その9
ルコは三人を見送った後、すぐに2丁拳銃を抜いた。そして、車両前部に取り付きつつある猪人間達をゼロ距離射撃で仕留め始めた。また、各区画に散った三人もそれぞれ銃撃を開始していた。
「戦いの帰趨は決まったわ!今は全力で後退して!」
ルコは銃撃を続けながら全車に撤退を懸命に呼び掛け続けていた。
周辺地図の状況から明らかなように玲奈部隊の一部は村に攻め入っており、村から猪人間達が逃げ始めていた。しかし、混乱している他の5台には状況が見えていないようだった。ただ幸か不幸か猪人間達の圧に押され、じりじりと後退はし始めてはいた。
ルコ達の車の周りは四人の奮戦により大分状況が良くなってきていた。側面担当の瑠璃と恵那はとにかく取り付かれないように牽制しつつ、車両前部へと追い込むように銃撃を続けていた。ルコは車両前方の敵をほぼ確実に倒していった。後ろの敵は遙華が防ぎながら時折こちらから体当たりをかませて蹴散らしていった。
「マリー・ベル、前進!前の味方を助けるわよ。恵那、瑠璃、左右の味方も援護して!」
ルコはそう指示を出すと、陣形も何もなくなりただ右往左往している味方の救出に向かった。そして、何とか突破口を開くと、
「何しているの!早く撤退するわよ!」
と怒鳴りつけるように言うと、ようやく5台の車がその突破口を目指して後退を始めた。
「やれやれなのじゃ」
遙華はその様子を見てほっとした声を上げた。
しかし、次の瞬間、思いもよらない事が起きた。爆音とともに猪人間達が吹っ飛んだのだった。そう爆弾を使用したのだった。おそらく長く極限状態に置かれた反動からだろう。
「ダメ!爆弾は使わないで!同士討ちに……」
ルコが注意して止めさせようとした時に、ルコ達の車の右側面で爆発が起き、車体が大きく跳ね上げられ、そのまま車が横転した。そして、中にいたルコ達はその反動で横転して床となった壁に叩き付けられた。車内に呻き声がこだました。
腰をしこたま打ったルコは痛みに耐えながら何とか立ち上がる事ができたが、痛みでしばらく動けそうになかった。ただ幸いにも腰の他に痛みはなかった。
「みんな、大丈夫?」
ルコは痛みに顔を歪めながらそう聞いた。
「腰を打ったのじゃが、何とか大丈夫じゃ」
遙華は呻くような声でそう答えてきた。遙華はルコと同じく、腰をしこたま打ったがそれ以外は大丈夫みたいだった。
「瑠璃が!瑠璃が大変!」
ワンテンポ遅れて恵那が叫ぶように声を上げた。
恵那は寝室区画の左側面にいたので横転時はただ倒れただけだったが、瑠璃は作業区画の右側面にいたので、跳ね上げられてそのまま落下した形になってしまった。恵那は瑠璃のそばにすぐに駆け寄ると、瑠璃の様子を確かめたが、痛みで声を発する事ができない様子で、丸まって足首を押さえていた。
「爆発により車軸が曲がりました。横転が回復しても自走できません。直ちに車両から退去して下さい」
マリー・ベルはこんな時も無機質な口調でそう報告してきた。ただ内容はルコ達4人の安否を気遣っての事だった。
ルコと恵那は腰の腰の痛みでしばらく動けなかったが、じいさんの歩き方のようによろよろと偶然にも同時に歩き始め、通路口へと辿り着き、横になった通路を匍匐前進で進んでいった。
ルコの方はその先の恵那と瑠璃が見えたが、様子がよく分からず焦りながら進んでいった。焦りながら進んでいったのは遙華も同じだった。
「瑠璃!瑠璃!」
恵那が鳴き声で叫んでいるのが聞こえてきた。
ルコはやっとの思いで作業区画に辿り着くと、すぐに遙華も辿り着いて通路口から降りてきた。
「ルコ、遙華、瑠璃が!」
恵那は泣きながら瑠璃の頭を自分の膝に乗せて座っていた。
「瑠璃、どこを怪我したの?」
ルコは二人に駆け寄りながらそう聞いた。
「多分右足首、骨折しているわ。他は大丈夫だって」
瑠璃の代わりに恵那がしゃくり上げながら答えた。泣いて取り乱しているかと思えば、きちんと状況を把握していた。
ルコは瑠璃の右足首が腫れ上がっているのを見た。これは絶対に歩けないと確信した。
「どうやって、脱出するかのじゃな」
遙華がそう思案し始めたと同時に、車体から鈍い音とともに振動音が響いてきた。何かを何度も打ち付ける音だった。
「猪人間達が扉を破ろうとしています。お早く脱出を」
マリー・ベルはそう言ったが、ドアに取り付かれた以上、そう簡単に脱出する事はできない事は明白だった。しかも歩けない瑠璃を連れて行かないとならなかった。絶体絶命という状況だった。
「ルコ様、妾を置いて逃げて下さい」
瑠璃は息も絶え絶えにそう言ってきた。
「ああ、それは却下ね」
ルコは極めて冷静な口調で即答した。まるでこの場を凍り付かせるような口調だった。そして、
「マリー・ベル、担架を出して。瑠璃の運搬は遙華と恵那にお願いするわ」
と続けて指示を出した。
遙華と恵那はルコの言葉に黙って頷いた。二人が頷くのを見たルコは立ち上がり、、
「後ろの敵は私が掃討するわ。前部区画は閉鎖して、扉が打ち破られてもしばらくは持つわ」
と言いながら、後部区画に通じる通路口に歩み寄って、それに手を掛けた。それから、三人の方を振り向いて、
