよ!」
トイレのドアを内側からたたき、男の子は叫んだ。しかし、外には誰もいない。なのに男の子はドアを激しく叩きながら叫んでいる。
「開けろよ! 開けろってば!」
青木は一瞬なにが起きているの理解できなかった。
分からないなりに、その光景を眺めていると突然人が浮かび上がってきているのを目の当たりにした。そしてもう一人、となりで笑いながら見ている人物がいる。
その浮かび上がった人物が誰か青木は分かっていた。なぜなら―――、確かに記憶にあるから。
青木はこの記憶を憶えていた。忘れたくても忘れられない、忘れてはいけない。
中学時代の記憶を―――。
青木と黒田がイジメていた男の子のことを。少年青木と黒田は男の子が出られないように、トイレのドアを押さえている。
トイレに閉じ込められた男の子は叫んでいるが、少年青木と黒田はなにも言葉を発しようとはしない。ただ、薄ら笑いを浮かべ、さらに強くドアを押さえた。
強い光と共に、また場面が流れた。
今度も教室だった、生徒たちがコソコソと無駄話をしているのが聞こえる。ただ一人、男の子が何かを必死に探している。机の引き出しをすべてひっくり返して、何かを探している。
「どうしたんだ?」
野太い声の先生が男の子に問いかけた。
「教科書がなくて……」
「なんだ、忘れてきたのか」
「いえ、確かに持ってきました」
「なら、あるはずだろう」
「・・・・・・」
男の子は喉につっかえている言葉を出そうとしているが、最後の勇気が出せなかった。
「どうした?」
「な、何でもないです」
「予備の教科書をかしてやろう、取りに来い」
野太い声の先生は教科書を引き出しからだして、男の子に手渡した。その光景を生徒たちは、ただ見ていたのだった。
今度は学校ではなかった。とあるコンビニチェーン店の前に青木は立っていた。さっきと同じように瞬きをした瞬間に場面が切り替わった。
切り替わるたびに、必ず少年青木と黒田、そして男の子がいる。このパターンの繰り返しだった。夢というのは自分の潜在意識が作り出すものだと聞いたことがある。
青木はなぜこの繰り返しなのか、考えた―――。考えるほどのことでもなく、青木には分かっていた。それは自分の過ちを潜在意識が見せているのだから。
「ほら!、行って来いよ」
青木少年は男の子の背中をたたきいった。男の子はコンビニの中に重い足取りで入っていく。コンビニのドアが開く賑やかな音が店内ひびく、男の子は猫背気味にレジの死角に入った。
棚がレジのから男の子を隠し、定員からは男の子の姿が見えない。男の子は一番奥の雑誌コーナー歩いて行った。歩きというのは意識すると、おかしくなってしまうことを青木は知っている。
意識すればするほど、ぎこちない歩きになってしまう。男の子は雑誌を素早くズボンに隠した。ゴムのスポーツウェアを着てるようで、素早くズボンに隠すことができたのだろう。
まともに見れば明らかに何かをズボンに隠していることが分かってしまうが、運がいいのか定員はレジの奥に引っ込んでいた。男の子はできるだけ平常に動くように心がけた。
しかし、心臓の鼓動が外からでも分かるほどに高鳴っている。額からは明らかにおかしい汗がとめどなく頬を滴り顎から落ちた。
男の子は時間の流れがゆっくりに感じた。短い人生の中でここまで時間が遅く感じたことはない。楽しいことも、辛いことも必ず終わりは来る。この辛い時間にも終わりはある。
そして出入り口が開いた。入った時と同じ賑やかな音を聞きながら、扉が開いた。その時後ろから、「ありがとうございました」と定員の声が聞こえた。
普通ならいちいち定員の言葉に立ち止まる人などいない、しかし男の子は肩をビクッとさせ一瞬立ち止まった。
またしても運がいいのか定員はお客の方を見ていない、ただドアが開く音がしたら機械のように、この言葉を唱えているだけだ。今度こそ男の子はコンビニの外に出て青木少年が待っている場所にかけていった。
その時意識が覚醒する感覚を青木は感じた。朝目覚まし時計の音を聞いて、急速に引き上げられる感覚を。どこからか、意味のつかめない言葉が聞こえてきた。
外国語を聞いている様に、聞き取れるが意味は分からない。どんどんその言葉は、大きくなってくる。
「————————て!」
少しずつ言葉が意味を成してくる。
「お―――て!」
「おき――て!」
「おきろって!」
言葉が意味を成して聞こえだした。
そう、男の声で、「起きろって!」と鬼気迫る声音を出していた……。




