014『夢の中で……』前編
夕日に照らされた教室に青木は立っていた。どこか懐かしい匂いがある。その匂いはあの時代の記憶を思い起こさせた。誰もいない教室。
何で自分はここにいるのだろうか。青木は今自分に何が起きたのか記憶を探った。自分の顎を触りながら、思い出せる範囲を思い出そうと試みる。
すると突如、難問の数式が解けた時のように、青木の頭を何かが横切ったのを感じた。
(確かいなくなった、黒田を捜していたはずだったんじゃあ)
青木は今いるべきはずの場所にいなかった。あるべき状況にいなかった。
青木はふと思った、(これは夢なのか)話では聞いたことがある。自分が見たい夢を自由に見ることができ、夢の中を自由に行動できる明晰夢というのがあることを。
だとしたら今自分は明晰夢を見ているのだろうか。普通なら理解できない状況を青木はすんなりと受け入れた。
「どうやって起きたらいいんだよ」
青木のいった言葉が教室内にこだました。夢なら何でもできると思ったのだが、何もできないし、起こらない。そんなことを思っていた時、教室内を一段と明るく夕日が照らした。
目を夕日からさえぎり、青木は腕で目を覆った。
「おい、返せよ!」
光が納まると突然人の声が聞こえた。自分に言っているのかと思い、青木は声のする方向に視線を向けると。そこには憂うつそうな瞳をした少年が席の上に両足を乗せてふんぞり返っていた。
しかししゃべっているのはその少年ではなく、少年のとなりに立っている男の子だった。今にも泣き出しそうな表情の男の子はふんぞり返る少年にもう一度いった。
「返してくれよ、何でいつも僕ばかり―――」
そういった少年の頬を涙が滴り落ちた。
「・・・・・・」
席に足を乗せている少年は表情を一寸も動かさず、何も言わない。黙ったままの少年の顔を青木は目視した、この少年は昔の自分だ。
そしてこの教室は青木が通っていた母校ではないか。普通なら理解できない状況だが、これが夢だと割り切ることで青木はこの状況を飲み込んだ。
「お前の靴なんて知んねーよ」
まだ声変わりしきってない高いとも低いともいえない、中途半端な声で、ようやく少年、昔の青木が言葉を発した。
「嘘つくな! 返してくれないと家に帰れないじゃないか!」
涙の流れる目を隠そうともせずに、男の子はさっきよりも強く青木少年にいった。
「だから知んねーって言ってんだろうが!」
青木少年は席から乱暴に立ち上がり、いま自分が座っていた椅子を蹴り倒して教室から出ていった。その教室には涙を流す男の子が一人取り残された。
そして映画のシーンが変わる時のように、青木の視界が一瞬黒く塗りつぶされ、場面が変わったのだ。外から入ってくる光はさっきよりも明るくなっている、ついさっきまで夕日が差す教室にいた青木だが、今は明るい教室に立っていた。
今度は生徒たちが席についている、まるで親子参観の時の親のような気分で青木は教室の後ろで授業を見学していた。突然景色が変わったが、青木は驚かなかった。
自分でもなぜか分からないが、やけに落ち着いていることに気付いた。これが夢だと分かっているからなのか、物事を客観的に見ることができた。
「はい、この問題を解いてちょうだい」
品の良い、いかにも先生という格好をした女の先生は、チョークで黒板に数式を書きながら青木を指さした。のではなく、青木の前に座る男の子を指したのだ。
男の子は、「はい」というでもなく黒板の前まで歩みより。正解であろう答えを書いて踵を返し自分の席に戻ろうとした。
後ろ姿で分からなかったが、さっき泣いていた男の子であることに青木は気付いた。帰ってくる最中にその男の子は派手に倒れた。
倒れる拍子に手を前に出して、手をついたので怪我はないようだった。しかし、男の子がこける瞬間を青木は見ていた、その男の子の前の席にいる奴に足を引っかけられたのだ。
「何してるんですか、足元には気を付けなさい」
女の先生は確かに足を引っかける現場を見ていた。しかし引っかけた奴を咎めようとはせずに、引っかけられた男の子に無情に言い放ったのだ。
男の子は何も言わずに立ち上がり自分の席に着いた。足を引っかけられるのが分かっていたかのように、その後の行動はスムーズだった。
謝ろうともせずに、足を引っかけた奴はとなりの席の奴とひそひそ話をしている。そいつの横顔を見ると。青木だった、いや少年時代の青木だった。
始めは分からなかったが青木少年がしゃべっている、となりの奴は黒田だと気づいた。
そしてまたシーンは流れた。
今度は教室ではなくトイレだった。




