011『不安の中で……』前編
赤いテントに朝日が差し込んだ。外からはなんの種類か分からない鳥が鳴いているのが聞こえる。赤瀬は鳥の種類などほとんど知らない。唯一知ってる種類を挙げると雀とツバメあとはコウノトリくらいだろう。
正確にはもっと知っているが、詳しく教えると疲れてしまうので、これ以上は教えない。
人間には決して発音できないであろう超音波のような音で鳥同士が話をしている。今外から聞こえてくる鳴き声は雀でもツバメでもない、ましてやコウノトリでもないだろう。
筋肉痛のように痛む体を動かして、赤瀬はテントを開けた。外は雲一つない晴天で赤瀬の目を痛いほどに照らした。
テントの中を見ると黄上と青木はまだ眠っている、いつもなら一番最後に起きる黒田がテントにいないのが分かった。用を足しにでも行っているのだろうか。黄上も青木も昨日は疲れたようなのでもう少し寝かせてやるかっと赤瀬は考えた。
こんな時期だというのに肌を撫でる風は冬のように冷たい、赤瀬は持ってきた上着を羽織って外に出た。
チェーン服メーカで買った三千円ほどの服だ、今回の調査では汚れるのが分かっていたから安い服を持ってきた。そんなに気に入っている服ではなかったからこの機会に買い替えてもいいだろうと赤瀬は考えたのだ。
ストレッチをしながらこれからのことを考えていたとき、後ろから、「相変わらず朝早いな」と青木の声が聞こえた。
「青木かおはよう」
「おはよう、まったく体中痛てーよ」
「そうだろうな、俺も体の節々が痛いからストレッチしてほぐしてるんだ」
左足のアキレス腱を伸ばしながら赤瀬はいった。
「ところで黒田はどこ行ったんだよ? テントにいないからさ、いつもならあいつが一番最後に起きるのに」
青木はテントの中を指さしていった。
「さあぁな、俺が起きた時にはもういなかったぞ、小便でもしにどっかいったんじゃないか」
今度は右足のアキレスを伸ばし赤瀬はいった。
「そうか、黒田を探してくるついでに俺も用を足してくるわ」
「ああ、大便なら穴掘ってしろよ」
赤瀬はからかうようにいった。青木は歩きながら右手を頭の高さまで上げて、分かるか分からないかぐらいで手を振った、分かってるよと言いたいのだろう。
体中をほぐし終えた頃に黄上は起きてきた。
「赤瀬おはよう―――」
黄上は朝から元気がなかった。まだあのことを気にしているのだろうか、考えてもなにも始まらないのに。
「元気ないな、そんなに気にすることじゃない」
「……あ、ああ」
そこに青木が帰ってきた。帰りが遅かったことを思うと小の方ではなかったらしい。
「どうしたんだよ、朝から辛気臭いな。何を話してるんだ?」
青木は二人の前に立っていった。
「あ、ああ、いや大した話じゃない」
黄上は第一声を上ずらせ、つっかえつっかえいった。
「それならいいんだが、ところで黒田はまだ帰ってきてないのか?」
テントの中を覗いて青木は黄上に聞いた。
「ああ、黒田見つからなかったのか?」
「ああ、この辺りにはいないからてっきり帰ってるもんかと思ったんだよ」
「そういやあ遅いな」
そういいながら黄上はポケットに手を入れた。
「道にでも迷ったんじゃないか」
赤瀬が割って入った。黒田は方向音痴なのだ、以前ヨーロッパ風のショッピングセンターを歩いた時にトイレに行ってくるといって、から何時間してもかえってこなかったことがある。
電話で今いる場所を聞いたが黒田は今自分がどこにいるのかさえ分からない。結局そのショッピングセンターの職員に迷子放送をしてもらって見つける事ができたということがあったのだ。
「たく、こんな山奥で迷子になったらシャレにならないぜ、まったく」
それからテントで一時間ほど待ったが黒田は帰って来ない。青木はいても経ってもいられなくなったようで、落ち着かなく同じ場所を往復している。
「いくら何でも遅すぎるだろ! もしかしたら怪我して動けなくなってるんじゃないか」
青木は声を上ずらせ、心配気味にいった。
「まあ、待て先に黒田に電話してみよう」
赤瀬は青木をなだめながらポケットにしまっていたスマートフォンを取り出して電話帳を開いた。充電が二十パーセントしかない、最近電池が減るのが早くなった気がする。
アプリの入れすぎなのだろうか、以前に充電を長持ちさせるアプリを入れたのだがまったく効果がないようで、そのアプリを入れてから余計に充電がなくなるのが早くなった気さえする。
電話帳から黒田の番号を開いた、思えば黒田に電話をかけるのは初めてだ。黄上とはよく電話するが青木と黒田には電話をしたことがない、そう思うと何をしゃべっていいか分からない。今どこにいるかだけ聞けばいいだろう。
去年大ヒットしたアニメーション映画のエンディング曲がどこからか流れた来た。
「なんだよ近くにいるんじゃねーか、俺たちを驚かせようとして隠れてたんだよ。見つけたらとっちめてやる!」
青木は辺りを見渡しながら音のでている方角を探した。音楽がサビに入った時、音の出所が分かった。それはテントの中から聞こえていたのだ。
「テントの中から聴こえるぞ、テントのどこかにかくれてんのか……?」
青木は力任せにテントを開けた、曲が大きく聴こえてきた。いくら広いといっても人が隠れられるスペースなどない、音源は黒田のジャケットから聴こえてきていたのだ。
赤瀬は電話を切ってテントに近づいた。
「どうする? 本当に黒田がいないぞ……」
青木は黒田のジャケットを握りしめたまま、力なくいった……。