「あ、それと瑠璃。諦めたら絶対に許さないからね」
と厳命するように言った。こういう時のルコは頼もしいとともにかなり怖かった。
ルコは視線を通路口に戻すと、段差のある通路口に飛び込むように入っていった。
残された三人はルコの雰囲気に圧倒されながらもほっと息をついた。そして、自分の役割を果たし始めた。
瑠璃にはああ言ったが、ルコは今回も自分の判断ミスで招いた事だという自責の念に囚われていた。しかし、今はそれを考えても仕方がない事だという認識もあったので、匍匐前進で通路を進んでいる内に、どのようにこの事態を切り抜けるかを考えていたが、やり方は一つしかないという結論に達していた。
ルコは後部区画に達すると早速狹間から発砲して猪人間達を葬っていった。攻撃が止んだと思っていた猪人間達は何が起きたか分からない内にあの世に旅立っていた。油断していたとは言え、あっさりと葬り去られるほど猪人間達は弱くはないはずだった。これはひとえに防衛本能に特化したルコがなせる技なのかもしれない。あっという間に後部ドアに取り付いた猪人間達を一掃すると、
「マリー・ベル、外のドローンは出せる?」
と言いながらルコは2丁とも弾倉を新しいものに替えた。
「右側面の2台は可能です」
「そう、それじゃ出して」
「はい、承りました」
マリー・ベルがそう言うと、外からガチャンと下に落ちる音がした。
「マリー・ベル、後部扉開放!」
ルコは銃を構え直しながらそう言った。特に変わった様子ではなかったが、言った言葉は異常だった。
「何考えてるのじゃ、ルコ!」
「そうよ、無謀よ!」
遙華と恵那はルコの言葉に驚愕の声を上げた。瑠璃もびっくりしていたが、声が上げられる状態ではなかった。
「すぐに戻ってくるわよ」
ルコは散歩に行くような口ぶりで開いたドアから外に出た。ドアのそばには倒れた猪人間達が多数転がっていた。
「扉を閉めて」
ルコがそう言うとドアがすぐに閉じられた。
外に出たルコに気付いている猪人間は今のところ1匹もいなかった。目の前の戦闘に夢中になっているせいなのか、よく分からないがそんな事はルコにとってどうでもいい事だった。今は屋根になっている右側面に乗っている猪人間達を掃討する事が先だった。
「ドローンで私を今の屋根に乗っけてくれる」
いつの間にかにルコのそばに来ていたドローン2台が階段を作ってくれた。ただ、結構大股で登らなくてはならなかったが。
ルコは銃を一旦ホルスターにしまうと、その階段を上っていった。すると、嬉々として車のドアを破ろうと石斧を打ち続けている猪人間とその周りを取り囲んで目が血走っている猪人間達がいた。
普通なら敵が見えた時点で銃撃を加えるものだが、ルコの腕では遠すぎて当たらないので弾の無駄なので銃すら構えなかった。ふらつきながら不安定なドローンが作ってくれた階段を登り切ると、今は屋根になっている右側面の壁に降り立った。降り立った時、トンという音がして猪人間達はようやくルコの方を見た。
ルコは構わず猪人間達の方にゆっくりと歩き出した。研究所の時と全く同じだったが、数は8匹と少なかった。普通はこれでも圧倒的な数なのだが、今のルコにとってはそう感じたのだった。
猪人間達は近付いてくるルコを見て最初は驚いたが、すぐにニンマリした顔つきになった。この辺は研究所の時と同じかもしれない。車から追い出しさえすれば、自分達は負けるはずがないと思ってたからだろう。
猪人間達はすぐに石斧を打ち続けるのを止めて、目の前にいるちょろい獲物を捕らえようと動き出した。
ルコはこちらに向かってきた猪人間達を見て、ホルスターに収納されている銃のグリップに手を掛けた。それとほぼ同時に猪人間達の歩みが早まった。
ルコは歩くペースを変えずに、猪人間達との間合いを計りながら近付いていった。そして、間合いに入った瞬間、銃を抜くと同時に右左の順で一斉に銃撃を始めた。
研究所ではギリギリの戦いが繰り広げられた感覚があったが、今回の敵はルコにとってはほぼ無抵抗と思えるほど、ルコの歩みのペースが乱れる事なく、8発で片が付いてしまった。放浪種と定住種では個々の戦闘能力に雲泥の差がある事が分かる戦いぶりだった。
「ルコさん、今救援に向かっている!しばらく耐えて!」
インカムから玲奈の声が聞こえてきた。
どうやら助かったようねと思いながらルコはボケッとした格好で立ち竦んでいた。
それを狙って数匹の猪人間達が車をよじ登ろうとしたが、ルコはそれには見向きもせずに、ただ黙って引き金を引いていた。眉間を貫かれた猪人間達は何が起こったのか分からないまま、ドサッと崩れ落ちていた。不思議な光景だった。
そして、その数分後、玲奈達の救援が到着した合図であるが如く、援護射撃が始まった。後ろから銃撃された猪人間達はようやく自分たちが孤立した事を知り、ようやく敗走していった。とりあえず、ルコ達は今回も命拾いした格好になった。
ルコは敗走していく猪人間達を屋根となった右側面の壁の上で眺めながら、流されて遊撃隊の指揮を引き受けた自分の判断を悔いるとともに同じ事を繰り返す自分に嫌気が差していた。




